輝きの門番
輝きの門番

輝きの門番

 

『――――博士……最初あんたにここに行けって言われたときは正直恨んだが、今は結構感謝してる…………。あんたは俺ならこれを扱えると見込んでくれてたようだが……俺はここで、俺なんかよりもっととんでもない奴をみつけたんだ――――』

 

 それは暗闇の中、幼いドレスが聞いた父の最後の声――――。

 

『きっとこいつはこの世界の運命を変える――――! 頼んだぞドレス……お前は俺の……自慢の息子だ――――』

 

 ――――狭間の世界。

 傷ついたドレスは、その胸の中に今にも消滅しようとするエアを抱き、荒れ狂う混沌の中で全てを見ていた――――。

 

「戦闘可能な魔導甲冑は全て出すように。第一、第二機甲部隊は皇帝陛下の消失点に急行。第四、第五機甲部隊は帝都城壁前に布陣。第六機甲部隊は民衆の避難と安全確保を行って下さい。上層の住民はできる限り下層へ――――」

 

 帝都ではユキレイが各方面の指揮を執り、人々の避難と名も無き神との戦いに備えていた。帝国中枢の遠隔通信によりドレスの敗北は既にユキレイの知るところだったが、彼は少しもその表情を変えず、冷静で的確な指示を各部門の責任者へと通達する。

 帝都では多くの民衆が赤く染まった空の下、静かに祈りを捧げていた。

 彼らが祈り、信じるものはただ一つ。
 彼らの王であり指導者である門番皇帝ドレスの勝利。

 彼らは信じていた。

 自分たちが王と仰ぐ青年の強さを、そしてその光のような信念を――――。

 

「ドレス……っ! ちょっとだけ待っててね……! すぐに……私が助けてあげるから……っ!」

 

 ドレスとエアが消えた丘陵地帯。

 その大きな瞳から溢れる涙を止めぬまま、腰にかけられたレイピアを抜いて名も無き神の前に一人立ち塞がるカムイ。

 

『アアアアア……タスケル……ノハ……難しいと……オモイマス……わかりませんか……? なら――――』

「うっさいっ! ドレスがあんたみたいなのにやられるわけないでしょ!? ドレスはいつだって強くてかっこよくて、ピカピカに光ってるっ! 私なんかじゃ……いっつも追いつくのに精一杯で……いつも一人で勝手に遠くに行っちゃって……っ」

 

 かつて、黒姫の領域の力を借りて名も無き神すら一蹴する力を得たこともあったカムイだが、あの力はあくまで相手の力を吸収した直後の一時的なもの。今のカムイには、極めて優れた戦士といった程度の力しかない。

 当然、目の前の残響に立ち向かえるはずも――――。

 

「私の名前はカムイ! カムイ・ココロ! 門番ランク6でドレスの近衛門番! あんたなんかに……ドレスの光を消す許可が下りるわけ無いでしょ!? さっさとドレスを返せ――――ッ!」

 

 カムイが叫び、名も無き神めがけて疾走する。
 それは疾風の一閃。恐るべき怪物すら容易く穿ち抜くであろうカムイ渾身の一撃。

 しかし――――。

 

『――――ワカリマセンカ? なら、オシエマショウ――――』

「――っ!」

 

 名も無き神との力量差は絶望的という言葉すら生ぬるい程に隔絶していた。

 カムイの放ったレイピアの尖端が名も無き神の領域に届く前にぐにゃりと湾曲し、消失する。既に領域は閉じられた。なんの力も吸収していない今のカムイでは決して脱出不可能の領域が、カムイを押し潰そうと刹那の速度で迫る――――。

 

 

 ――ドレスは全てを見ていた。

 ドレスを信じる仲間たちの、民の声を聞いていた。

 ドレスは常に強かった。

 自分の力があれば、どんなことでも叶えられると信じていた。しかし、確かにドレスは強かったが決して万能では無かった。

 皇帝に即位し、世界の裏側を、人の世の複雑な仕組みを知った。彼が目指していた全てを救うという夢が、実現不可能であることを知った。
 

 

『――ならば貴様の目的が果たされることはないな! リドルは俺が守るからだ! たとえ帝国の全軍が相手だろうと、貴様が強かろうと、俺は決して倒れない!』

 

 かつて、ヴァーサスがドレスに対して放った言葉――――。

 ヴァーサスはリドルを守るということが世界にとってどういうことか、それが本当に可能なのかどうか、そんなことは一切考えていなかった。

 ただ守る。

 それによって付随する様々な困難も、災厄も、全て纏めて自らの力で押し通るという強烈なエゴと覚悟があった。

 ヴァーサスが見せたその輝き。

 それは、かつてのドレスがそう出来ると信じ、やがて気づかぬうちに手放していた光だった。

 そうだね。ヴァーサス――――。

 できるかどうかじゃない。僕がやるといったらやるんだ。

 僕の世界は、僕自身が創る――――!

 瞬間。帝都に保管されていた破損した全防御の盾オールディフェンダーが閃光と共に消失。漆黒の渦に包まれた狭間の領域でも同時に眩いばかりの閃光が奔った――――。

 

「――――え?」

 

 名も無き神の領域に包囲され、もはや消滅を免れぬと思われたカムイが、驚きに目を見開く。

 消えていた。名も無き神の領域が。

 消えていた。名も無き神そのものが。

 

「これ……どういうこと? 空も……」

 

 見上げれば、鮮血の赤に染まっていた空も何事も無かったかのように元の青空に戻っていた。しかもそれだけではない。

 

「――エア様っ!?」

 

 カムイが見回した先、さきほどドレスと共に消えたその場所に、傷一つ無いエアが柔らかな草むらの上に横たわっていたのだ。急いで駆け寄り、エアの無事を確認するカムイ。

 

「エア様! 大丈夫!? ドレスは……っ!?」

「うっ……カムイ……? ドレスは……」

 

 カムイに揺さぶられ、ゆっくりと目を見開く女神エア。エアは静かに息をつくと、目の前に広がる青空の先をじっと見つめる――。

 

「ドレスは……闘ってる。ドレスの、ドレスだけの領域で……」

 

 ●    ●    ●

 

『アアアアアア――――!?』

 

 名も無き神は自身の身に起きたその変化に全く気づけなかった。

 ほんの一瞬。その一瞬で周囲の景色が消え、その場所にいた。

 その場所は天上に一つの光が微動だにせず輝き、どこまでも広がる青空と、その青空を鏡面のように映し出す薄い水面に覆われた大地――――。

 周囲の空気はどこまでも澄み渡り、大気は暖かだった。
 そこはまるで、この世の美しさの究極を現わしたかのような蒼穹の地平。

 しかし、名も無き神のちょうど目の前。
 そこには、一つの巨大な構造体が鎮座していた。

 

『モ……門……?』

 

 そう……その地平には似つかわしくない巨大で荘厳な石造りの門が、名も無き神の目の前に立ち塞がっていたのだ。そして、その門の前に立つ一人の男――――。

 

「――――ようこそ。僕の世界へ。歓迎するよ、神様」

『ア……アアアアア!』

 

 その男の名は、門番皇帝ドレス・ゲートキーパー。

 ドレスの姿を見た名も無き神が吼える。
 それは、先ほどまでは使えなかった破滅の音。

 名も無き神の残響は、時間経過と共に徐々に本来の姿と力を取り戻し始めていた。このまま成長を許せば、かつてヴァーサスが倒したあの名も無き神と同一の存在へと立ち帰っていたかもしれない。だが、その可能性はもはや潰えた。

 

『ア……あ、れ……?』

「ハハハ! そう大きな声を出す必要は無いよ。ここには僕と君しかいないし、普通に話してくれればちゃんと聞こえるからさ」

 

 破滅はもたらされなかった。

 名も無き神が発した音は、ただの音だった。

 ならば――――。

 

『お、オシエマショウ――――』

 

 名も無き神の残響が自らの圧倒的領域支配の力を使い、先ほどと同じくドレスを押し潰そうと試みる。しかし、やはりなにも起こらない。名も無き神の意志は、足下の水面に波紋一つ起こすことはなかった。

 

「ん? なにか教えてくれるのかい? 君は僕の知らないことを色々知っていそうだし、教えてくれるなら大歓迎だよ。 ――――君も何か飲むかい? 君は赤ちゃんみたいな見た目だけど、もしかして飲むのもミルクかな?」

『あ……れ?』

 

 気づけば、ドレスの傍にはいくつかのテーブルと椅子、そして棚に並べられた無数の食器や飲料が置かれていた。

 ドレスはその中からいくつかのボトルを取ると、テーブルの上に置き、優雅な動作で椅子に腰掛ける。

 

「さ、君もこっちへおいでよ。さっきも言ったけど、ここは僕が創った世界なんだ。全防御の盾オールディフェンダーはこの力を皇帝領域エンペラードメインとか言ってたかな?」

 

 そう言うとドレスは、呆気にとられたように蒼穹の地平に佇む名も無き神に向かって、輝くような笑みを浮かべた。

「悪いけど、君の力はここじゃなにも使えないんだ。僕はなんでもできるけどね。ハハッ!」

 

 

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