退くことは許されない門番
退くことは許されない門番

退くことは許されない門番

 

『アアアアアア――――』

 

 その音は、果たしてどこまで届いただろうか。

 帝都ディガイロン近傍。緑に覆われた広大な丘陵帯が鮮血の赤に染まった。

 その空を見た帝都に住む数十万を超える人々の恐怖に怯える声が木霊し、鮮血の空の下に鳴り響く。

 そして赤く染まったその空を背景に、まるで滲み出るように浮かび上がる巨大な輪郭。それは、生まれたばかりの赤子に似ていた――――。

 

「ははっ。これは参ったね、エアの言った通りだ」

「笑ってる場合!? 本当に大丈夫なのドレス!?」

 

 名も無き神――――。

 かつて、次元超越者となったヴァーサスによってあらゆる次元から破壊されたはずの特異点。

 それが今、再びドレスの前に現れた。

 否、正確には同じではない。命の女神エアの話では、あの神々との戦いの際、ヴァーサスと黒姫の圧倒的な暴威に恐れをなし、唯一難を逃れて隠れ潜んでいた神が居たのだという。

 その神は特異点発生の融合時にも恐怖の余りその場を動かず、その時は名も無き神にはならなかった。

 だが――――。

 

「戦いに背を向けて逃げ出すようなか細い領域は、あの存在の音には抗えない……。あのときの戦いではまだ隠れていられたみたいだけど、時間が経てば浸食されていずれほとんど同じ存在になる……それが今」

「ヴァーサスが因果を破壊した時はまだ名も無き神になっていなかったから抹消を免れたけど、時間差で同じ化け物になったってことだね。あのときも思ったけど、本当にしぶといね」

「っていうかなんでそんな奴がディガイロンのすぐ傍に出てくるの!? どう考えてもおかしいでしょ! 出るならヴァーサスのとこじゃないの!?」

「たしかに。でもこうして出てきたものは仕方ない、ここは僕の領分だ。たとえ何が相手だろうと、好き勝手はさせない――――!」

「ドレス……本当に大丈夫なの……っ!?」

 

 そう言って前に進み出るドレス。

 その純白の外套が特異点の放つ圧倒的圧によってたなびき、ドレスの一つに纏められた銀髪を揺らす。

 その背中を、カムイとエアは止めることもできず黙って見送るしかできない。

 今ここにヴァーサスは居ない。リドルも、黒姫も、天帝ウォンもいない。

 エアはここに来る前、ドレスにヴァーサスを呼ぶかどうか尋ねた。だが実はエアは今のヴァーサスがまともに戦える状態ではないと知っていた。

 なんとこのとき、ヴァーサスはピーピーガガーと言うだけのロボになっていたのだ!

 その話を聞いたドレスは、ヴァーサスに助力を求めないと決めた。万全ではないヴァーサスを危険に晒すわけにはいかなかったことが一つ。そしてもう一つは――――。

 

『アアアアアア――』

「僕の名はドレス・ゲートキーパー。この世界に住む人々を守る門番だ。僕は君にこの世界を害する許可を与えてはいない。大人しく交渉に応じるなら良し、応じず、その力で僕たちの世界を害するというのなら――――」

『キョ……キョカ……キョカは……イリマセン……アアア……ッ』

「なら仕方ないね――――君は今ここで、この僕が切り捨てる!」

 

 

 門番皇帝VS名も無き神の残響――――開戦。

 

############

『名も無き神の残響』
 種族:特異点
 レベル:17800
 特徴:
 ヴァーサスによって全次元から抹消された名も無き神の残響。
 次元創造の力は失っているため不死性はなく増殖もできない。
 しかし神すら遙かに上回る高次元干渉能力は健在。
 その圧倒的領域支配力は通常状態の因果律兵器を軽々と上回る。

############

 

「たとえ――――武器が使えなくても――――!」

 

 眼前の名も無き神めがけ、全身にプラズマの雷光を纏ったドレスが奔る。

 ドレスは腰の剣を抜こうとしない。帝都に保管されている盾を自らの元へと喚ぶこともしなかった。放つのは、握り締められた自らの拳――――!

 

「――――僕は、戦える!」

『アアアアアッ――――』

 

 名も無き神へと狙い違わず放たれたドレスの拳は、かつて全殺しの剣スレイゼムオールを持ってしても貫通できなかったその領域を軽々と撃ち抜き、その本体へと到達する。

 見れば、ドレスは自身の拳に全身の雷光を集中させている。
 そう、これはかつてこの名も無き神との戦いで天帝ウォンが見せた、領域破壊の一撃。

 ドレスには僅かだが、確かな勝算があった。

 
 名も無き神との激戦の最中、その場に居合わせたほぼ全員が黒姫の領域の援護を受けていた中、唯一ウォンだけは自身の力のみを頼みに名も無き神の領域を穿ち抜いていた。

 そしてドレスはそのウォンの動きやその戦い振りをしっかりと目に焼き付けていた。ただ一度見ただけのウォンの極技を、ドレスは即座に再現して見せたのだ。

 だが――――!

 

『アアアアア……イタイ……イタイ……コレガ……イタミ……オボエマシタ……』

「浅い――っ!」

 

 ドレスが後方に跳ぶ。しかし間に合わない。

 先ほどまでドレスがいた領域が一瞬で押し潰され、圧縮される。その領域崩壊の渦に、突き出されていたドレスの右腕が巻き込まれた。

 ドレスの領域は名も無き神の領域に火花を放って僅かな抵抗を見せるが、抗しきれずに崩壊する。

 

「ドレスっ!?」

 

 まるで強弓によって打ち出されたかのような勢いで弾き飛ばされるドレス。ドレスの体は周囲の丘陵に叩きつけられ、凄まじい粉塵を巻き上げた。

 

「く――っ! さすがに、一朝一夕というわけにはいかないね……っ」

 

 粉塵の晴れた先、震える右手からじゅうじゅうと白煙を上げ、片膝を突くドレスが現れる。それは、かつてヴァーサスが全反射の盾オールリフレクターを破壊されたときと全く同様の状態。
 
 生身の肉体は辛うじて無事だが、その存在を構成する領域が破壊され、機能不全に陥っているのだ。

 

「ドレス……大丈夫?」

「……ありがとうエア。心配は要らないよ。僕は……まだ戦える!」

 

 ドレスのすぐ傍に現れたエアが心配そうにドレスの顔を覗き込む。
 ドレスは笑みを浮かべてエアを安心させるように頷くと、震える右手を必死に抑えて立ち上がった。しかし――――。

 

『エエット……ソウ……マダワカリマセンカ? ナラバ、オシエマショウ……』

「――速いっ!」

 

 名も無き神の音がドレスとエア、二人の周囲で響いた。

 ドレスはとっさにエアを庇おうとその小さな体を抱きしめて回避を試みた。しかし先ほどと同じだ。反応が間に合わない。領域の圧壊が速い。守れない――――。

 

「ドレス…………私も…………神様…………だからっ」

「エア!?」

 

 驚きの声を上げるドレス。二人諸共押し潰されるかと思われたその時、なんと自らの腕に抱きしめられたエアがその小さな純銀の領域を精一杯に展開し、名も無き神の領域に抗ったのだ。

 

『キョウミ……キョウミ……キョウミハ……無いです……アナタは、もう、シッテイル……キエテ、イイデス……』

「ドレス…………いつもありがとう……私……なにもできない弱い神様で……ごめんね…………」

「――――っ!」

 

 瞬間。エアの小さな領域が二人を内包したまま潰れた。

 鮮血の空に名も無き神の不気味な音が響き、門番皇帝の領域は消滅した――――。

 

 

 

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