「うおー!? すげぇ綺麗な星だな!? なあラエル、本当にここにヴェロボーグの反応があるのか!?」
「ああ、間違いない。この恒星系は僕たちの住む太陽系から何十万光年も離れているけど、エルフにもオークにも、ルミナスにも調査された形跡がない。もしこの反応が正しければ、久しぶりに大物を見つけられるかもしれないね」
青と赤が混ざり合ったような複雑な色の空の下。
見渡す限り一面に奇妙な植物が生い茂った星の大地に、威勢の良い声が響いた。
普段通りの白衣姿のラエルノア、きょろきょろと落ち着かない様子であたりを見回すティオ。
更にはボサボサの黒髪に黒い瞳を好奇心に輝かせ、背中に長剣を背負ったティオと同い年くらいの少年と、長身のラエルノアに準ずるすらりとした体躯を持った、翡翠色の髪を短くまとめた中華系の服装の女性。
彼ら四人は皆耳元で固定する白いヘッドセットを装備しており、地球とは異なる大気、重力、温度であるこの惑星上でも宇宙服のような重装備を身につけずに活動可能となっていた。
「ってゆーか、昨日は悪かったなティオ! 俺がいなかったせいでお前一人で戦うことになっちまったんだろ?」
「気にしないで下さいミナトさん。ミナトさんがお忙しいのは僕も皆も知ってますし――それに、こちらのボタンさんが僕を助けてくれたのでっ」
「はっはっは! 俺も自分がこのような姿になるとは思ってもみなかったが、ティオを助けることが出来て良かった! 俺の名はボタンゼルド・ラティスレーダー! 改めてよろしく頼む!」
「俺はミナト・スメラギ! ティオと同じパイロットをやってる勇者だ! ティオを助けてくれてありがとよ!」
ミナトと名乗った少年はティオとはまた違う意味で真っ直ぐで透明な黒い瞳をボタンゼルドに向けると、ティオの肩に乗るボタンゼルドの手を固く握り締めて笑う。
「ミナトはいーーっつも、本当に肝心な時にいないから! せっかくまあまあ強いのに宝の持ち腐れだよね! あはははははっ!」
「てめぇ!? 喧嘩売ってんのかユーリー!?」
「それに比べて、こっちのボタン君はちゃーんとティオを守って偉い偉いっ! 私はユーリー・ファン。ラースタチカの用心棒なの。よろしくね!」
「うむ! こちらこそ!」
ユーリーはそう言って自身もボタンゼルドの手を握ると、その快活そうな相貌ににっこりと笑みを浮かべた。
「ミナトさんもユーリーさんも、お二人ともすっっっっごくお強いんですよ! 僕も何度も助けて貰ってて――」
「まーね! ミナトより私の方が強いけど!」
「ふざけんな! 俺の方が強えッ!」
「アハッ! 殺すよー?」
にこやかな挨拶だった筈の空間が、一瞬にして剣呑な雰囲気に包まれる。
「はわっ! はわわわ……っ!?」
「な、なんだこれは!? これが人の力だというのか!?」
ミナトとユーリー双方の周辺領域がぐにゃりと歪み、互いの力による圧がぶつかりあってバチバチとプラズマの火花が散る。しかし――――
「――――はいはい、そこまでだよ。私も君たち二人を同じ任務に連れていくのはどうかと思ったんだけど、今回の遺跡はそれほどの場所かもしれないんだ。気を引き締めて臨んで貰えるかな?」
まさに一触即発となった二人の間に平然と割って入るラエルノア。
ラエルノアは今も宇宙空間で待機中のラースタチカから直接地上へと転移させた調査用の装甲車を起動させると、後部座席のドアを開けながら三人と一ボタンに乗り込むように促す。
「チッ……! おいユーリー、命拾いしやがったなッ!」
「ざーんねーん! ならさ、ラースタチカに戻ったらまた模擬戦しよーよー! 君と戦えないと腕が鈍っちゃって! ね、いいでしょー?」
「わかった! わかったよ! 俺がまだここに居たらな!」
「はわわぁ……心臓が止まるかと思いました……」
「う、うむ……! 俺も人の身があのような圧を発するところを初めて見た……しかしこの二人、別に仲が悪いわけではないのだな……!?」
先ほどまでの剣呑な空気を一瞬で霧散させ、意気揚々と装甲車に乗り込む二人。
特に生身で何かできるわけでもないティオとボタンゼルドは、共に戦々恐々といった様子でその後に続いた――――。
――――――
――――
――
「ヴェロボーグ?」
「そう……ヴェロボーグこそ、この宇宙に存在するあらゆる命の種を蒔いたと言われる最初の知的生命体さ。エルフもオークも、勿論人類も。この宇宙に存在する全ての文明は、そのヴェロボーグから生まれたと言われているんだ」
「ボタンさんはまだ見てないですけど、最初に僕が戦っていたオークの皆さんも、ぱっと見の姿はあまり僕たち人間と変わらないんです」
「なるほど……つまりそのヴェロボーグという存在が同じように文明を作って回った結果、どの文明にも似たような共通項があるということなのだな!」
「その通り、流石だねボタン君。君は話が早くて実に助かるよ」
ガタガタと揺れる装甲車の内部。
目的地までの移動を自動操縦に任せてくつろぐラエルノアは、未だこの世界の事情に疎いボタンゼルドに自らの目的を語って聞かせた。
「ヴェロボーグは宇宙中に自分の足跡を残している。ヴェロボーグがどこから来て、どこへ行ったのか。果たしてまだその旅は続いているのか――――それを解き明かすことこそが、私の今の目的なんだよ」
「でもそれってよ、つまりは神様みたいなもんだろ? 俺も今ちょうど別の宇宙で神様とやり合ってんだ! いつもいつも自分の都合で宇宙を作ったり消したりしやがって…………! 絶対にぶっ潰してやる!」
「ミナトはいいよねぇ……そういうのとすぐに戦えて。私も戦いたーい!」
「別の宇宙? ならば、ミナトはこの宇宙の住人ではないのか?」
大きく開けた後部座席で互いの顔を見合わせる四人と一ボタン。
不意にミナトが発したその言葉に、ボタンゼルドはその身を乗り出して尋ねる。
「そうだよ。ボタン君が目覚めた時に言っただろう? 君で二人目だって」
ラエルノアは言いながら、紅茶の注がれた白磁のティーカップを優雅な所作で口元に運ぶと、悪戯めいてボタンゼルドに笑みを向けた。