破壊神も通さない門番
破壊神も通さない門番

破壊神も通さない門番

 

 リドルが管理する西の門。

 それは絶海に浮かぶ孤島に存在している。
 
 その島にはかつて栄華を極めた古代の王朝によって作られた神殿や街並みが遺跡となって存在しており、大規模な城塞都市の面影を今もその場に残し続けていた。

 今このとき、その遺跡は無数の閃光と連続する震動によって照らし出され、揺らされている。石柱が崩れ落ち、悠久の時を経た石壁が崩壊する。

 遙か上空では、滞空する極光の周囲を舞い踊る青い人型の影――。

 門番レースの際には自ら封印していた異世界のシステムを全解放し、そのもてる力全てで破壊神へと挑む魔導甲冑――アブソリュート。

 

【次元震確認――次元転移障壁展開――着弾予測14秒後】

 

 アブソリュートに搭載される戦術予測システムが、危機の到来を告げる。

 シオンは既に隻腕となったアブソリュートの周囲に展開された青白い球体状の障壁を確認すると、ペダルを踏み込み、自身の左右に備えられたいくつかのトグルスイッチをオンにする。

 それと同時、アブソリュートの眼光が二度、三度と明滅し、背面のスラスターに炎輪が発生。収束したエネルギーが光の尾を引いて、そのまま破壊神セロへと突き進む。

 

『あーあーあー! どうしてそんなに足掻くのかなぁ? 破壊神のボクがこんなおもちゃ破壊するのに時間かけてたら他のみんなに馬鹿にされるだろ? さっさと消えて欲しいなぁ!? こんな風にねぇ!』

 

 四つの体、四つの頭部が下半身で王冠状に結合した異形、破壊神セロ。
 
 セロはそれぞれの頭部から明らかな侮蔑を込めた嘲笑を浮かべると、アブソリュートが迫る前方の人型がその手を掲げる。

 瞬間、アブソリュートの周囲で無数の赤い閃光が炸裂。

 神のみに許される瞬間破砕の閃光。その一撃は大陸を削り、空間を打ち砕く。
 12mの巨体、更にはその速度、防御性能共にどうしても人知という限界が伴う魔導甲冑がその一撃を防ぐことは不可能。

 しかしシオンは、アブソリュートは、その不可能を可能にする。

 

「――ここだ」

『――!?』

 

 大気を凄絶に揺らす神域の一撃。
 しかしその豪炎を突き破り、球状のフィールドに這うような黒煙をまとわせたアブソリュートが突貫。

 

【次元潜行弾頭――残弾数28――左右共に使用可能】

「ここで撃ち尽くす」

 

 アブソリュートはそのままセロの眼前まで一瞬で到達すると、その王冠状の胴体を巨大なマニピュレーターで掴み、それと同時に両肩に備えられたミサイルポッドを全て展開。回避不能の至近距離から残された全弾頭を撃ち放つ。

 

 ――閃光。そして一拍遅れて襲い来る衝撃波。

 

 セロが存在した場所が連続する爆裂の渦に飲み込まれ、そこから後方へと滑るように退避するアブソリュート。撃ち尽くしてデッドウェイトとなった両肩のミサイルポッドを切り離しつつ、青い魔導甲冑は距離を取って閃光の周囲を旋回する。

 たった今アブソリュートが使った小型のミサイルは、次元潜行弾頭と呼ばれる対高次存在用兵器だ。

 三次元の壁を越え、四次元、五次元に存在する物体を破砕するために作り出された異次元装備。直撃すればいかな神とてその領域を削られ、ダメージを与えることが可能。そのはずだった。しかし――。

 

『アハハハハッ! どーして学習しないかなぁ? そんなだからボクに破壊されちゃうんだよ? いつまでたっても成長しないからさぁ!』

「零距離でも効果無し、か」

『君たちは破壊するのにも色々大変だよねぇ。頭で考えて、体を動かしてさぁ。挙げ句の果てにそんなに大きなおもちゃに乗ったりして! 心底笑えるよぉ! ボクは神、そしてその中でも最上位の破壊神だよ? 邪魔だなぁ。いらないなぁ。消したいなぁって少しでも思えば、何もかも消せる。それがボクの力だ!』

 

 巻き起こる爆炎の華を背景に、四つの人型それぞれがそれぞれに笑い声を上げた。

 アブソリュートが至近距離で放った次元潜行弾は、その全てがセロに届く前に一瞬で破砕されていたのだ。

 狂気にも似たセロの声。

 その声は正に、破滅をあざ笑う圧倒的上位者のそれだった。

 

############

『破壊神セロ』
 種族:神 
 レベル:9999
 特徴:
 あらゆる破壊を司る神。
 セロが何かを破壊するのに大げさな動作も集中もいらない。
 ただ頭に思い浮かべるだけ、そうあれと思うだけで対象は破砕される。
 その対象は万物に及び、保護されていなければ対処不可能。
 これは魔法の類いではないため、完全魔法抵抗も無意味である。

############

 

『――でも、君のそのおもちゃが作る障壁……それだけは認めてあげるよ。どうやったのか知らないけど、それは明らかにボクたち神の領域に届いている。このボクが消したいって思っても消せないなんてね! いらつくなぁ!?』

 

 セロが叫ぶ。

 超高速で機動するアブソリュートの周囲に再び無数の魔力塊が出現し、次々と炸裂。襲い来る破滅の渦を回避するべく、シオンは即座に操縦桿を引き絞る。

 シオンの操縦に応え、アブソリュートは加減速を繰り返しつつ鋭角な機動で空中を飛翔。赤く染まった空を背に、青白い一閃となったアブソリュートから僅かに遅れて何百もの爆発が連続して発生する。

 

【次元転移障壁――消耗率上昇――展開可能時間――58……57……56……】

 

 コックピット内部、アブソリュートからのナビゲートがシオンの耳を冷たく打つ。

 次元転移障壁と呼ばれるこのフィールドが消え去れば、アブソリュートは即座にセロに破砕され、鉄くずとなるだろう。中に乗るシオンも同様だ。

 残された時間は少ない。

 しかし、エサは既に撒いている。

 

「準備は整った。キルゼムオールを使う。行くぞ、アブソリュート」

【戦術予測――The Ultimate Weapon Kill them All――Determination――Ready】

 

 シオンの耳に聞き慣れない言語が届く。意味はわかるので問題は無いが、この武装に関してはそこまで設定する時間は無かった。

 

 ●    ●    ●

 

全殺しの槍キルゼムオールを?」

「ああ。神とやり合うのに今のアブソリュートの武装では心許ない。だが、お前やドレスが持つ神殺しの武器を僅かでも解析できれば、何かの役に立つかも知れない」

 

 それは、あの神託を受けた神殿でのこと。

 神との戦いが避けられぬ事態となったとき、シオンはあらかじめヴァーサスにそう伝えていた。

 

「わかった! だがこの槍は少し変わっているのだ。俺以外の者が持つとなんの変哲も無いただの槍になってしまう。それでも問題ないだろうか?」

「問題ない。あいつなら、きっとなんとかするだろう」

「あいつとは?」

「俺の相棒だ……アブソリュートも相棒が作った」

「そうだったのか! やはりシオンにも頼れる仲間がいるのだな! ならばこの槍と共に、俺からも相棒殿によろしくと伝えておいてくれ!」

「フッ……そうしよう」

 

 ●    ●    ●

 

 ――コックピット内部、シオンが操縦桿を握り、ペダルを踏み込む。

 背面スラスターが全開放され、三重にも重なった炎輪が圧縮されたエネルギーの渦を囲み、シオンの入力から僅かの遅れもなくアブソリュートをセロの元へと飛翔させる。

 

【残り戦闘可能時間――18……17……16……】

 

 タイムアップが迫る。アブソリュートの加速では振り切ることの出来ない圧倒的破壊の衝撃がコックピットを揺らし、周囲を埋め尽くす機器から火花が散る。

 シオンの耳にうるさいほどの警告アラートが鳴り響き、アブソリュートから連続して【脱出を推奨】のアナウンスが流れる。

 

「却下する。切り開け、アブソリュート」

 

 シオンは手を伸ばし、各種警告のアラートをカットする。音が止み、ただ目の前のモニターに異形の破壊神だけが映し出される。

 

『まだなにかするつもりなのかなぁ? 色々用意してくれたみたいで悪いんだけど、もうボク飽きちゃったよ。今度こそ本当に……これで終わりにしてあげるよぉ!』

 

 セロが吼える。同時に、四体の人型が一斉にその腕を天上へと掲げた。

 レゴスやヴァルナが自身の魔法障壁を解除しなくては撃つことのできなかった審判の一撃。しかし破壊神セロはそれを障壁を展開したままで放つことができる。

 この一撃はたとえアブソリュートの全障壁が健在だったとしても防ぎきることはできない。先ほどもこの一撃を僅かに掠っただけでアブソリュートは障壁を貫通され、その半身を喪失したのだ。

 破壊の神の名を冠した残酷な高次存在が、眼前に迫る人型に最期の審判を下した。

 極大のエネルギーの渦が、まるで押し潰すようにアブソリュートへと迫り、飲み込んでいく。だが――!

 

【Charge complete―― Kill them All――Ready to fire】

 

 セロの放った最後の審判に飲み込まれようとしたその時、アブソリュートの姿が巨大な砲を思わせる姿へと変形。その光り輝く砲口から、最後の審判をも押し返す因果破壊の一撃を撃ち放ったのだ。

 

『そんな……!? その力は……まさか!?』

 

 激突する神域の一撃と模倣された因果律兵器。

 その力は最初の数秒こそ拮抗したが、徐々にセロの領域が圧縮され、押し潰されていく。

 

『や、やめろ! それをボクに近づけるな! やめろおおおおおおお!』

 

 自らの放った極大の一撃が徐々に押し返され、霧散し、消滅していく。
 セロはその四つの顔に恐怖と絶望の表情を浮かべ、なんとかその場から逃れようと足掻いた。だが――。

 

「お前はもう逃げられない。俺はすでに蜘蛛の巣を張っていた」

『っ!? か、体が……!』

 

 迫りくる自らの死から少しでも離れようとしたセロ。しかしそのセロの体はまるでその場に縫い付けられたように動かない。

 見れば、先ほどまで何度も軽々しく破壊した次元潜行弾頭の残骸がそのままその場に塵となって残っていた。

 そう、シオンにとってはその残骸こそが本命

 次元潜行弾頭はもとよりセロの破壊が目的ではなく、セロをその領域から動けぬように捕縛するのが目的だったのだ。

 

「油断し、一歩も動かずに遊ぶお前を捉えるのは簡単な仕事だったぞ……破壊神」

『こ……この! 低次元のゴミがああああッ!』

 アブソリュートによって模倣された全殺しの槍キルゼムオールがセロの根幹をなす王冠を破砕し、その存在ごと全てを因果地平の彼方へと吹き飛ばしていく。

 閃光が弾け、天上めがけて眩いばかりの純白の粒子の渦が昇った。

 

「これが……門番の力だ。そうだろう、ヴァーサス」

 

 眩い閃光に照らされながら、シオンは静かに、薄暗いコックピット内部で呟いた――。

 

 

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