共に神を討つ門番
共に神を討つ門番

共に神を討つ門番

 

「お、大きい……! あの方はいったい……!?」

「う……ミズハ……さん……」

 

 突然天から舞い降りた超巨人ギガンテスに、ミズハが驚きの声を上げた。

 鮮血にも似た赤き天を打ち砕き、荒々しいかけ声と共に出現した超巨人。
 しかしそれと同時、ギガンテスの行った障壁の破砕の衝撃によってルルトアが目覚める。 

 

「ルルさん! 大丈夫ですか?」

「ごめんねミズハさん……僕を……守ってくれたんだよね。おかげでなんとか生きてるよ~……」

「良かったです……」

「それより、今のおっきな声――」

 

 ミズハに庇われたとはいえ、ルルトアのその小さい体も至る所泥にまみれ、傷を負っていた。
 
 ルルトアははげほげほと咳き込みながらミズハの体に自身を固定する布にしがみつくと、現れた巨人を指さして言った。

 

「僕が話してみる。あの巨人さんは悪い人じゃない! もしかしたら、僕たちの力になってくれるかも! ミズハさん、まだ動ける?」

「はい……っ! まだやれます! 行きましょう、ルルさん!」

 

 ミズハはルルトアと折れた双蓮華の柄を握り締め、とうに限界を超えて悲鳴を上げる体に最後の力を注ぎ込むと、ルルトアと二人、笑みを浮かべて頷き合った――。

 

「んんん!? なんだここはぁ!? 戻ってくる場所を間違えたかぁ!?」

『見事に育ちきっている……ミズハとはまた違う領分ではあるが、君もまた命の到達点なのだな……つくづく、私はこの世界が惜しい……』

 

 赤く染まった天を抜け、落下してくるギガンテスをレゴスが見定める。

 ミズハを見る目と同様、レゴスはギガンテスに対してもある種の到達点を見ていた。

 生物がたどり着ける肉体的、物理的限界点。それがギガンテスだ。

 その肉体はただ大きいだけではない。たゆまぬ鍛錬によって限界まで鍛え抜かれたその巨体は、隅々にまで気が張り巡らされ、かつてヴァーサスと闘いながらも体術で圧倒した実力は、おそらくこの宇宙でも並ぶ者がないだろう。

 ギガンテスはそっと、殆ど音も発さず、衝撃を完全に殺して大地へと降り立つ。
 それは彼が修める武術の極地。あらゆる衝撃を拡散させる歩法の一種だ。

 だがギガンテスはようやく帰還した自身を囲む世界の、大地の異常を即座に捉え、周囲の大空をきょろきょろと見回すと、足下に浮かぶレゴスを捉える。

 

「おお? なんだぁ!? お前はぁ! お前がここを赤く塗ったのかぁ!?」

『いかにも。私は創造神レゴス。君たちの世界は誤った道行きを歩まされていたゆえ、一度浄化すると決めたのだ。我らの行う最後の審判が汝らを――』

「チェイアアアアアアア!」

 

 空中に浮遊し、厳かに最後の時の訪れを告げようとしたレゴス。
 しかしギガンテスはレゴスを敵と認識するやいなや、即座にレゴスめがけて凄まじい速度の前蹴り一閃。

 その軌道は街一つを優に超え、軌道上の空間そのものを削り取ってレゴスへと迫る。しかし――。

 

『――やはり二つの領域を同時に極めることは困難を要するか。ミズハがその気高き精神の到達点ならば、君は肉体のみのようだ』

「ほぉぉう……お前……硬いな!」

『硬いだけではないぞ』

 

 その直径数千メートルにも及ぶ蹴り足の直撃を受けたにもかかわらずレゴスは無傷。大きく跳ね飛ばされはしたが、それもただレゴスに回避する気がなかっただけのこと。

 この宇宙で最高の強度を誇る神の魔法障壁を打ち破ることは、ギガンテスの超質量を持ってしても困難だった。

 

『さらばだ、第三の歩みにおける先駆者よ』

「――ぬうっ!?」

 

 レゴスが天上に祈りを捧げる。

 それと同時、ギガンテスの周囲に数多の炸裂が巻き起こり、全長三千メートルを誇るギガンテスの全身が天をも穿つ豪炎の柱に飲み込まれる。

 人間にすればギガンテスの巨体はもはや手の付けられない大質量だが、神にとってはその程度の大小は誤差に等しい。

 圧倒的消滅の渦の中、ギガンテスの巨体も粉々に引き裂かれ、その無残を晒す。

 そのはずだった。だが――。

 

「魔法かぁっ! 俺にそんな小細工はきかぬぞぉ!」

『――ほう?』

 

 炎をかき消し、圧倒的質量の渦を巻き起こして無傷のギガンテスがレゴスへと襲いかかる。

 そう、かつてギガンテンスがヴァーサスと闘った際、この超巨人はあろうことか誰も抵抗できないはずのルルトアの力に抵抗したのだ。

 今目の前に立つレゴスですら抗えずその領域を縮小されたルルトアの力。

 それに抵抗できるのはヴァーサスを除けばこの世界でただ二人、ギガンテスとドレスのみだろう。つまり、この超巨人の魔法や外部からの干渉に対する抵抗力もまた、ヴァーサスと互角の対魔法完全抵抗――!

 

『見事だ。大きな人の子よ。だが悲しいかな……たとえ君がどこまでも高みに至ろうとも、私たちと君たちでは文字通り住む次元が違うのだ』

「こむずかしいことをごちゃごちゃとぉぉぉ! 黙って俺に殴られろぉ!」

 

 正に嵐を巻き起こすようなギガンテスの猛攻。

 しかしレゴスはそれをゆらりと捌き続けると、天に向かってその両手を掲げる。

 ただそれだけでいい。それだけで目の前の巨人は動きを止める。

 

「ぬっ!? ぬうううう!? ぐああああああっ!」

 

 ギガンテスの体を覆い尽くすように、超硬質の金属の茨が空間に出現。
 その巨大すぎる肉体に次々と食い込んで鮮血を迸らせ、ついにはその巨体の動きを完全に縫い付ける。

 

『……どうか、それ以上あがくことなく、眠るような最後を受け入れよ』

 

 ギガンテスの首元に巻き付いた茨が、鋭く巨大な刃物へと変化し、ゆっくりと締め上げていく。

 もはや超巨人ギガンテスは動くこともできない。

 完全に拘束され、ただ最後の時を待つのみ。そのはずだった。

 

「わかったぁ! お前らの好きにしろぉ!」

『なんだ――?』

 

 しかしその時、ギガンテスが何事かを叫ぶ。

 そして次の瞬間には、霧散するようにしてレゴスの眼前から消えたのだ。

 

『どこへ……?』

「俺は――ここだぁあああああ!」

 

 声は目の前。

 レゴスの眼前に、その全身から大量の流血を伴いながらも、レゴスとほぼ同等の大きさとなったギガンテスが光速にも至ろうかという加速で迫る。

 

『驚いた。君は小さくもなれるのか』

「ごちゃごちゃうるせぇ! てめぇはここで俺が潰す!」

 

 速い。凄まじい速さ。

 三千メートルの巨体の時点ですら速かったのだ。

 一般的な人型となり、今まで受けていた圧倒的空気抵抗の枷を失ったギガンテスは、まさに意志を持った雷光そのものだった。

 レゴスは思案する。

 この眼前に迫る男に魔法は効かぬ。

 否、届かせる方法はある。

 我が障壁を開き、自らの最も得意とする領域を周囲に展開。その上で放つ最大の一撃ならば、いかな完全魔法抵抗とはいえ防ぐことは出来ない。

 かつてヴァルナがヴァーサスに対して最後に行った審判の一撃――。

 レゴスもまた、ヴァルナと同等の破壊は可能だった。

 

『よかろう。私はヴァルナとは違う。死を恐れるなど滑稽』

「うおおおおおお! てええええりゃああああ!」

 

 ギガンテスが放つ正中線百連突きの衝撃がレゴスの障壁を揺らす。

 レゴスはその衝撃に抗わずに後方へそのまま滑り去ると、そこで自らの障壁を解除。大きくその手を広げる。

 

『私は君のことも覚えておこう……そしていつの日か、必ず君を再現してみせよう』

 

 レゴスは惜別の寂しさをその硬質の顔に浮かべると、ゆっくりと天上にその手を掲げ、祈り……そして、それでも前へと突き進むギガテンスめがけ、最後の審判を放った。

 それは正に全ての終局を告げる極大の閃光。

 ヴァーサスですら、即座に全殺しの槍キルゼムオールを全解放することでしか対処できなかった、破滅の一撃。

 だがしかしギガンテスは。
 
 そしてミズハとルルトアは

 今この瞬間をこそ、待っていたのだ――!

 

「巨人さんっ!」

「うるせえええええ! やれええええええ!」

 

 ギガンテスの体が瞬間的に元の巨体へと戻る。レゴスへと突き出されたギガンテスの拳は、その巨大化の余波で更に加速し、レゴスの審判の一撃へと突き進んだ。

 衝撃――。

 星の半分を明るく照らすほどの閃光と衝撃が辺りを覆い尽くし、全てを吹き飛ばす。

 レゴスは目を細め、事の成り行きを見定めようと障壁の再展開を試みた。だがそれは間に合わない。

 

「斬る――っ! 今度こそ……この命に代えても! 絶対に斬ってみせるっ!」

『――っ!?』

 

 突き出され、レゴスの審判と激突したギガンテスの拳が、ズタズタとなった姿で閃光を抜ける。

 そしてその拳がレゴスの前で開くと同時――。

 その開かれた巨大な掌から凄絶な雷光の放射を伴った銀色の一閃が奔り、レゴスを再び切り裂いたのだ。

 

『み、ズハ……無駄な……ことを……君では……我が領域は……』

「――いいえ」

 

 駆け抜けた銀閃。それはミズハ。

 ミズハは失った双蓮華の刀身に光の粒子を纏わせ、その大きな銀色の瞳に閃光の輝きを宿すと、静かに、ゆっくりと背後のレゴスを一瞥する。

 

「貴方の領域とやらは斬りました。今度こそ、終わりです――」

『な……っ!?』

 

 レゴスのガラス玉のような瞳がひび割れ、驚愕に見開かれる。

 形が崩れる。再生も、創造もできない。

 レゴスという存在が、完全に潰えていく。

 

『(この僅かな間に……我が領域に届くまでに……信じられん……人とは……命とは……こうも時の流れを越えて、親すら知らぬ間に……成長するものであったのか……)』

 

 消滅の時、レゴスはその意識の中に、自らの心奥までを射貫くミズハの銀色の瞳を見た。自らの最大の一撃に耐え抜いたギガンテスの強さを見た。

 レゴスが最後に覚えた感情。それは喜びだった――。

 

『見事……だ……私はもう……この世界を捨てようとは……思わない……私も……君たちと共に……ここで………………』

 

 それが、レゴスの最期の言葉だった。

 

 創造神レゴスは死んだ。

 

 ミズハは何も言わず、今度こそ神の消滅を見届けると、無意識のまま刀身を失った双蓮華で流麗な残心を決める。

 そして、かつてヴァーサスがそうであったように、赤く染まった天を背景に、そのまま空中で意識を失った――。

 

 

 東の門番ミズハ・スイレン&ルルトア・アースダイヤル&超巨人ギガンテス

 VS

 創造神レゴス 

 ○門番 ●創造神 決まり手:終の太刀 月華睡蓮

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

error: Content is protected !!