助けられた少年と助けられたボタン
助けられた少年と助けられたボタン

助けられた少年と助けられたボタン

 

「ふわぁ……お疲れ様でしたボタンさん。どうぞ自分の部屋だと思ってゆっくりしてくださいね」

「ありがとうティオ。暫く世話になる!」

 

 自動開閉式の白い扉をくぐり、ゆったりとした民族的な衣装に身を包んだティオと、その肩に仁王立ちするボタンゼルドが個室へと入ってくる。

 ティオは自分の肩に乗るボタンゼルドを優しく摘まむと、部屋の中央に用意されたテーブルの上に降ろした。

 壁面から生えるように直接伸びたテーブルと椅子、そして仕切りで区切られた先にある整えられた寝室と個室トイレ。

 一般的な住居の個室として見れば狭い部類だろうが、軍属として宇宙空間での長期滞在を経験しているボタンゼルドからすれば、ティオ一人に与えられているというその私室の快適さは驚嘆(きょうたん)に値するものだった。

 

「凄いな……俺の世界の軍艦なら、上級士官か艦長室並の設備だ」

「僕たちの世界でも、こんなに大きな部屋が沢山用意されている船はこのラースタチカだけだと思います。全長1300mのこの船に、ボタンさんも含めて100人も乗ってませんから」

「なるほどな。調査船ならば戦闘力よりも居住性を重視するのは当然のこと。船内にいる限り、シャワーや体の洗浄の必要もないとラエル艦長からは聞いたが……」

「そうなんですよ。僕もあまり詳しくはないんですけど、とっても小さなナノマシンが船の中に浮かんでいて、今も僕や他の皆さんの体についた汚れや細菌なんかを分解してくれてるらしいです。そんなシステム、僕もここに来て初めて聞きました!」

「つまり、この船は君たちの世界の技術レベルから見ても相当に進んだ技術を使った船ということか――――」

 

 その小さな体をテーブルの縁に腰掛け、伸び縮みする腕を組んでむむむと唸るボタンゼルド。

 ティオはそんなボタンゼルドに柔らかな笑みを向け、壁面埋め込み式の飲料供給ポットに手を伸ばす。

 

「ボタンさんも何か飲みますか? って……ボタンさんって飲んだり食べたりできるんでしょうか?」

「先ほどラエル艦長からも美味な紅茶を頂いた! 問題ない! ありがとう!」

「わかりましたっ。それなら、えーっと……コーヒーかな……?」

 

 ティオはそう言ってボタンゼルドと自分用にアイスコーヒーを二つ用意する。

 そして自分はテーブル隣の椅子に腰掛け、両手を上げて大きく伸びをしてみせた。

 

「あの……今日は本当にありがとうございました。ボタンさんがいなかったら、あそこで僕は死んでました」

「気にするな! 俺にもどうして自分がこんな姿になったのか、どうして君の場所に現れたのか何もかもわからんっ! だが――――俺は君を助けることが出来てとても嬉しかった。ようやく俺の夢が叶ったと思えたんだ」

「ボタンさんの夢……ですか?」

「うむ! 話せば長くなるが、かつての俺は君のように巨大なロボットに乗って戦うパイロットだった。ちょうどティオと同じ年頃の頃から、死ぬ瞬間まで戦場で戦い続けた――――」

 

 ボタンゼルドは自身の背丈ほどもあるアイスコーヒーのカップにちびちびと口をつけながら、その円形の体に浮かぶ顔の眉間に(しわ)を寄せ、実に渋い顔で語った。

 

「俺はただ、何百年も続いた戦争を終わらせたかっただけだ。だが戦争が終わったとき、俺は万を超える命をこの手にかけた死神になっていた。あの世界で見た最後の瞬間、俺はもう誰も殺したくないと――――ただ誰かの命を救うだけの存在になりたいと願っていた」

「誰かの命を救うだけの存在……」

「そうだ。もしかしたら俺がこんな姿になったのも、君のピンチに都合良く現れたのも、俺の最後の願いを神様が叶えてくれたのかもしれないな! だから礼を言うのは俺の方だ! ありがとう、ティオ!」

「……はいっ」

 

 ボタンゼルドが真っ直ぐに差し伸べた手を、なぜかティオはほんのりと頬を染めて握り返した。

 そして自分も目の前に置いたカップのアイスコーヒーを一息に飲み干すと、どこか意を決したようにして口を開く。

 

「さっきも言いましたけど、僕もボタンさんと同じでこの船とラエル艦長に助けて貰ったんです。でも実は僕……この船に来る前のことを殆ど覚えてなくて――――」

「なんだと……!? 記憶喪失というやつか……?」

「そうなんです…………僕にも家族がいたことだけは、なんとなく覚えてるんですけど…………他のことは全然思い出せなくて…………」

 

 ティオはそう言って俯き気味に目を伏せると、その心細い胸の内をボタンゼルドへと打ち明けた。

 ラエルノアの話では、ティオは見たこともない宇宙服だけを身に纏い、ほぼ生身で太陽系から数万光年も離れた宇宙空間を漂っていたらしい。

 故に、ティオ・アルバートルスという名前は本名だとしても、ティオが一体どこの星の生まれで、そもそも本当に人間なのか。それすらも未だに分かっていないのだという。

 

「そうか……だからあの時も、この船を守るためにあのような無茶をしたのだな……」

「はい……何も覚えていない今の僕にとって、この船は大切な故郷なんです。絶対に守らないといけない大切な場所なんです。だから、何が何でも守らなきゃって――――!」

 

 ティオはそこまでを一息に話しきると、改めて目の前に座る小さなボタンゼルドにその美しく輝く大きな瞳を向ける。

 

「でもボタンさんに教えて貰いましたっ。大切な物を守りたいなら、まずは自分の命を守らないといけないって! ボタンさんの力でラースタチカに飛ばされた後、ラエル艦長や他の皆さんからも、同じ事を言われて――――」

「うむ! その通りだティオ! 君が他の皆を大切に思うように、この船の皆も君を大切に思っているはずだ。それを知ることで、君はもっともっと強くなれる!」

 

 ボタンゼルドは再びティオの膝上へと飛び移ると、彼の纏うゆったりとした着衣をもそもそと駆け上り、そのまま肩に飛び乗って不敵に笑った。

 

「それに、これからは俺も君と一緒だ。俺もこの船以外に行くところなどない。同じ正体不明同士、これからもよろしく頼むっ!」

「はい! ボタンさんっ!」

 

 互いに笑みを浮かべ合い、力強く頷くボタンゼルドとティオ。

 結局、その日は就寝時間も大幅に過ぎるまで二人は長く長く会話に華を咲かせた。

 どこまでも広がる広大な宇宙の闇の中。白と赤に塗り分けられた、鳥に似た姿の船が白い粒子の尾を引いてまっすぐに飛翔する。

 その船の中に響く二人の笑い声は、いつまでも止むことはなかった――――。

 

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