再びここでと誓う門番
再びここでと誓う門番

再びここでと誓う門番

 

 巨大な門が夜の闇に包まれる。

 普段は小屋から漏れる小さな明かりだけとなるこの場所も、今は物々しい雰囲気に包まれていた。

 

「ワハハハ! そうかそうか! そんなことがな! ドレスよ、まさかこの世に貴様を打ち倒せる者がいたとは驚きだ! ヴァーッハッハッハ!」

 

 無数のかがり火が立ち並ぶ門の前。

 深紅と黄金の装飾が施された甲冑を纏った巨体の男――門番ランク2、ウォン・ウーが大声を上げて笑う。

 ウォンの背には不思議な紋様が刻まれた鎖が何重にも巻き付けられた太刀が背負われている。しかも良く見れば、その2メートルを超えようかという巨体は僅かに地面から離れ、常に浮遊していた。

 

「嘘でしょ……!? ちょ、ちょっとドレス! アンタが負けたなんて冗談でしょ? そんなこと皆に知られたら、大騒ぎどころじゃ……」

「ハハハッ! 嘘でも冗談でもないよカムイ。今のヴァーサスは僕より強い。しかもかなり差がある。なんたってあのとき僕は手ひどくやられたけど、ヴァーサスはほとんど無傷だったからね」

「それこそ意味の無い比較だ! お前の攻撃は一発でも貰えばそこで終わり。決着が付くときは無傷か死ぬかの二つしかないからな! はっはっは!」

「だからこそ、素手で僕の鎧を破壊されたときは本当にどうしようかと思ったよ。あの時壊された鎧、直すのにどれだけ手間がかかったと思う? エアの力まで借りないといけないようなとんでもない鎧だったんだけどね」

「ヴァッハハハ! ますます素晴らしいぞヴァーサス! 神との戦いが片付いたら次はこの俺だ! 神ごときでは物足りんだろうからな!」

 

 巨大な門の前で談笑する門番達。

 これから死地となるかもしれない戦いへと赴こうというのに、彼らの顔は明るい。

 既に彼らは最後の晩餐とも呼べる会食を終え、今正にそれぞれの守る門へと向かおうという頃合いである。

 

「ヴァーサスさんったら……本当に立派になられて……さすがは私の初めてを奪った殿方ですわ……素敵です」

「あの~……ちょいと宜しいですか? 実はその話、先ほどからずーっと気になっておりましてね……っ! ぜひとも、ぜひとも詳細を聞かせて頂きたいのですが!?」

「その通りだ! ヴァーサスよ、私はお前がたとえ既にどれほど汚れていようとも構わぬ! それまでに誰を想おうとも、最後にこの黒姫の横におればそれで良いのだッ!」

「あ、あの……私も、そのお話聞きたいです! 一体師匠とダストベリーさんの間に何があったんですか!?」

 

 そんな中に横からにょきにょきと顔を突き出してくる三人。

 リドルの額はぴくぴくと震え、黒リドルの赤い瞳は血走り、ミズハは冷や汗を流している。

 

「な、何度も言うが、俺は特にダストベリーに何かした記憶はないのだが……」

「ああ! もしかしたらアレのことじゃないかな? 門番戦争のとき、君とダストベリーは一度だけ闘っていなかったかい?」

「うふふ……さすが皇帝陛下。仰るとおりです。あの時、既に聖女として聖域の守護を担っていた私の前に現れたのがヴァーサスさん……あの戦場で私はヴァーサスさんの熱く滾る槍によって貫かれ、初めてを失ったのです……この世に生まれ落ちて二十年。私の障壁を破ったのは貴方が初めてでした……」

 

 うっとりと頬を染め、潤んだ瞳でヴァーサスを見つめるダストベリー。
 その熱い瞳に見据えられたヴァーサスはしかし、げっそりとした顔でため息をついた。

 

「あー! なるほどそーいうことですか! たははは! さすが私の門番様ですな! 私は最初から! 微塵も! 疑ってなどいませんでしたよ! たはは!」

「ぬぅ……しかし何事も初めてというのは記憶に残りやすいもの。ヴァーサスがとんでもない物をこやつから奪ったことに変わりは無いということか。やりおるな、ヴァーサス……!」

「そうだったんですね……! やっぱり師匠は師匠でした!」

「よくわからんが、なにやら危機は去ったらしい。悪寒が消えたぞ!」

「うふふ……でも私もあの頃より成長しましたから、また今度お試しになってくださいね。お待ちしておりますわ、ヴァーサスさん」

「う、うむ。考えておこう」

 

 ややもすると妖艶さすら浮かべるダストベリーのその仕草に、ヴァーサスは心底苦手というような渋い表情で頷いた。

 そして、そんな会話をする門番達の前に、一機の青い魔導甲冑――アブソリュートと、その手のひらの上に乗る少女、命の女神エルがゆっくりと降り立つ。

 

『待たせたな。こちらの準備はできた。いつでもいける』

「……もうすぐ来るよ。用意はできた?」

「そろそろみたいだね。みんな、今回の作戦の確認はいいかな?」

 

 現れたシオンとエアを見上げ、ドレスが各々の門番達を見回す。

 

「俺は北門とやらを守れば良いのだな。さっさと片付け、喰い甲斐のありそうなところへ向かうとしよう」

 

 まず名乗りを上げたのはウォンだ。ウォンは皺の浮かぶ浅黒い肌に凶暴な笑みを浮かべ、丸太ほどもある二の腕に力を漲らせる。

 

「東門は私が。何があろうとも、絶対に守り抜いて見せます!」

 

 胸に手をあて、力強く声を上げるミズハ。かつての頼りない姿はもはやなく、その声からは門番としての矜恃すら感じさせた。

 

『西は俺だ。神のデータは少ないが、やれるところまでやってみよう』

 

 青い魔導甲冑、アブソリュートからシオン・クロスレイジの声が響く。

 見れば、その装甲に備えられた武装はかつての門番レースの時よりも重厚で、シオンが神という超常の相手と闘うことを想定してやってきたことを如実に現わしていた。

 

「最後の南門は僕とカムイで守るよ。カムイ、それでいいね?」

「ええ……文句ないわ。ここまできたら、私だってやってやるわよ!」

 

 純白の甲冑に身を包んだドレスと、紅蓮の甲冑を纏うカムイ・ココロが目も合わせずに頷く。

 

「では私はこの星と、この星に生きる命を障壁で守ります。どうぞ、皆さん存分に暴れちゃってくださいね。うふふっ」

 

 にっこりと笑みを浮かべ、ダストベリーがその場で祈りを捧げた。

 史上最硬の門番と呼ばれ、星一つまるごと覆うほどの絶対領域を展開することができるダストベリーは、今回の戦いで星そのものが破壊される事態を防ぐべく、この門の前で障壁の展開を担う。

 逆に言えば、ダストベリーの障壁が消えれば、星と人々を守るという目的で闘う門番達は圧倒的不利となるのだ。

 

「わかった。では最も重要なこの中央の門は俺と――」

「ヴァーサスの雇用主で宅配業を営むこの私と!」

「かつて次元の破壊者と呼ばれたこの黒姫! 我ら無敵の三人で守ってやる! 門番共よ、大船に乗った気でいるが良い! クハハハハハハ!」

 

 ヴァーサスを中心に、左右並び立つように謎のポーズを決める二人のリドル。

 その姿にカムイは呆れ、ドレスとウォンには大ウケし、シオンはスルー。ミズハはぱちぱちと拍手し、エアは「わっしょい……!」と手を振り回して興奮を露わにしている。
 

 

「東西南北には私が普段門番をお願いしている皆さんおりますが、今回は東のルルトアさん以外は全員門の内側で最後の防衛を担って頂いています。万が一皆さんが倒れた際は、彼らにお任せしますので……」

「リドル君、実は以前から聞こうと思っていたんだけど、その四人の門番というのは、もしかして魔王軍の――?」

「たはは……皇帝さんに隠し事はできませんね。その通りです。四つの門を今も守ってくださっているのは、以前魔王軍とされた私たちの中で、四天王と呼ばれていた皆さんです。ご安心ください。皆さん風評はともかく気の良い頼れる方々ですので!」

「ヴァハハハ! あやつら、まだしぶとく生きていたのか! あの根暗男は元気か? あいつとはまた手合わせしてみたいと思っていた! まさかこうして共同戦線を張るときが来るとはな! 長生きはするものだ!」

「根暗男……? ああ! はいはい、お元気ですよ。今日も図書館の奥でピンピンしてましたから」

「そうか! また戦後の楽しみが増えたな!」

 

 ウォンは顎髭に手を添えて大声で笑うと、くるりと背を向けて門へと向き直る。

 

「では俺は先に行くぞ! 神を待たせるのも不躾であろうからな! 酒でも飲んでゆるりと待つとしよう! ヴァッハッハッハ!」

 

 ウォンはそのまま一度も振り返ることなく、その巨大な背と異形の太刀をヴァーサスたちへと向けたまま門へと消えた。

 

「……じゃあみんな、またここで無事に会えることを祈っているよ」

「なら私も行くわ。それと、ヴァーサスとか言ったっけ? アンタ、強いならちゃんとここ守りなさいよね。私たちが頑張っても、ここが抜かれたら終わりなんだから」

「うむ! 任せてくれ!」

 

 そう言って頷き合うと、巨大な門へと入っていくドレスとカムイ。

 

「では、師匠……ミズハは師匠の弟子として、立派に勤めを果たしてきます!」

「ああ……今のミズハなら心配は要らない。自分を信じろ」

「はい! 行ってきます!」

 

 ミズハはヴァーサスやリドル、黒姫に笑みを浮かべて手を振ると、そのまま小さな背中を向け、一人門の光の中へと消えた。

 

『では行ってくる。互いに全力を尽くそう』

「シオン、頼んだぞ!」

『ああ。お前もな』

 

 瞬間、アブソリュートは門に吸い込まれるようにしてかき消える。

 残されたのはヴァーサスと二人のリドル。そしてダストベリーに女神エア。

 五人は死地へと向かった彼らの無事を想い、再び生きてここで会えるよう静かに瞳を閉じて祈りを捧げた――。

 

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