神託を受ける門番
神託を受ける門番

神託を受ける門番

 

 大空に浮かぶ荘厳な空中神殿。

 その神殿内部、広大なホールに用意された巨大な祭壇。 

 祭壇の前には十段ほどの段差があり、祭壇は一際高い場所からその広場を見下ろしている。今、その場には世界中の門番の頂点に立つ上位門番達が揃う。

 その数は九名。いずれも大陸中に名の知れた強力な上位門番達である。

 

「師匠! 師匠もこちらにいらっしゃったんですね!」

「ミズハではないか! 君も式典に呼ばれていたのか!」

 

 ヘルズガルドとのごたごたも収まらぬ中、一目散にヴァーサスへと駆け寄ってきたのはミズハだ。今の彼女は稽古時のラフな格好ではなく、門番として職務に当たる際の正装である東方の軽鎧を身につけている。

 ミズハはその銀色の目を輝かせながらヴァーサスの目の前までやってくると、嬉しさを抑え切れない様子で口を開く。

 

「はい! 先ほどレイランド卿のところにシロテンさんという方がいらっしゃって……実は私、今回の選考で門番ランク7位になれたんです! これも師匠との稽古のおかげです!」

「それは凄い! 全てミズハのたゆまぬ努力の結果だ。俺も君の力になれたのなら嬉しく思う!」

「師匠……っ!」

 

 今にもヴァーサスに抱きつかんばかりに目を潤ませて見上げるミズハ。
 そんな二人を見つめていたダストベリーは、あらあらと柔らかな笑みを浮かべて声をかける。

 

「素敵なお弟子さんね。初めましてミズハさん。私はフローレン・ダストベリー。あの女性恐怖症のヴァーサスさんがお弟子さんを……それもこんな可愛らしい子とお話できるようになっているなんて、とても驚きました。ふふっ」

「え!? あ、初めまして! ミズハ・スイレンと申します。ダストベリー様と言えば、ずっと上位ランカーの……お会いできて光栄です!」

 

 にこやかに話しかけるダストベリーに恐縮しきりのミズハ。
 しかしそんなミズハを押しのけるように、ヴァーサスの背後からリドルが顔を出してくる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいますか。今なんかさらっと変なこと言ってませんでした? ヴァーサスが女性恐怖症とか……」

「あら……貴方は?」

「初めましてですね。私はリドル・パーペチュアルカレンダー。ヴァーサスの雇用主兼恋人です。なのでその辺とても興味がありまして――」

 

 ヴァーサスの肩口から飛び出し、ダストベリーにかしこまった挨拶をするリドル。
 しかしリドルが発したその一言を受けたダストベリーは、その温和な笑みを硬直させる。

 

「恋人……? 恋人ですか……そうですか……ヴァーサスさん……それは確かですか?」

「う、うむ……間違いない! リドルは俺がこの世で愛するただ一人の女性だ。その想いが揺らぐことは決してない!」

「は、はわわ……なにもこんな場所で……そんな大胆な……てれてれ」

「ぐぎぎ……!」

「……っ」

 

 周囲に大勢居る中でのヴァーサスの大胆な発言にリドルは真っ赤になりつつも笑みを浮かべ、黒リドルは血の涙を流し、ミズハはきゅっと口を引き結んで俯く。 

 しかしその言葉で最もダメージを受けたのは、なぜか目の前のダストベリーだったのだ。

 

「私とのことは……全て遊びだったのですね……あんなに激しく愛し合ったのに……道理で、何年待ってもお迎えに来て下さらないと思っていたのです……」

「……はい?」

「な、なんだと!?」

「し、師匠が!?」

「う、うむ!? 俺にそんな記憶はないぞ!? 人違いではないだろうか!?」

 

 先のヴァーサスの大胆な告白をさらに上回るダストベリーのその言葉に、一瞬で場が凍り付く。

 それは地獄の最下層、永久凍土の地獄すら生ぬるい絶対零度。

 このままでは凄まじい修羅場が展開される。
 この世の地獄でヴァーサスが焼き尽くされるのは不可避。

 その場にいる誰もがそう思った。
 あの門番皇帝ドレスですら、力なく首を振って冷や汗を流していた。

 だがその時、その場に一つのが響き渡ったのだ。

 

『……そろった?』

 

 ヴァーサスだけではない。
 その場に居合わせた全ての者が、一斉にその音の方向へと目を向けた。

 正確には、目を向けざるを得なかったというべきか。

 視線を向けたその先には、一際高い場所に設けられた祭壇の前に、一人の少女が立っていた。

 いつからそこに居たのであろう。

 少女の瞳は黄金に輝き、薄く簡素な法衣から覗く透き通った白い肌。

 長く膝裏まで伸ばされた銀色の髪。
 薄い桃色に艶めく小さな唇。

 どこかこの世ならざる、触れ得ざる領域を感じさせるその少女の雰囲気に、ヴァーサスは僅かな既視感を感じていた――。

 

「やあ! 来ていたんだねエア。いい頃合いだ、もう僕たちも全員揃っているよ」

『ドレス……久しぶり。会えて嬉しい』

「僕もさ。さあみんな! 叙任式典を始めるとしよう!」

 

 門番皇帝ドレスが式典の開始を告げる。

 先ほどまで思い思いの談笑に華を咲かせていた各門番たちが祭壇前に整列する。
 無論、そこにはヴァーサスも並んだ。

 門番ではない関係者たちは両脇に並び、その様子を興味深く拝見していた。

 

『みんなおはよう……順位……決めたから、私が呼んだら来て欲しい……』

「(ひええ……あれが噂に聞くこの星の女神様ですか! 私も初めて見ましたよ!)」

「(この星の……とは良く言ったものだ。道理で大した力も感じぬはず)」

 

 一見すると何を考えているのかもわからない虚無的な所作と言動を見せる女神エア。この世界で知らぬ者のない『命の女神』と呼ばれる生命発祥の神である。

 エアはドレスから渡された羊皮紙を空中に浮かべて広げると、首を傾げながら一人一人名前を読み上げ、叙任の儀を施していく。

 

『門番ランク1。ドレス・ゲートキーパー。前へ』

「光栄だね」

【ランク1:ドレス・ゲートキーパー】
 デイガロス帝国皇帝にして最強の門番。
 生物の限界を超えた身体能力と精神力を持ち、その力は計り知れない。
 全殺しの剣スレイゼムオール全防御の盾オールディフェンダーという二つの因果律兵器の所持者。
 その気になれば星を両断することすら容易い。

 

『門番ランク2。ウォン・ウー。前へ』

「ふん。仰々しいことよ」

【ランク2:ウォン・ウー】
 東の大国カイリの大元帥にして天帝の異名を持つ男。
 大門番時代以前からの歴戦の門番。
 万を超える数々の武勇は、現在進行形で増え続けている。

 

『門番ランク3。フローレン・ダストベリー。前へ』

「ふふっ……とっても嬉しいです」

【ランク3:フローレン・ダストベリー】
 エレストラ神聖領域を守護する門番。史上最硬の異名を持つ。
 極度の平和主義者で自身から他者を攻撃することは決してない。

 

 ――次々と読み上げられ、新たなる席次を任じられていく門番たち。

 各々が皆、この大陸で生きている者であれば一度は耳にしたことがあるであろう強者達。それら強力な門番が一堂に会するこの場は、正にこの世界で最も権威ある式典といって差し支えないものであった。

 

『ランク除外。ヴァーサス。前へ』

「うむ!」

 

 そうこうしているうちに全ての門番の叙任が終わり、最後に残されたヴァーサスの名が呼ばれる。

 読み上げられたランク除外という謎の文言に顔をしかめる者、困惑する者が現れ、少々のざわつきが起こった。

 しかしそんな周囲の様子に、内情を知っているドレスや、既にヴァーサスの実力を知るランク5のシオン、ランク3のダストベリーなどは僅かな笑みを浮かべている。

 

『はじめまして、ヴァーサス。一度、貴方に会ってみたいと思ってた……』

「うむ? そうなのか! ならば、これから宜しく頼む!」

『もうみんな気付いてる……ヴァルナの領域が潰えたことを……』

「……ヴァルナだと?」

 

 女神エアの前に立ったヴァーサス。
 
 眼前のエアはその黄金の瞳でヴァーサスを見上げ、見定めるように首を傾げる。

 

『今から話す……頑張ってね、ヴァーサス……』

 

 エアはそう言うと、ランク除外を証明する紋様が刻まれた小さな宝石を、そっとヴァーサスの手に置いた――。

 

 ●    ●    ●

 

『おつかれさま……本当ならこれで終わり……だけど、今日は続きがある』

 

 全員への叙任が終わり、再び祭壇の前へと立ったエアが変わらぬ表情で、しかしやや力の籠もる声を発した。普段とは雰囲気の違うエアのその言葉に、門番達はみなエアへと視線を集中させた。

 

『もうすぐ、この世界は終わる……全部終わりにして、次の世界に行く。私よりずっと上のみんながそう決めた……ごめんね』

 

 女神エアはその幼い顔に僅かな申し訳なさを浮かべ、そう呟いた――。

 

 

 

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