【先の門番レースの結果を踏まえ、門番ヴァーサスを門番ランク除外に任じる。また、本日この封が解かれし時よりランク叙任の式典を開催する。門番各自は各々の持ち場を離れず待機するよう厳命】
開かれた高級な羊皮紙に記載されたその文言に、それを見たリドルや黒リドルは眉をしかめてむむむと困惑の表情を浮かべた。
「ランク除外って……なんでヴァーサスが除外されないといけないんですか?」
「あの男、まさか自らの最大の脅威となるヴァーサスを社会的に抹殺しようと企んでいるのではあるまいな!? 今すぐ跳んでバラバラに分解してくれようかッ!?」
「うむ? 除外されると何かまずいのか?」
「いえ、どうなんでしょう? っていうか除外ってほんとなんなんです?」
まず声を上げたのは二人のリドルだ。
リドルもそこまで詳しいわけではないが、少なくとも門番ランクの上下や参加、不参加は見たことがあってもランクから完全に除外というのは記憶になかった。
「それは、陛下のご配慮……です。ヴァーサス様とリドル様。そしてお二人が守っている門は、あまり目立たないほうが動きやすいだろうと仰っていましたです。門番ランクが高いと、様々な式典への出席も増えるともお話されていましたです」
「なるほど! さすがドレスだ。そこまで俺たちのことを考えてくれていたとは!」
「これについては皇帝さんの言うとおりですね。下手に上位ランカーになって有名になると色々面倒なことも多くなるでしょうし」
「ふん……! 気に入らんな。そのようにコソコソせずとも、門番ランク一位となってあのドレスとかいう男を倒し、ヴァーサスがこの世の全てを支配してしまえば良いではないか……! クククッ! 想像するだけで血が滾るわ!」
「ひえ! すぐ横でいきなり変なオーラ出さないでください!」
草木が枯れ、虫も死に絶える禍々しいオーラを放出して笑う黒リドルとそれを止めるリドル。
背後で色々と起こっているにも関わらず、既に完全に慣れた様子のヴァーサスは全てを華麗にスルーしてシロテンへとさらに尋ねた。
「除外については承知した。俺たちに格別の配慮をしてくれたこと、心から感謝する! しかしもう一つ、この叙任式典の開催というのはどういう意味だろうか? 封を開けたときよりとあるが、既に俺はこれを開けてしまったのだが……」
「はい。式典会場はボクなのです。門番の皆様は大変お忙しいですので。皆様は門の前から動かないまま、ボクが門番の皆様の会場になるのデス」
「君が会場? それは一体どういう――」
瞬間。辺りが眩い光に包まれる。
シロテンの白い法衣が境界を無くし、光の白の中に溶け、姿が曖昧になる。
やがてシロテンの姿は完全に消え去り、光が収まるとともに見たこともない景色が辺りに浮かび上がってくる。
「ぬ……っ? ここは……?」
「あわわ!? な、なんですかこれは? 私はまだなにもしてませんよ!? 黒姫さんなにかしちゃったんですか!?」
「落ち着け。似ているが、これは私や白姫の力とは別種のもの。私たち二人の力が座標を操作する能力だとれば、これは座標を繋ぐ力。空間接続の類いであろう」
「――その通り、さすがだね黒姫さん。来てくれて嬉しいよ、ヴァーサス」
光を抜けた先。そこは周囲を白い雲海に囲まれた空中に浮かぶ巨大な神殿だった。
荘厳な造りの巨大な大理石の柱が立ち並び、その奥にはこれもまた見事な祭壇が設けられている。
そして驚愕と共に辺りを見回すヴァーサス達の前に現れたのは、純白の甲冑と外套を身に纏った銀髪褐色の青年、門番皇帝ドレス・ゲートキーパー。
「ドレス! これもお前がやったのか!?」
「驚いたかい? こうして話したり触れたりもできるけど、実際の君たちは元居た場所から一歩も動いていないんだ。これも魔王――いや、リドル君の母上の力の解析が進んだことによる成果なんだ。本当に凄いよね」
ドレスはヴァーサスたちを見つけるやいなや三人に歩み寄ると、柔らかく笑みを浮かべて再会を喜んだ。
「デイガロス帝国の研究ってここまで進んでたんですか……私たちの研究でも最後まで能力の取捨選択は出来なかったのに……」
「ドレスとやら……ここまで門の力に迫ったことは褒めてやろう。しかし門の力を真の意味で使いこなせるのはこの次元では白姫のみ。それを忘れぬようにな」
「……そうだね。忠告感謝するよ」
「心配せずとも、ドレスならば例えどんな力を手にしてもその使い方を誤ることはない。今もこうして俺たちの役にたっているしな! 感謝する!」
ドレスが披露したデイガロス帝国最先端の技術に喜ぶヴァーサス。
しかしヴァーサスのそれとは違い、リドルと黒リドルの表情はそのあまりにも急進的な発展に危機感を覚えるものだった。
「僕だってもうこの前のようなことは二度とごめんだからね。門の力は日々を平和に生きている人々の命と笑顔を守るために、これからも管理していくつもりだよ」
「であればいいがな……決して自らの力を過信しすぎぬ事だ」
「ドレス一人で足りぬ時は俺が力を貸す。それが友の役目だ!」
「ああ! その時は宜しく頼むよ、ヴァーサス!」
熱い炎が灯ったような瞳で見つめ合い、固く抱擁を交わすヴァーサスとドレス。
それはどこから見ても微笑ましい光景ではあったが、あまりにも目立ちすぎた。
ヴァーサスとドレスが談笑している間にも、その周囲には続々と世界中の門番が集まってきていたのだ。
「――っ!? ドレス!」
「わかってる!」
瞬間、ドレスとヴァーサスがその場から消える。
それと同時、二人の居た場所に複数の剣戟が巻き起こり、数秒の後、ヴァーサスとドレス、そして巨大な大剣を背負ったもう一人の男が地面へと着地した。
「ひえええ!? な、なんですかいきなり!?」
「おいおいおいおいおいッ! なんなんだそいつはァ? めちゃくちゃ強えじゃねえか!? ドレスてめぇ……この俺に殺されるのが怖くて新しい護衛でも雇いやがったか!?」
「ヴァーサスが手加減してくれたことに感謝するんだね、ヘルズガルド。僕とヴァーサスが揃っていても考え無しに襲ってくるその蛮勇は相変わらず賞賛に値するよ」
「ドレスの知り合いか?」
こともなげに外套の埃を払うドレスと、やはり息一つあげずに尋ねるヴァーサス。
突然ドレスへと斬りかかった紫髪の凶暴な風貌の男――ヘルズガルドは、その尖った歯を悔しげに噛み鳴らし、獣のようなうなり声を上げた。
「はぁぁぁぁ!? 手加減、手加減だと……!? 殺すッ!」
再び大剣を構え、ドレスとヴァーサスへと加速するヘルズガルド。
しかしその突撃は何もない空間に突如として現れた強固な壁によって阻まれた。
「あらあらぁ……門番同士が刃を交えるなんて……私、とても心が痛みます……ヘルズガルドさん、ドレスさん、そしてヴァーサスさん。お願いですから、どうか皆さん仲良くしてください……」
「チッ……一番面倒なのが来やがった……」
悪態をつき、自らの突撃を阻んだ目の前の壁に鮮血混じりの唾を吐きかけるヘルズガルド。
気付けばヴァーサスもドレスも、二人のリドルもヘルズガルドも、その場にいる全員の周囲が光り輝く透明な壁に囲まれていた。
「やあ、ダストベリー。相変わらず見事な障壁だ。礼を言わせて貰うよ」
「当然のことをしたまでです、皇帝陛下。世界から一つでも多くの争いを減らす。それこそが私の門番としての使命なのですから……」
ヘルズガルドに続いて目の前に現れた美しく長い青髪をなびかせた法衣の女性。
ダストベリーと呼ばれたその女性は、透き通った青い瞳をドレスへと向けて目礼したあと、その隣に立つヴァーサスをじっと見つめ、笑みを浮かべた。
「お久しぶりですね、ヴァーサスさん。私のこと……覚えていらっしゃいますでしょうか……? 私、今では門番ランク3位にまでなってしまったんですよ? うふふっ」
「う……うぐぐ。お、覚えている……息災でなによりだ……フローレン・ダストベリー嬢……」
にっこりと、まるで輝きすら幻視するかのような神々しい笑みを浮かべるダストベリーとは対照的に、ヴァーサスは忌まわしき過去を想起したかのような苦々しい顔を浮かべ、ぎこちなく頷いた――。