「うわあああああ! 本当にすみませんでしたあああああああっ!」
「いいっていいって! 俺はすげえ楽しかったし!」
「にゃはは! 奏汰の言う通りじゃ。最後の連携など、本当に見事なものじゃったぞ、新九郎!」
江戸城御前試合の参加者達が控える討鬼衆詰所の一角。
討鬼衆第一との激闘を終えた新九郎は、一段高くなった板張りの床ではなく、砂利がそのまま敷き詰められた地面の上で、目の前の奏汰と凪に向かって深々と土下座していた――――。
「しかしまさか新九郎が試合中に泣きべそをかいておったから負けとはの……。さすが将軍様の選んだ検分役じゃ。良く見ておるのう」
――――そう、先ほどの討鬼衆第一と奏汰達あやかし衆第二の試合は、奏汰達の敗退で幕を閉じていた。
試合内容そのものに関しては奏汰達が優勢であったのだが、当代将軍家晴の御前で涙を流して戦うという無様を新九郎が見せたことが大きすぎる欠点となり、判定は討鬼衆第一の勝利となったのだ。
「すみませんすみませんすみませんんんんっ! 試合の内容では僕たちが勝っててもおかしくなかったのにいいいいい! か、かくなる上はこの徳乃新九郎――――この腹をかっさばいてお詫びを――――いやあああああ! こわいいいいいい! やっぱり無理ですうううう!」
余りの錯乱振りに、突如としてその場で藍色小袖をがばっと開いて上半身を露出させ、半狂乱でハラキリを宣言するものの恐怖の余り一人で勝手に挫折する新九郎。しかし新九郎は心根はともかくその体はれっきとした女性である。
「ちょ……!? い、いきなり脱ぐなよっ!? お前が脱ぐと色々マズいだろっ!?」
「ぴええええええ!? そうでしたああああっ!? 駄目っ! 奏汰さん、み、見ないで下さいいいいっ!」
その白雪のような肌を肩まで露出させてしまった新九郎を、奏汰は青い閃光と共に亜光速で制した上、更にははだけた着物までしっかり着直させた。
「ほむほむ……。新九郎よ、そう落ち込むでない……」
それでも錯乱収まらぬ新九郎に、凪はそっと自分自身も砂利の上に膝を突いてかがむと、新九郎の額を自身の胸に抱き、その緑髪の頭をよしよしとなだめた。
「――――よしよしなのじゃ。何度でも言うが、私も奏汰も試合に負けたことは全く気にしておらんのじゃ。今回の件も、四十万には私からもよーく話してやるからの! 任せておくのじゃ!」
「な……凪さああああん……っ。すびばせん……っ」
凪の小さな胸に抱かれた新九郎は嘘のように自分の心が落ち着くのを感じた。
それはまるで、実の母や優しかった乳母に抱かれた幼子の頃のような――――。
新九郎は凪と奏汰に大変申し訳ないと思いつつも、暫しの間瞳を閉じ、その心をようやく落ち着かせたのであった。そして――――。
「――――おう、ちょいと邪魔するぞ」
「お! 四十万さん! 全然邪魔じゃないよ!」
その時、奏汰達がわいわいと盛り上がるその一角に一人の男がやってくる。奏汰はその男――――四十万に明るい笑みを浮かべて歓迎の言葉を伝えた。
「手合わせ頂き感謝する。俺みてぇな立場になると、平時はなかなか骨のある相手とやれないんでな。俺にとってもいい鍛錬になった」
「俺の方こそ!」
四十万はそう言って奏汰に会釈すると、その大きな手のひらで奏汰の肩をぽんと叩く。奏汰もまた、そんな四十万に屈託のない笑みを向けた。
「でも四十万さん、さっきの試合全然本気出してなかっただろ?」
「……まぁな。元々俺達討鬼衆の専門は鏖滅の兵法。傷つけず、殺さずで戦うには向いてねぇ。その点、お前たちの戦い方は良く出来てた。 ――――なあ、新九郎?」
「ぴゃっ!? は、ははは、はいっ! すみませんでしたああああッ!」
突如として四十万に声をかけられた新九郎は光の速さで直立すると、その腰を九十度ぴったりに曲げ、四十万に向かって頭を下げる。
「――――序盤から中盤にかけてはどうしようもねぇ落第だったが、最後は良かった」
「え……?」
自分に向かって深々と頭を下げる新九郎に、四十万は奏汰にしたのと同じように、その大きな手のひらを新九郎の頭にぽんと置くと、そのまま穏やかな口調で言葉を続けた。
「追放は無しだ。俺もついカッとなっちまった。 ――――悪かったな」
「し、四十万さん……っ! それって……!?」
四十万のその言葉に、新九郎は雷に打たれたように顔を上げると、その大きな瞳をうるうると潤ませて四十万の顔を見上げる。
「ちっ! 二度は謝らねぇぞ! 後な、そこの剣と巫女様に入れ込むのも良いが、週に三度! てめぇの当番はきっちり果たせ! それができてりゃ文句は言わねえ……っ」
「は、はい――――っ! ありがとうございます! 四十万さんっ!」
そんな新九郎の眼力に押されたのか、四十万はふいと顔を逸らしてその場から踵を返すと、そのまま片手を上げて詰所から早々に立ち去っていった。
「にゃはは。さすが討鬼衆の頭領じゃ。良かったのう、新九郎」
「四十万さん、なんか嬉しそうだったな……。もしかしたらあの人も、実は新九郎のこと心配してたんじゃないかな?」
「はい……。今回は本当に、色んな方にご迷惑を……」
去って行く四十万の背中をに、新九郎は再度申し訳なさそうに呟く。
しかし奏汰はそんな新九郎の背中を軽く叩くと、横から覗き込むようにして新九郎の顔を見つめた。
「大丈夫、こっから先は新九郎に何かあれば俺も手伝うからさ。いつだって心に余裕っ! だろ?」
「もちろん、私も手伝うのじゃ!」
「うう……っ! ありがとうございますううううっ!」
そう言って励まし合い、肩を寄せ合って笑みを浮かべる奏汰達。試合には敗れたものの、奏汰達三人の絆はこの御前試合を通してまた一つ大きく成長していくことになる。
だが――――。
「――――剣……奏汰……ッ!」
だがしかし。
実はこの時。奏汰達は気付かなかったものの、三人の様子を詰所の一角から鋭く見つめる幾つかの影があったのだった――――。