そこは、どこまでも静謐な空間だった。
果てなく広がる白と黒の空間。
動く者は無く、音も無く、あらゆる存在が侵入することを拒まれたかのように、一切全てが無に支配された領域。
ただ空間だけがある。
そのような場所に今、一つの音が響いた。
『たった今、ヴァルナの領域が消えた』
音は波紋となり、白を揺らし、黒を刻んだ。
『場は何処か。種は豊富に蒔いた故』
波紋が跳ねる。音が増える――。
白黒の境が裂け、漆黒の虚無に浮かぶ青い星が浮かび上がる。
『知らぬ星だ。このような名も無き場所でヴァルナが潰えたと?』
『ヴァルナは我らの中でも変わり者だった故。呼んでもすぐには来ぬしな』
『否。ヴァルナはついに見つけたのだ。我らが生まれ落ちた時より感じていた違和感。その震央を』
音は更に数を増す。波紋がその高さを増し、刻まれる領域が拡大する。
『成したのは人。ヴァーサスという名を持つ、人の子』
『ヴァーサスという人。我らの領域にまで達したと? ならば喜ばしいことだ』
『否。ヴァーサスは未だ質も量も持つ存在。我らが高みには到達せず』
『何故ヴァルナは潰えた? 低次定命の者に我らが領域を侵すことは出来ぬはず』
音が反響し、波紋が混じり合い、刻まれた領域から新たなる宇宙が産まれた。
『全殺しの槍』
『全反射の盾』
『全殺しの剣』
『全防御の盾』
一つ一つの名が上げられ、そのたびに空間がざわめき、震えた。
『おお……おお……! あな恐ろしい。そのような恐ろしい音を発さないでおくれ』
『虚空と狭間に産まれ、既に失われた名だ。今更そんなものに何の意味がある』
『否。今このとき、これら狭間の疵痕は全て、この星に揃っている』
『……なんということだ。それが誠なれば、誠なれば!』
波紋が渦となり、白と黒の境界が曖昧となっていく。
ざわめきは嵐となり、嵐は灼熱のプラズマとなって放たれる。
『その解は正しい。我らが生まれ落ち、数も無意味となる時を見守りしこの領域は……既に何者かによって大きく改ざんされている』
『ヴァルナは……還りたかったのだな』
『哀れ。哀れだ。しかしヴァルナが哀れならば、我らは道化。今の今までその事実に気付かず、高次存在を気取っていたとは』
音は悲しみを帯び、宇宙を冷やした。
プラズマの放射が収まり、ガスと塵になって渦を巻く。
『さらにもう一つ』
『万祖ラカルムが既にこの領域を訪れ、ヴァーサスと因果を結んだ』
『ヴァーサス。ヴァーサス。ヴァーサス。口惜しい。ラカルムは気付いていたか』
『動かねばなるまい。領域の拡大を上回る速度で』
今は混ざり合った白と黒。
灰色となってようやく安定を見せようとしていた領域が崩壊していく。
ぼろぼろと、ぼろぼろと。
『行くべきは何処か』
『ヴァーサスは特異点にあらず』
『目指すべきはヴァーサスの近傍。位置は近似値』
『門か。門なのだな』
『正しい。ヴァルナは門へと辿り着き、そこで潰えた』
『ならば行こう。我らも還ろう』
『還ろう』
『還ろう』
領域が閉じる。
産まれようとした新たな可能性。
その全てが跡形もなく消え去り、それは再び虚無になった。
音は消えた。
この場を去り、目指すべき場所へと向かった。
ヴァーサスとリドルが住む、門の場所へと――。
第二部最終章 門番VS最後の審判 開戦――。