「まさか第一試合から当たるとはな。 ――――おい新九郎、その木札はもういい。動きの邪魔になる、外してどっかに放り投げとけ」
梅雨の終わり、明確な暑さを感じる青空と太陽の光の下、その輝きを眩く反射して輝く白洲の上。
赤と白の陣幕が張られた一段高くなった室内からは、最強の武士と名高い当代将軍、徳川家晴が背筋を伸ばし、鋭い眼差しで両陣営を見つめている。
そしてその反対側には大きく段々となった特設の観覧台がずらりと用意されており、それこそ数百人――――遠目であることを我慢すれば千人を超える町民や武家人たちが、御前試合の様子を目にすることが出来るように配慮されていた。
「新九郎君。さっき君が大番頭から怒られてた件、俺は気にしていないよ。 ――――君の迷いはすぐに顔に、そして剣に出る。さあ、遠慮せず君のその可憐な胸の内を俺に曝け出してごらん」
「アーーーーッハッハッハ! お主が超勇者と名高い剣氏でござるな!? 大位討伐のお噂はかねがねッ! 拙者の名は壬生要。お主とはぜひ一度お手合わせ願いたいと思っていたところでござった! 何を隠そう、実は拙者もこの日の本では忍ばずの超忍者と呼ばれる者! 同じ超同士、いざ雌雄を決さん! ニンニンッ!」
西方に立つ三人の影。
その中央には灯のついていない煙管を咥え、大番頭の証である白の差し色が付け加えられた陣羽織を纏う長身の男、四十万弦楽。
そして四十万の左右には、どこぞの歌舞伎役者かと見違えるような派手な赤白の忍び装束に身を包んだ赤髪の女性と、どこか気怠げながらも、その実一分の隙も無い構えで立つ着流しを着た長髪の男が控えていた。
「さ、最初から四十万さんや愛助さんたちの組と……っ!」
「おおおおっ! いきなり凄そうなチームと当たったな!?」
「まさに、まさにじゃな……! 気を引き締めるのじゃ奏汰よ。新九郎はすでに骨身に染みておろうが、恐らく真っ当にいけばこの討鬼衆第一が江戸では最も強いのじゃっ!」
「チッチッチ! それは違うでござるよ神代の巫女様ッ! 我ら討鬼衆第一は江戸で最強なのではござらん! 天下にて最強でござるっ! はああああああ! 先手必勝――――ッ!」
瞬間、奏汰達とその前に立つ討鬼衆第一、六人の姿が全く同時にかき消える。
目の前から消えたという視覚情報の次に観衆の目と耳に飛び込んで来たのは、眼前から放たれた一陣の突風と、目にもとまらぬ速度で瞬いた閃光だった。
「はやっ!? さすが忍者! めちゃくちゃ速いなっ!?」
「はやっ!? 勇者とはこうも速いでござるかっ!?」
まずは上空、白洲に降り注ぐ太陽に二つの影が落ちる。
初撃の交錯の際、奏汰は超忍者である要のあまりの速さに驚きつつも、即座に彼女の速さに対応できるのは自分だけと判断。四十万と着流しの剣士――――愛助の相手を凪と新九郎に任せた。
奏汰も要も、互いにその手に握るのは普段から愛用する聖剣と忍者刀である。
この御前試合、通常であれば互いの命を守るために竹刀や木刀を使うところ、そのような配慮はされていない。身の安全に関する決まり事はただ一つ、対戦相手を負傷させたら負けという決まりがあるだけである。なぜなら――――。
「ははっ! すごいな忍者さん! 青無しの俺の速度に平気でついてきた人間は忍者さんで二人目だ!」
「キエーーーー!? それはこちらの台詞でござる! 鬼以外で拙者と速度で並んだのはお主が二人目! しかし勇者などという異国風満々な肩書きに速度で負けたとあっては超忍者の名折れ! 超勇者剣奏汰! やはりここで雌雄を決さん!」
見上げた青空の中、何秒経っても一向にその高度を下げる気配のない奏汰と要。
二人は自ら放った最初の跳躍の勢いのみを支えに飛翔したまま、大勢の人々が見守る中で神域の剣戟を繰り広げる。
そう、もはやこのレベルの手練れとなれば木刀だろうが竹刀だろうが、その一撃が僅かでも相手に当たれば致命となるが必定。
ゆえに、そもそもこの御前試合は相手に攻撃を当てない戦いだった。
白洲の周囲には将軍家晴を始めとして、多数の技能を持った検分役が配されており、彼らが時間いっぱいまで戦った双方の優劣を判断することになっていた。
「にゃはは! 討鬼衆一番頭、木佐貫愛助じゃな? お主の話は知っておるぞ、妻が二百人おるそうじゃな?」
「そうだよ――――そして俺の子供はもっといる。俺のこの肩と剣には、俺の家族千人の生活がかかってるんだ。だからこういう時に少しでも稼がないとね」
「ほむ! 立派な心がけじゃな! じゃが――――!」
大きく開けた白州の一方。飛び跳ねるようにして愛助の四方から赤樫の棒を叩きつける凪。
愛助はこともなげに凪の一撃一撃を自身の持つ長刀で捌いているが、捌かれた凪の打撃がそのままの勢いで地面に着弾するたび、白洲どころかその下の地面までもが陥没するような衝撃が辺り一帯に響きわたる。
「私も神代を代表してこの場に出ておるのでな! 悪いが、お主らにはここで終わって貰うのじゃ!」
「さすがは巫女様。色々と重いね」
愛助はその衝撃で巻き起こる突風と砂つぶてに涼しげな表情を僅かに崩しつつも、並の鬼であれば秒で光になっているであろう凪の連撃をゆうゆうと受け流していく。そしてそのすぐ横では――――。
「清流剣――――っ!」
「駄目だ」
そして最後。まだ試合が始まって一分経つかどうかにも関わらず、その額からだらだらと汗を流し、息を乱した新九郎が為す術もなく四十万の持つ黒檀の杖によって後方へ弾かれる。
「――――いつもより鈍いな。さっきのことなら不問にしてやるって言ってんだろ。なにウジウジ悩んでやがる?」
「くっ――――!」
四十万は先ほど新九郎を連れ去った時のボサボサ髪とは違う、完全に後方へと流され整えられた髪を更にかき上げると、怪訝な表情で首を僅かに傾げた。
「ふざけた奴だが、愛助の奴は一ついい事を言った。てめぇは何もかも顔と剣に出る」
「は……っ! は……っ!」
新九郎は四十万のその言葉にも答えず、再び白洲の上に立ち上がって二刀を構えた。新九郎自身、自らがここ暫くの間ずっと悩んでいること、その悩みの答えが出ていないことなど百も承知。
『話せ――――大魔王っ! それをどうするかは、俺が決めることだッッ!』
新九郎は目の前に立ち塞がる討鬼衆大番頭――――四十万弦楽へと鋭い眼光を向けながらも、その脳裏にあの日の奏汰の姿を思い浮かべていた――――。