『ここがロウボ博士の工場なんですか?』
「おそらくは。皇帝さんがくれた地図にもこんな建物載ってませんしね」
「ふむ……そのロウボとやら、どうやらこの次元とは別の技術をどこからか手に入れておるな。白姫よ、貴様にとってもいくらか懐かしいものがあるのではないか?」
「言われてみればそうかもしれません。でもそうなるとまた厄介な感じですねぇ……」
薄暗い巨大な地下トンネルを滑るように進む一機の魔導甲冑。
特徴的な細身のシルエットに、腰に差した二本の長剣。
その搭乗者であるミズハ・スイレンの技量を最大限反映できるよう考慮して建造された、レイランド家特注の魔導甲冑――飛燕である。
「でも本当に良かったんですかミズハさん。ミズハさんにとっても今回の門番レースは大切なイベントだったのに、私たちに協力して頂いて……」
『気にしないでください! 私、少しでも師匠やリドルさんのお力になりたいんです! それに、もしその博士がよからぬことをお考えなら、それを阻むのが門番としての使命です!』
「うむ……? ミズハとか言ったか。先だって顔を見たときも感じたが、もしや貴様もヴァーサスに想いを寄せているのではあるまいな?」
『え!? わ、私が師匠を……っ!? そ、そそそそそそ、そんなことは……! ない……のでしょうか……で、でも、まだまだ私なんて未熟で、師匠のお相手に相応しくないのではと……っ!』
「ならば今後相応しくなったらどうするのだ!? 貴様も我の前に立ち塞がるのであろう! ただのちんちくりんだと思えば油断のならぬやつ!」
『あわわわわ! そ、そんな……私……でもそれなら、私はどうしたら……っ!?』
リドルと黒リドルを手のひらに乗せて快走していた飛燕が突如としてぐわんぐわんと左右に大きく振れる。
「ひえええ! ちょ、ちょっとミズハさん! 操縦! 操縦に集中してください! 黒姫さんもなにわざわざ焚きつけるようなこと言ってるんですか! 意識したらまずそうだから今まで黙ってたのに!」
「ほほう……流石は私だ……邪魔者は積極的に排除するその姿勢、なかなかやるではないか!」
「たった今あなたが増やしたかもなんですけど!?」
操縦者であるミズハの動揺がそのまま反映されたかのような危険な操縦に、ただ手の上に乗っていただけのリドルは振り落とされまいと悲鳴を上げながら指にしがみつき、黒リドルは平然と腕組み仁王立ちの姿勢で唸っていた。
『こちらドレス。僕の方は裏口だと思っていたけど、どうやらこっちが本命だったみたいだ。位置を送るから君たちも来れるなら来てくれるかい?』
「ミズハさん、皇帝さんから通信きてますよ! 皇帝さんが送ってくれた座標ってわかりますか!? わかるなら私が飛ばしますので!」
『あっ! す、すみません! 大丈夫です、わかります!』
左右にぐらぐらと揺れる飛燕をなんとか立て直すと、ミズハはコクピット内部で小さく頭を振り、真っ赤に染まった自らの頬を軽く張って任務へと意識を集中させた――。
● ● ●
無限の広がりを持つかに思われた砂漠が終わりを告げる。
四方の地平線全てが黄金の砂丘で揃えられた砂漠のど真ん中に、突如として出現する巨木――世界樹ラグナマグナ。
その威容は全長数千メートルを超え、世界樹の周囲にのみ鬱蒼とした木々が所狭しと生い茂る。
湧き出る清浄な水と邪悪な生物を寄せ付けない世界樹の魔力により、その一帯だけは不毛の灼熱地帯とは思えぬような繁栄振りを見せていた。
『さあさあ! 今年の門番レースもいよいよ終わりが近づいて参りました! 去年に引き続き一着でゴールしたのは我らが最強の門番、門番皇帝ドレス・ゲートキーパー! 続く二位にはやはりこちらも去年と同様、東の大国ラカンの大元帥ウォン・ウーが既にゴールを決めております! 彼ら不動の上位陣に続く門番は一体誰になるのかー!?』
世界樹の麓に設けられたゴール地点。
普段は神聖な場所とされ部外者の立ち入りが禁じられている世界樹だが、一年で唯一この時期だけは一般にも公開されて人々で賑わう。
多くの出店や仮設の商店、宿屋に酒場までが建ち並び、次々にやってくる有名門番達を一目見ようと大勢の人々が押しかけていた。
そして、そんなゴール地点まであと僅かと迫ったその外周部では――。
『見えるか? あれが会場だ』
「どうやらそのようだ! 協力感謝する、シオン殿!」
『殿はいらない。俺もお前も、同じ門番だ』
「承知した!」
交差するように蛇行と加速を繰り返して砂丘を駆け抜けるビッグヴァーサスとアブソリュート。
あの後も戦いを続けていた二機だったが、ドレスとリドルから通信を受けたヴァーサスはその場で戦闘を中断。
門番ランク7であるシオン・クロスレイジにも事情を説明し、共に事に当たって貰うよう協力を取り付けたのだ。
『ロウボ博士とは旧知だ……俺のアブソリュートを整備してもらった事もある。テロを企むような人物には見えなかったが……』
「なんと……そうだったのか」
『人生の全てを魔導甲冑に捧げたような男だ……あの男から魔導甲冑を取り除けば、きっと何も残らない……そう思えるような男だった』
シオンは努めて平静に話すが、その言葉には間違いなく共感の色が浮かんでいた。彼もまた魔導甲冑に全てを捧げ、魔導甲冑に自らの命を預けた男である。
おそらく相通じるものをロウボ博士には感じていたのだろう。
「ならば、なにかの間違いであってほしいものだな」
『いや……もしあの男が私欲に走り、そのために誰かを傷つけるというのなら、俺は躊躇しない。お前も門番ならばそうだろう……ヴァーサス』
「ふっ……その通りだ!」
互いに姿は見えないが、ほぼ同じタイミングで同様に頷くヴァーサスとシオン。
限界まで加速してゴールへと向かう二機の魔導甲冑の目に、ゴールを示す二本の鉄塔が飛び込んでくる。しかし、その時であった――。
『あ、あーーっと!? これはどうしたことでしょう!? 突然砂漠の下から巨大な魔導甲冑が出現しましたーー!? 一体なにが始まるのかー!?』
実況の男が驚きの声を上げた。
世界樹周辺の密林地帯のちょうど限界部分。
黄金の砂漠と豊かな緑が交わる境界線が突如として大きく割れ、大地の下から漆黒の魔導甲冑が姿を現わしたのだ。
『ついに……ついにこの時が来たぞ門番共……! 門番などよりも魔導甲冑の方が世界を守るに相応しいということを、この儂自ら教えてやる!』
漆黒の魔導甲冑はその二つの眼光を深紅に輝かせると、まるで獣のような咆哮を上げて、大地へと立った――。
開戦――門番VS最終人型決戦兵器。