ロボに乗る門番
ロボに乗る門番

ロボに乗る門番

 

 どこまでも広がる広大な砂漠地帯。

 乾いた風が一帯を吹き抜け、それを遮るものもない。

 黄金色の砂丘と果ての無い青空の向こう。

 もうもうと砂塵を巻き上げ、疾走する巨大な人型が二体――。

 

『敵、ランカー門番を確認! 門番ランク17――エレシア共和国所属のグレイトアックスです。敵は大質量の両手斧を保持。接近戦は危険です、距離を取りスピードで翻弄してください。気をつけてヴァーサス!』

「了解したリドル! グレイトアックスとやら、悪いがこのまま突っ切らせて貰うぞ!」

『ふん……ランカーでもない駆け出し門番が、この俺に勝てると思ったか!』

 

 上下左右に並べられた配信石に映し出される周囲の映像を確認するヴァーサス。
 窮屈なコックピット内部、ヴァーサスは二本の操縦桿を握り、一気に引き倒した。

 その動きに呼応して、たった今ヴァーサスが乗り込んでいる全長12メートルほどの巨大な魔導甲冑『ビッグヴァーサス』が、まるで唸るような咆哮を上げた。

 足下が不安定な砂漠地帯の上を、まるで滑るように疾走するビッグヴァーサス。

 リドルからの通信で接近戦は危険と言われていたが、ヴァーサスはあえて相手の懐に潜り込むことでグレイトアックスの戦闘可能距離を一瞬で潰しきる。

 

『っ!? これが駆け出しの動きだってのか!?』

「俺はランクになど興味は無い! さらばだ、グレイトアックス!」

『ば、馬鹿なああああ!?』

 

 刹那の交錯。

 黄金の砂丘の上。圧倒的な加速から一瞬でグレイトアックスの眼前に迫ったビッグヴァーサスは、流れるようにその手に握る槍でグレイトアックスの分厚い装甲をぶち抜くと、そのまま振り返ることもなく砂塵を疾走していく。

 走り去るビッグヴァーサスの背後。巨大な爆炎が上がり、ビッグヴァーサスの背面装甲を赤く照らす――。

 

『お見事! さすが私の門番様! 強い! かっこいい!』

『ふん……あのような雑魚ではヴァーサスの引き立て役にもならぬわ。もっと活きの良い獲物はいないのか?』

「ようやく勝手が掴めてきた。このまま目的の場所まで一気に向かう!」

 

 薄暗いコックピット内部に、白と黒――二人のリドルの喜びの声が響く。

 ヴァーサスは二人の声に笑みを浮かべて短く息をつくと、コックピット内部に無造作にぶら下げられた革袋を手に取り、中につまったリドル謹製のジャスミンティーで喉を潤した――。

 

 ●    ●    ●

 

「門番レースだと!?」

 

 いつもと変わらぬ平穏な日々が続く門の前。

 暑い日差しの下、黙々と立哨を行っていたヴァーサスが驚きの声を上げた。

 

「ああ、そうさ。ヴァーサスはまだ門番になってから日が浅いから知らないだろうけど、毎年この時期になると大陸中の門番が集まって日頃の腕を競い合うんだ。ここ数年はずっと今のルールでやっているようだね」

「そんな催しが行われているのか……賑やかで楽しそうだな!」

「それなら知ってますよ。私は特に興味も無かったのであれですけど、配信石の視聴率では毎年トップの大イベントのはずです!」

 

 門の前に集まっているのはヴァーサスとリドル。そしてなんとデイガロス帝国の皇帝ドレス・ゲートキーパーである。

 

「しかし集まるのはいいが、その間の門番はどうするのだ?」

「このイベントの間は国家間の戦争は固く禁じられているし、それぞれの門にも各国の軍隊が配置される。ヴァーサスも出てみたらどうだい?」

「ふむふむ……私はいいと思いますよ。研究所の封印強化のおかげか、最近はぜんっぜん来賓もございませんし。それにヴァーサスが大活躍するのも見てみたいなーなんて」

「たしかに、このイベントで優秀な成績を収めたものは、門番ランキングに登録されて大陸中に発表されるんだ。もし活躍できれば名誉や知名度は一気に上がるだろうね。あ、ちなみに今の一位は僕だよ」

「なるほど……」

 

 リドルとドレス。二人の見守る前で、自らの顎に手を当ててうむうむと思案するヴァーサス。

 ヴァーサスとしても門番全体のイメージ向上に繋がると思われるこの大イベントには興味があった。だが、門を留守にするという一点についてどうしても抵抗があったのだ。

 だがそこに、突如として大きな声で呼びかける者があった。

 

「なにを迷うことがあるヴァーサス!? ついにお前が世界に羽ばたくときが来たのだ! 私は喜ばしいぞ! 門のことなら気にすることはない。留守は私に任せ、思う存分暴れてくるが良い! クックック! ハーッハッハッハ!」

「お前は……!」

 

 その声ははるか頭上から。

 リドルの門の隣に新しく建てられた禍々しい邪気を放つ漆黒の屋敷。

 突如として現れた黒リドルが、その屋敷の豪奢なテラスから身を乗り出し、ワイン片手にヴァーサスへと鋭い指さしを行っていたのだ。

 

「やあ、君は……リドル君のお姉さんかな? 僕はデイガロス帝国の皇帝ドレス・ゲートキーパー。はじめましてだね」

「ほう……なかなか礼儀を弁えているようではないか! 我が名はリドル。リドル・パーペチュアルカレンダー! 元・次元の破壊者にして元・世界に終焉をもたらす者! 黒姫と呼ぶが良いぞ!」

「黒姫さん。これからよろしくね」

「おお……さすがドレスだ! あの名乗りを受けても全く動じていないぞ!」

「それはヴァーサスも似たようなもんでしたけどね……」

 

 凄まじい邪気と共に放たれた黒リドルの名乗りを平然と受け流すドレス。

 黒リドルのオーラを真正面から受け止めながら、ドレスは見るもの全てに好感を与える笑みをにっこりと浮かべた。

 そして黒リドルに深々と一礼して挨拶を終えると、再びヴァーサスへと向き直る。

 

「実を言うとね、僕がわざわざ自分でここまで来たのも、なんとしても君に参加して欲しいと思ったからなんだ。今回の門番レース、裏で怪しい動きを掴んでいてね」

「怪しい動きだと? お前一人ではなんとかならないというのか?」

「僕一人でやってもいいんだけど、万全を期したい。レースは大勢の人々が見守る中で行われる。悲惨な事故や陰謀の発露すら許さずに、完全に平和裏に成功させたい。君ならわかるだろう?」

「人々を守り、希望と笑顔を与える門番の祭りで、僅かでも人々の心に影を落としたくない……ということだな」

「その通り。どうだろう、協力してくれるかな?」

 

 真剣な眼差しでヴァーサスを見るドレス。
 その視線を受けたヴァーサスは、一度リドルへと確認するように目を向けた。

 リドルは笑みを浮かべてヴァーサスに頷き、彼の指先をつまむようにして握った。

 

「わかった! 俺も出場しよう!」

「ありがとうヴァーサス! これで僕は百万の軍勢を得たようなものだよ!」

 

 ヴァーサスのその返答に、ドレスは心の底からの笑みを浮かべ、ヴァーサスの肩に手を置いて力強く頷く。

 ヴァーサスもまたドレスの肩に手を置くと、お互いの信頼を確かめ合うように頷き合った。

 

「でもでも、たしか門番レースって拘束具がいるんじゃなかったでしたっけ? そんなもの私たちは持ってないですよ?」

「拘束具だと? なんだそれは?」

「ほほう……拘束とは興味深い……もしやヴァーサスが拘束されるのか……? もっと、もっと詳しく私にも教えるのだ……!」

 

 ふと思い出したように聞き慣れぬ物騒な単語を口にするリドル。

 その言葉にヴァーサスも、いつのまにかヴァーサスの隣に飛んできた黒リドルも疑問の声を発した。

 

「さすがリドル君は良く知っているね。僕たち門番が普通に競争したらあまりにも強すぎて色々被害が大きいからね。レース中はお互いの力を抑えるための拘束具の着用が義務づけられているのさ」

「ほほう。ならばレース中に俺の槍や盾は使えないということだな。面白い趣向だ」

「ははっ! 素手で僕の鎧をぶち抜いた君なら特に気にすることじゃないさ。それに、参加に必要な拘束具は既に僕が用意しているから安心して欲しい」

「手際のいいことよ……ドレスとやら、貴様ヴァーサスが断わるなど微塵も思っていなかったな?」

「まあね」

 

 ドレスは手際の良さを指摘する黒姫に対してこともなげに返すと、背後に付き従っていた三名の侍従に合図を送った。

 合図を受けた侍従達が後方の森へと姿を消し、それから数分して大地を震わせる震動が辺りに響き渡り始めた。

 

「ヴァーサスに合わせて帝国で建造させた最新型さ。その名もビッグヴァーサス。名付け親は僕だ。きっと気に入ってくれると思うよ」

「な、なんだこれは!?」

「うひゃあ! これはまた凄いのが出てきましたね!?」

「ほほう……これは面白い……!」

 

 大地を鳴動させ、ヴァーサスたちの前に姿を現わしたのは巨大な人型。

 全長は12メートルほど。

 特殊な金属で建造された甲冑状の白い素体に、美しい意匠の施された外観が日の光を浴びて美しく輝く。

 これこそが、あまりにも強大な門番の力を抑えるために開発された、魔導甲冑と呼ばれる人型搭乗兵器の亜種である。

 

「門番レースは今から二週間後。それまで、しっかりこれを使いこなせるようになっておくんだよ、ヴァーサス」

 

 ドレスはそう言いながらも「君なら余裕だろうけど」と、完全に信頼しきった笑顔でヴァーサスの肩をぽんと叩いたのであった――。

 

 

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