まめたんくっ!
まめたんくっ!

まめたんくっ!

 

「我ら――――決して許されること無し!」

 

 渦巻く黒雲と雷鳴の下。
 稲妻の音すら切り裂いて発せられたその声は、異形と化した狂王ロエンドールの深奥を射貫いた。

 かつて――――旅の果てに辿り着いた魔王の正体が、何の罪も無い少女だったと知った一人の少年は剣を置き、盾を持って自らの創造主たる神の元に昇った。

 神すら超える力を手にした少年の存在を神は恐れた。
 少年が神の元に昇ったその日、神は少年の前に姿を現わすこともなく、自らが作りだした全てに背を向けて逃亡した。

 神の加護は世界から消えた。
 
 神から見捨てられた人々はその原因となった少年を憎み、追い立て、決して許すことのない新たなる仇敵と見定めた。

 

「この身尽き果てるまで――――汝らの恨み消えること無しっ!」

 

 神は去り、人々は激怒し、少女は魔王のままだった。
 結局、世界は何一つ好転しなかった。

 そして――――勇者と呼ばれた少年は大敵となった。

 だが――――ただ一つ。
 ただ一つだけ、確かに変わったことが一つだけあった。

 

「僕が――――! 僕がこの憎しみヘイトを支えるっ! 皆を守るタンクとして、支えてみせる!」

 

 少女はもう一人ではなかった。

 少女がその魔王としての生を終えるその時まで――――少年はタンクとして、彼女への全人類の憎しみを共に支え続けた。

 果たして、二人の生が幸せだったのか。
 世界から神を奪ったことで、数千年の後にどのような好悪が訪れたのか。
 今となっては、全て忘却と曖昧の彼方へと消えた。

 

「――――全挑発オールヘイトっ!」

 

 しかし、少年と少女の残した想いを受け継ぐ者たちは、今この時も――――神の去った大地で懸命にその生を歩み続けていた。

 

「オオオオオオ! 憎しみ! 余の憎しみが、吸われていく――――余から、離れていく!? 許さない、それは余の物。全ての憎しみは、余に向けられるべきもの! 余からヘイトを奪うなああああああ!」

 

 狂王ロエンドールの濁った瞳が、ぎょろりとアルルンのいる荒野へと向けられる。
 巨大な家ほどもあるその瞳に見据えられたアルルンはしかし、その身に怯えも迷いも纏ってはいなかった。なぜなら――――。

 

「さあ行くぞ! アルルンが支え、集めた憎しみをここで断ち切る! それこそが俺たち勇者の勤めだっ!」

「合点承知ですよっ!」

「では、まずはこの私が――――五芒星の加護よ! 大地に宿る五属の王の名において、我が友の力とならん!」

 

 瞬間、アルルンから見て右側前方。崩落した要塞の尖塔部に現れたデュオキスがその両手を天地に掲げ、凄まじい光芒を天へと発した。
 デュオキスが放った光は黒雲を大きく削り取って陽光を出現させると、ロエンドールと対峙する全ての者の肉体、精神、そして魂を大きく励まし、強化した。

 

「オオオオオオ! 余の邪魔をするか!? 消え去れ、ゴミ共が!」

 

 その光景を見て、忌々しげな咆哮を上げるロエンドール。
 するとどうだろう、ロエンドールの異形の肉体から、無数の魔物が湧き出るように分裂し、デュオキスやアルルン、そして周囲で負傷した連王国の兵士達に向かって襲いかかっていく。
 その数は空を埋め尽くすコウモリの群れのようであり、とても抑えきれるものでは無かった。

 

「――――させないっ! 君たちの敵は僕一人……僕だけが君たちの敵だ!」

「ゴオオオオオ! 貴様ぁああああ!」

 

 しかしそれら魔物の大群も即座にアルルンの掌握下へと落ちる。
 全ての魔物がその眼孔を光らせ、アルルンに意識を奪われる。
 
 まるでなにかに誘導されるかのように、凄まじい勢いでアルルンの周囲に魔物の大群が――――そしてもはやその憎しみを抑えきることができなくなった異形の狂王ロエンドールもまた、雪崩のように迫った。

 

「よおーし、アルルン。そんでもってピコリーだったか? 二人ともしっかり俺に掴まってろよッ!」

「はい! お願いします、ヤグラさん!」

「あ、ありがとうございます……その、重かったらごめんなさいですっ!」

「はっはー! 任せときな!」

 

 まるで山ほどもある魔物の大群が一直線に迫る中、全挑発オールヘイトを発動したアルルンとピコリーを両手で抱きかかえるようにしたヤグラが一気に加速する。

 

「化け物共! このヤグラ様に追いつけるなら追いついて見やがれ! 五分――――いや、二分くらいなら完璧に逃げ切ってやるからよぉ! ゼェーーハァーー……」

「うわぁ! やっぱり凄いですヤグラさん!」

「で、でもでも……なんだかすっごく息も上がってるし、汗も凄いんですけどっ!?」

 

 今まで乗ったどんな乗り物よりも速いその加速に、アルルンもピコリーも目を丸くしながらヤグラと共に飛翔する。
 凄まじい速度で要塞から離れるヤグラを追い、魔物の群れがあっという間に一カ所に固まっていく。

 

「良い頃合いですねぇ。魔女さんやりますかぁ……?」

「フン……私の貴重な魔力はこの後の本命に取っておくとしよう。ここは貴様に譲ってやる」

「ほうほうそうですか。そういうことでしたらお言葉に甘えて」

 

 その様子を上空から並んで見るのは、災厄の魔女フェアと賢者ルーントレス。
 共に強大な極大破壊魔法を持つ使い手だが、フェアにこの場を譲られたルーントレスはそのそばかす顔にかけられた黒縁メガネをギラリと光らせ、自身の杖をはるか地平へと向ける。

 

「天の門。海の門。地の門。三界の門の鍵をここに――――」

 

 その言葉と同時、アルルンを追う無数の魔物の周囲に三つの異なる巨大な門が出現する。閉じられたそれぞれの門の前に、赤・青・黄に輝く三つの光が滞空し、賢者ルーントレスの指示を待った。

 

「――――開門」

 

 ルーントレスがその言葉を発した次の瞬間。
 三つの門に吸い込まれるようにして光が消え、巨大な門が開放される。
 
 解放された門はその門の向こう側から三つの異なる属性を持つ膨大な破壊の魔力をたれ流し、轟かせ、その門の周囲に存在する全てを飲み込んで極大の破局をその場にもたらした。

 

「グアアアアアアアアア! 余の肉体があああああ!」

 

 ロエンドールから生まれた無数の魔物達は皆跡形もなく消え去り、魔王の再生力を持つロエンドールですら、その全身をぐずぐずに破壊されるほどの傷を負っていた。そして――――!

 

「――――狂王ロエンドール。貴様がその身に魔王の力を宿すというのなら、俺が魔王を殺すために生み出した絶技を持って葬ろう!」

「ガアアアア! レエエエオオオオオオス!」

 

 天上の黒雲が穿たれ、そこから覗く陽の光を背に、遙か上空から太陽の輝きを纏った勇者レオスが一直線に降下してくる。
 レオスが持つ聖剣が赤熱し、黄金の輝きを放った。

 

「はあああああああ!」

「――――ガアッ!?」

 

 一閃。

 

 まるで天から降り注ぐ太陽の光そのものと化したかのようなレオスの大上段からの一太刀が、ロエンドールの巨体を寸分の狂いなく両断した。
 そしてそれと同時、ロエンドールの肉体の切断面から灼熱の炎が吹き出し、それはそのまま豪炎の火柱となって燃え上がったのだ。

 

「ぎゃああああああ! な、なんだこの炎は!? 余の、余の肉体が――――燃えていく――――再生、できない――――傷が、塞がらない――――!」

「せっかくの奥義だったのでな。無駄にならなくて良かったと言ったところか。もう――――この奥義を使う相手もいない」 

「ガアアアアア! 余は――――全ての者に憎まれ、永遠に――――ヘイトを」

 

 それこそがロエンドールの繋がり。憎しみこそが彼がこの世界と人々との間に絆を感じることができる唯一の方法。
 ロエンドールは最後の意識の中、それでもさらなるヘイトを求めた。憎まれることを求めた。その渇望は天へと届き、レオスの奥義を受けてなお、その渇望だけで消滅することを拒もうと足掻いた。

 

「――――それは、僕が引き受けます」

「あ、ああ……アアア」

 

 灼熱の炎の中で死にきれぬロエンドールの意識に、三度目となるアルルンの声が届いた――――。

 

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