集う意志
集う意志

集う意志

 

「上空のレンシアラ艦より、飛行型天契機カイディル多数!」

「我が艦隊への被害は軽微! 反撃の許可を!」

「エリンディア艦隊、前進を開始! こちらに突っ込んできます!」

「フィロソフィア上空をカシュランモールで封鎖し、レンシアラの羽虫どもを城を盾にして押し潰せ。いかに翼があろうと、飛ぶ空がなければ恐るるに足らん。エリンディアの迎撃には重装艦を回せ。最も警戒するべきは星砕きだ。奴を下手に追い詰めず、足止めに徹するよう命じろ」

 

 カシュランモール、玉座の間。

 キルディスの乱入で開戦へとなだれ込んだ戦場を睨み、剣皇ヴァースは即座に的確な指示を下す。

 

「必要な人員以外は城内から退去しろ。残る者も、カシュランモールが指定の位置に到達次第退避だ。以後、この城は戦場の遮蔽として放棄する」

「星砕きに破壊された水晶炉を、寝る間も惜しんで修復した技師団は不満でしょうな」

「連邦の包囲を抜け、奴らに先んじてレンシアラに到達した時点で、すでにこの城は十分に役目を果たしてくれた。技師団も、よくここまでもたせてくれたものだ」

 

 城内に最後の指示を出し、ヴァースは玉座から立ち上がる。

 

「どちらへ?」

「俺もアルドオールで出る。〝エリンディアの急襲は予想外〟だったが……キルディスもエリンディアも狙いはクリフナジェラだ。俺があれを先に起動すれば、奴らの目論見は瓦解しよう」

「承知しました。では、以後の陣頭指揮は私が」

「任せる。退避の頃合いを見誤るなよ」

 

 深々と頭を下げるアンフェルを背に、ヴァースは漆黒のマントをひるがえして玉座の間を後にしようとした。

 

「――アンフェルよ」

「いかがいたしました?」

「もし俺が戻らなければ、帝国の行く末はお前が決めろ。戦を続けるなり、諸国と和平を結ぶなり……どちらにしろ、お前ならば俺よりもよほどうまくやれるだろう」

「私が、帝国を……」

 

 ヴァースの突然の言葉に、しかしアンフェルは表面上は眉一つ動かさず、やがてふうと息をついた。

 

「……お断りします。長らく黙っていましたが、実は私には将来を誓いあった婚約者がいます。彼女とは、この遠征が終わったら国政から身を引き、田舎でパン屋でも営もうと先日約束したばかり……ですので、やはり陛下には這ってでも生きて帰っていただきませんと困ります」

「フッ、初耳だぞ」

「どう取り繕おうと、私にとっては御身あってこその帝国なのです。どうか必ず無事に戻られますよう……ご武運をお祈りしております、陛下」

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

 旧レンシアラ首都、フィロソフィア上空。

 そこは無数の〝巨大な塔〟が建ち並び、地下から漏れ出る大量の蒸気がその隙間を覆い尽くす灰色の世界。

 先ほどまでの晴れ間はキルディスの到来と共に雲を増し、ただでさえ光の届かぬ大地に暗い影を落とし始めていた。

 

「左だ! 撃ち落とすぞシータ君!」

「はいっ!」

「コケーーーー!」

 

 炸裂する爆炎と閃光が灰色の大地にまたたく。

 肌寒い大気を切り裂き、六隻の飛翔船が巨大な空鯨に牽かれて空を走る。

 前方を塞ぐ帝国艦隊から放たれた弩砲と炸裂弾の雨を、甲板上に立つルーアトランが一刀の元に切り払い、イルレアルタの放つ光芒の矢が消し飛ばす。

 

「帝国への攻撃は最低限でいいわ! 艦隊の奥まで食い込めば、向こうも同士討ちを嫌って攻撃できないはずよ!」

「わかりました!」

 

 迎えた最終決戦。

 トーンライディールを旗艦としたエリンディア艦隊は、フィロソフィア急襲のために大幅な改修を施されている。

 対艦武装である弩砲は、その全てが煙幕弾を初めとした炸裂弾頭に換装。

 甲板は大きく拡張され、二機の天契機を船上に直接配置できるようになっていた。

 

「だがレンシアラはどうする!?」

「出来ることなら、帝国と共倒れになって欲しいけど――」

「西天の方角! レンシアラ機複数、来ます!!」

 

 瞬間。帝国艦隊によるぶ厚い弾幕を貫き、白い装甲に金縁を施されたレンシアラの飛行型天契機が上空から迫る。

 かつてキリエが操っていたフィールグランに比べるとその動きは直線的で鈍いが、広大な空中を自在に移動する飛行能力はシータたちにとって圧倒的な脅威だ。

 

「させない――!」

 

 迫るレンシアラ機に、シータはすぐさま閃光の矢を放つ。

 放たれた矢は見事着弾。

 二機を一瞬で爆散させるが、黒煙の奥からさらに三機が現れ、艦隊中央に位置していた連邦飛翔船を長槍で三方から串刺しにする。

 

「そんなっ!?」

「動力部破損! 着底します!」

「空鯨の手綱を切り離せ! 友軍による作戦遂行のため、我々はここで囮となる!」

「頼むぞ、エリンディア――!」

 

 炎上し、艦隊から脱落する連邦飛翔船。

 甲板で迎撃に当たっていた二機の連邦天契機は、即座に母艦を沈めたレンシアラ機に組み付いて道連れにすると、眼下にたちこめるぶ厚い蒸気に飲み込まれていった。

 

「……っ」

「振り向くなシータ! 俺たちの中で奴らをまともに落とせるのはお前だけなんだぞ!!」

「ひえええっ!? ど、どんどん来るであります!」

 

 眼前での友軍の脱落に、シータは言葉を失う。

 だがそのすぐ後ろ。

 二番艦アンイラスハートの甲板で応戦するラーディは、迫るレンシアラ機に両肩の弩砲を連射しつつシータを励ました。

 

「船と船の距離を詰めて、高度を落として! 各艦、イルレアルタの射線を遮らないように注意して!」

「全艦隊密集陣形! 高度調整は任せたよ、リッカ君」

「アイアイ」

 

 戦場の様相は三つ巴の大乱戦へと。

 都市部を覆う蒸気にもぐり、着底ぎりぎりまで高度を落としたエリンディア艦隊の頭上では、無数の爆炎と共に帝国艦隊が次々と轟沈。

 さらには破壊された従騎士ヴァレット級とレンシアラ機の残骸までもが降り注ぎ、必死に応戦するシータとリアンのすぐ真横で巨大な炸裂が巻き起こる。

 だがそんな中でも、シータは研ぎ澄まされた射撃によって次々と敵機を撃墜。

 リアンもルーアトランの斬撃によって迫る光弾を切り裂き、不用意に近付いたレンシアラ機を容赦なく両断していく。

 

「間もなくフィロソフィア中心部に到達!」

「待ってください! 前方に帝国の大型飛翔船を視認! 我々の進路を塞ぐつもりです!」

「後方よりレンシアラ機多数接近! 抑えきれません!」

「レンシアラの数が多い……キルディスは、いったいどこにこれだけの戦力を残していたっていうの?」

 

 損害を受けつつも突撃するエリンディア艦隊。

 しかし当初のニアの目論見――帝国とレンシアラの全面衝突を利用する策は、レンシアラ残存部隊の予想を上回る強さと物量によって崩れつつあった。

 

「上昇を! ここで足を止めれば、一瞬で食い破られる!」

「だ、駄目です! 帝国の城カシュランモールが、前にせり出してきて――!」

 

 前方を帝国艦隊に、後方をレンシアラに。

 そして頭上をカシュランモールに抑えられたエリンディア艦隊は、もはや袋の鼠。

 こちらに向かって一斉に砲門を向ける帝国艦隊に、ニアは思わず息を呑み、シータとリアンは迎撃のために弓と剣を構えた。だが――。

 

「コケー!?」

「帝国の船が勝手に爆発したぞ!?」

「攻撃……!? でも、今の反応は……」

 

 だがその時だった。

 シータたちの前に立ち塞がっていた帝国艦隊が、突如として爆炎と共に轟沈。

 そしてそれを合図に、エリンディア艦隊に追いすがるレンシアラ機にも、上空から次々と〝炎の雨〟が降り注いだのだ。

 

「――ふっふっふ、なんとか間に合ったようだな!」

「あの旗……それに、この声……っ!」

「セトリス軍だと!?」

 

 エリンディア艦隊を守るように放たれた炎の先。

 空を見上げたシータたちの目に、〝深紅の下地に黄金のサソリ〟が描かれたセトリス王国の戦旗が飛び込んでくる。

 

「無事かシータよ! セトリスの王にして、其方の無二の友である我が助けに来たぞ!!」

「メリク!! まさか……本当に!?」

 

 現れたのは、古王国セトリスの少年王メリク。

 メリクは以前は保有していなかったはずの飛翔船艦隊を率い、友であるシータの危機に颯爽と現れたのだ。

 

「やって来たのは我らだけではないぞ! よーく回りを見てみるのだ!」

 

 空から響く勇ましいメリクの声と同時。

 戦場の遠方に目をこらしたシータは、今まさに参戦しようと進軍する〝様々な国の戦旗を掲げた飛翔船艦隊〟を視認した。

 

「其方たちは孤独ではない! この大陸に生きる一人として、我らもシータと共に戦うのだ!」

 

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