「進軍! 目標は帝国領、旧レンシアラ首都フィロソフィア! この一戦で、すべての争いに終止符を打ちます!!」
「「 おおおおお!! 」」
星歴九七八年。
二の節の終わり。
エーテルリア連邦残党軍から虎の子の支援を受けたエリンディア騎士団は、新女王ニアの元、アドコーラス帝国の辺境に位置する旧レンシアラ領の中心、技術都市フィロソフィアへと出発。
その陣容は、トーンライディールを旗艦とした六隻からなる重飛翔船艦隊だ。
艦隊にはイルレアルタとルーアトランを含む、天契機が十二機。
艦隊に乗船する歩兵戦力は二千人にも達している。
「なんとも壮観な眺めだな。私もこれほどの大戦力がエリンディアに集まるのを見たのは初めてだ!」
「連邦にも余裕なんてないはずなのに……それくらい、この戦いには大きな意味があるってことなんですね」
「コケコケ! コケー!」
現在、連邦の残存部隊をまとめているのは、あの決戦を辛くも生き延びた元帥デキムスだった。
セネカがいない今、デキムスは崩壊した議会をまとめ上げ、各国と密に連携して帝国との戦いを継続している。
「今回一緒に戦ってくれる連邦軍も、帝国との戦いで名の通った精鋭だそうだ。私たちを信じてくれた連邦のためにも、負けるわけにはいかないな!」
「ですね!」
「……本当に、勝てると思ってるんですか?」
その時。トーンライディールの甲板から遠ざかるエリンディアを見るシータとリアンに、弱々しい声がかけられた。
「ナズリンさん……」
「技術都市フィロソフィアは、今も帝国の最重要拠点です。剣皇や騎士団がいなくても、そう簡単に落とせるような場所じゃありませんよ」
「そんなことは承知の上だ! ニアだって、そのクリフナジェラとかいう化け物を壊したら、〝すぐに逃げる〟と言っていたしな!」
「それだけじゃありませんよ。クリフナジェラを壊そうとすれば、先生だって黙ってるはずありません……この作戦だって、先生にはとっくにバレてるはずです。死ににいくようなものですよ……」
やってきたナズリンの両腕は、今も金属製の鎖で拘束されたままだ。
しかしすでに、彼女の体内にあった水晶炉は取り除かれている。
ソーリーンが匿っていたレンシアラ人たちと共同で編み出した摘出法……天契機が内蔵する巨大な水晶炉と、人体内部の水晶炉を反応させて位置を特定する技術は、見事にナズリンをキルディスの呪縛から解き放った。
そしてその対価として、ナズリンはいまだ消極的にではあるものの、レンシアラ侵攻の助言役としてエリンディアに協力することを約束したのだ。
「この作戦がバレてるだと!? なぜそんなことがわかるんだ!?」
「亡くなったそっちの女王様も言ってたじゃないですか。もし本当に先生が水晶炉をそこらじゅうの草や木にまでばらまいていたら、私たちのこの会話だって全部筒抜けってことなんですよ!?」
「ぐむ……それはつまり、あんな奴にいつでもどこでも覗かれているかもしれないわけか? ちょっと……いや、かなりキモいな……」
「そうだったとしても、全部がわかるわけじゃないんだと思います。もしそんな神様みたいなことがあの人にできるなら、お師匠や女王様……それに剣皇に負けたりしなかったはずです」
「コケコケ!」
「でもでもっ! 先生がフェアロストの技術をどれだけ扱えるのかは、私だって全然把握してないんですよ!? いくらお二人が強くても、ただの神隷機に苦戦してるようじゃ勝てるわけ――!」
「えっと、もしかして……僕たちを心配してくれるんですか? だったら、ありがとうございます……ナズリンさん」
「あう……」
そこで不意に放たれたシータの言葉に、ナズリンは辛そうな表情でうつむく。
「私だって……命を助けてくれたことも、水晶炉を取ってくれたことも、どっちも本気で感謝してるんですよ……けど私は、今だって剣皇を殺したいくらい恨んでます。剣皇や先生についての話だって、完全に信じたわけじゃないんですから……」
「それは無理もないことだ。もし私が君と同じ立場だったら、きっと私ももの凄く悩んで考えて……そのうちすやすやと爆睡していただろう!」
「コケ!?」
「それでも、ナズリンさんは僕たちと一緒に来てくれてるじゃないですか」
「それは……あなたたちの敵が、帝国だからで……」
「本当なら処刑されるはずだった君を、シータ君が助けたいと言ったときには私も驚いた……だが今は、私もそれでよかったのだと思っている。陛下からレンシアラの事情を聞いた今は、なおさらな」
複雑な表情を浮かべるナズリンの肩を、リアンは安心させるようにぽんと叩いた。
「僕もお師匠を帝国軍に殺されて、本当に心の底から帝国を恨んでいた時もあったんです……だからあのとき、剣皇を殺そうとしたナズリンさんも、僕と同じなのかなって思って……」
「そんなことで、レンシアラ人の私を助けたんですか……」
「こういうの、自分でも勝手だなって思います。けど僕はもう……後悔したくないんです」
そう語るシータの瞳に、ナズリンは自らの刃でその命を断ち切った〝純銀の天契機〟と、その中に乗っていた少女の姿を見た気がした――。
――――――
――――
――
「――本当によろしいのですか?」
旧連邦領。
現在も急ピッチで再建が進むカシュランモールの内部。
静まりかえった玉座の間に、若き帝国宰相アンフェルの声が響く。
「くどい。すでに決めたことだ」
「ですが、現在大陸各地では〝示し合わせたように〟反帝国の機運が高まっております。南方のセトリスに続き、東方のシャンドラヴァ……さらには制圧下にある多数の小国までもが、帝国領内への攻撃を開始しております」
「捨て置いて構わん。おおかた、死んだソーリーンの置き土産といったところであろう」
ヴァースは今、仮の居室としていた連邦議会を離れ、イルレアルタによって動力を破壊された天空城へと戻っていた。
「この戦乱は、俺の代で必ず終わらせる……だがこざかしい連邦の残党が抵抗を続け、大陸中に刃向かう者が残っている以上、今以上の力と恐怖をもって叩き潰すしかあるまい」
「しかし陛下……! 技師団の話では、四機の天契機とフェアロスト因子が不足したままの覚醒には、まだ時間が必要と……」
「時か……」
なおも追いすがるアンフェルの言葉に、ヴァースは不敵な笑みを浮かべた。
「すでに俺には、クリフナジェラの目覚めを悠長に待っている時間はない。だが……それは〝奴も同じ〟こと」
「まさか……陛下は、この期に及んでキルディスが動くとお考えなのですか?」
「セネカの働きで、奴は連邦という最後の後ろ盾を失った……そして追い詰められたあの男がすがるものなど、もはや一つしかあるまい」
ヴァースはそのまま玉座から立ち上がると、アンフェルの後方に控える騎士たちに自らの意思を伝えた。
「全軍に告ぐ。俺たちはこれより、連邦の残党どもが敷いた包囲を突破して帝国に帰還する。だが目指すのは帝都ではない……旧レンシアラの中心、技術都市フィロソフィアだ!!」