「これでよしっと……どこかおかしいところはある?」
「えっと……うん、大丈夫そうです。ありがとうございます、マクハンマーさん」
「コケー! コケコケ!」
エリンディア王城の工房。
いよいよ出陣を明朝に控えたシータとナナは、マクハンマーと共にイルレアルタの最終調整を行っていた。
「イルレアルタを整備してもうすぐ一年になるけど、結局メリク様が解析した以上のことは僕にはわからなかった……本当は、もっと狩人君の力になりたかったんだけど……」
「そんなことありませんよ。僕やリアンさんが安心して戦えるのは、マクハンマーさんやみんながいつも整備してくれてるからです。イルレアルタだって、きっと喜んでると思います」
「そう!? それなら嬉しいなぁ!」
「…………」
開放された操縦席をのぞき込むマクハンマーに頷きながら、シータは先日交わしたニアとの会話に思いをはせた――。
「――はっきり言うと、今の私達にキルディスの暗躍を止める方法はないわ」
「ええっ!?」
決戦に臨む作戦会議の後。
シータと二人だけになったニアは、単刀直入にそう伝えた。
「それじゃあ、僕達が帝国を止めても今度はキルディスが……!」
「ええ、そうよ。天帝戦争終結からこれまで、キルディスの動きがせいぜい連邦内に留まっていたのは、剣皇と帝国がレンシアラ残党への強硬な弾圧を維持したからよ。私達が帝国の戦争継続を阻止すれば、間違いなくキルディスに有利になるでしょうね」
「そんなっ!」
一切の遠慮なく語られるニアの言葉に、シータは思わず身を乗り出して抗議を口にしそうになった。
だがシータはそこで、ニアとのこれまでのやりとりと、彼女の深い考えを思い出し、出かかった言葉をぐっと堪えて身を引いた。
「すみません……大きな声を出しちゃって……」
「私の方こそ、シータさんの気持ちを切り捨てるような言い方をしてごめんなさい。もちろん私だって、キルディスをこのままにしておくつもりなんてないわ。けど、そのためには……」
激しい感情を抑えて身を引いたシータに、ニアは少し困ったような……しかしどこか嬉しそうに微笑む。
シータの行動とその抑制が彼女への深い信頼から出たものだと、ニアはすぐに気付いたのだ。
「もしかして……なにか考えがあるんですか?」
「そうね……あると言えばあるわ。だけど、まだとても策なんて呼べるようなものじゃない。だから、皆の前では話さなかったんだけど……」
ニアはそう言って、横に置かれていたソーリーンの残した手記を手に取った。
「剣皇の心を止める……ソーリーン様は私達のためにはっきりとは言わなかったけど……本当はきっと、剣皇のことを助けてあげたかったんだと思う……」
「女王様も……」
「だけどそれはソーリーン様も、貴方のお師匠様でも出来なかったことよ。剣皇と話したこともない私なんかに出来ることじゃない……けどそれを踏まえた上で、私達に剣皇を救える〝何か〟があるとすれば、それはきっと……〝私達の手でキルディスを倒す〟こと」
そのニアの言葉に、シータは納得したように頷く。
ソーリーンの話が真実であれば、ヴァースが戦う理由の根源はやはりキルディスの打倒。
大陸を平定するというより強大な野心も、ニアはあくまでキルディス打倒に付随するものだと考えていた。
なぜなら、もし大陸平定がヴァースにとってより上位の目的なのであれば、クリフナジェラ起動の鍵となるシータとイルレアルタの逃亡を、十五年もの間放置しておくわけがないからだ。だが――。
「けど剣皇は、なぜかキルディスの存在もレンシアラ残党の活動も頑なに公表してこなかった……セネカ議長のおかげでようやく他の国も調査に乗り出したけど、帝国は今も協調する素振りを見せていない……どう考えても理に適ってないわ」
「キルディスを早く倒したいなら、他のみんなと一緒にやった方がいいのに……ってことですよね?」
「うん……だから私は、剣皇はキルディスについてまだ何かを〝隠してる〟気がしてるの。そしてそれがわからないままじゃ、戦いに突き進もうとする剣皇の心を止めるなんて絶対に無理ね。それから――」
一気に話しきり、そこでニアは自分でも驚いたように口元に手を当てる。
「いけない。こんな憶測だらけの考えを口に出すなんて……ソーリーン様に聞かれたら笑われちゃう」
「僕は、ニアさんのお話をいっぱい聞けて嬉しかったです。ニアさんがそこまで考えてくれてるのがわかって、すごく安心しました」
「ふふ、ありがとね」
最初は迷い込んだリスのようだった子が、いつのまにか本当にたくましく、立派になったと。
気付けば自分でも驚くほどに心を許すようになっていた目の前の少年に、ニアはこれまでよりもずっと深い信頼が込められた、親愛の眼差しを向けた。
「結局、キルディスを倒すには帝国の……というより、剣皇の協力は必要不可欠なの。あの人が何を考えてるかは知らないけど、まずはお互い剣じゃなくて言葉を交えないと始まらない。だからそのために、ちょっと頭を冷やしてもらわないと……そんな感じね!」
「はいっ! 僕も頑張りますっ!」
どこか悪戯っぽく笑うニアに、シータもまた笑みを浮かべて頷いた。
そのやりとりは、共に偉大な英雄を師に持つ二人の絆が、より強く深いものになったことをありありと映し出していた――。
――――――
――――
――
「僕とイルレアルタで……ううん。みんなであの人を止めるんだ!」
最終調整の終わったイルレアルタの操縦席。
シータはニアの決意を聞き、リアンと心を通わせ、今日まで支えてくれた大勢の仲間達の思いを力に変えた。
(やろう、イルレアルタ……お師匠の分も、僕達で……!)
後は、すべての力を出し切るのみ。
シータは目の前の操縦桿にそっと手を添え、何度となく自らの危機を救ってくれた愛機に語りかける。
そしてそのシータの声に応えるように。
工房に仁王立つイルレアルタの眼孔が一度だけ淡く青く、決意を示すように輝いたのだった――。