始まりの地へ
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始まりの地へ

 

「私達だけで帝国に決戦を仕掛けるだと!?」

 

 エリンディアでの新女王即位から一ヶ月。

 一時の休息を得ていたエリンディアの騎士達に、ニアは緊急招集をかけた。

 

「そうよ。けれど、私達が攻めるのは帝国の都でも、剣皇でもないわ」

「コケー?」

「都でも剣皇でもないって……」

「今から説明するわ。まずはこれを見てもらっていい?」

 

 困惑するシータ達を前に、目の下にくまを浮かべたニアはケルドリア大陸全土の地図を広げた。

 

「帝国と連邦の決戦は、結果的に見れば痛み分けよ。連邦は首都エステリアを占領されたけど、帝国もイルレアルタにカシュランモールを破壊された……おかげで剣皇と帝国軍の大部分は、今も〝連邦に足止めされたまま〟になってるの」

 

 言いながら、ニアは地図上に置かれた帝国軍の駒を連邦首都エステリアの上に置く。

 それは帝国領から遠く離れ、いかにも孤立しているように見えた。

 

「剣皇も上位騎士団もいない帝国領は、手薄なんてものじゃないわ。だから私達は、この隙に奇襲をかける……今も剣皇の野望を支え続けている、〝旧レンシアラ領〟にね」

「レンシアラに!?」

 

 ニアが次に指し示した地。

 それはかつての天帝戦争で数多の血が流れ、エオインが星砕きの伝説を打ち立てた始まりの地――旧レンシアラの中心地だった。

 

「止めるべきは心……ソーリーン様の残した最後の情報によれば、旧レンシアラ領では今も究極の神隷機ウラリス……クリフナジェ終の全能ラと呼ばれる機体の起動実験が最終段階に入っているって、帝国の内通者から連絡があったそうよ。だから私達は、その機体が目覚める前にレンシアラ領に侵入して……クリフナジェラを破壊、もしくはもう一度無力化する」

「クリフ、ナジェラ……」

 

 その名を聞いたシータは、まだソーリーンの話でしかその存在を耳にしていないにもかかわらず、なぜか胸が締め付けられるような恐怖と重圧を心の奥に感じた。

 

「剣皇にとって対連邦戦役は、自分の代で大陸統一を成し遂げられるかどうかの分かれ道だった……それが泥沼化した以上、もう剣皇に残された手段は多くない」

 

 ニアの推測通り。

 剣皇がわざわざカシュランモールという超兵器を建造したのも、それによる連邦軍の戦意喪失を狙ったのも、どちらも連邦との戦いを長引かせないためだった。

 広大な連邦領での戦いが長引けば、すでに高齢の剣皇が、その手で大陸統一を成し遂げることは事実上不可能となる。

 連邦軍による予想外の抵抗と、イルレアルタを擁するエリンディア独立騎士団の参戦。

 この二つの想定外によって、すでに剣皇の〝通常の武力による大陸制覇〟への道は閉ざされていたのだ。

 

「剣皇に残された手段は一つだけ……十五年前、シータさんのお師匠様に妨害された、クリフナジェラの力に頼ること。そしてそれさえ潰せば、いくら剣皇でもこれ以上戦い続けることはできないはずよ」

 

 そのまま、ニアはより詳細な作戦の概要を説明する。

 連邦に足止めされた剣皇本軍に加え、帝国各地の駐留軍をおびき出すべく、すでに大陸全土の反帝国勢力に〝一斉蜂起〟を約束していること。

 連邦の残党部隊とは現在も密に連携し、トーンライディールとアンイラスハートに加え、現在の連邦軍にとっては貴重な三隻の飛翔船と六機の天契機カイディルを奇襲部隊に合流させること。

 そしてこれらの根回しはニアではなく、生前のソーリーンが緻密な戦略と先見を持って長年に渡り積み重ねてきた結果であることを――。

 

「なるほど、作戦の詳細は承知いたしました……しかしそれを我々が破壊したとして、本当にあの剣皇が止まりますかな?」

 

 ニアの示した、剣皇の心を止める策。

 しかしそれを聞いたカール船長は、最後にもう一度念を押すように尋ねた。

 

「止まる……ううん。絶対に止めないといけないの。旧レンシアラ領には、神隷機以外にも帝国の技術を支える工房がいくつもある……連邦での大損害に加えてレンシアラの技術まで失えば、帝国に侵略を続ける力は残されていない。争いの火種は消えないかもしれない……だけど、〝剣皇ヴァースの戦いは必ず終わる〟」

 

 ニアの答えに、カールは無言で頷く。

 そして最後にニアは室内をぐるりと見回し、集まった面々に覚悟の眼差しを向けた。

 

「正直、これまでのどんな戦いよりも厳しい戦いになると思う。そしてもし失敗すれば、間違いなくここにいる全員が死ぬことになる……けど私達なら必ずできる、必ずできるって信じてる。だからお願い……あと少しだけ、私にみんなの力を貸して」

 

 それは、ニアが新たな女王として発した最初の指示にして、懇願だった。

 ニアの決意を受けたシータ達は一様に頷き、もはや誰一人としてその策に異を唱える者はいなかった。

 

「俺達であの剣皇を止める、か……これがうまくいけば、今度は俺達が英雄ってわけだな」

「ひええ……っ! じ、自分のようなへなちょこが、そんな大事な戦いに参加して良いのでありますかっ!?」

「ははっ! いいに決まってるだろ。お前がいなかったら、誰が俺と組むんだよ?!?」

「イルレアルタもルーアトランも、もちろん二人の守護者アンガルダ級も整備はばっちりだよ! あとは連邦の機体次第だけど……それも到着次第すぐに取りかかるからね!」

「うむうむ! みんな気合い十分だな。私もしっかり寝溜めをして英気を養っておかなくては!」

「コケコケ……」

「みんな……ありがとう」

 

 最後に倒すべきは、〝たった一人の心〟。

 だがそれは恐らく、百万の軍勢を打ち倒すよりも困難なこと。

 しかし、今さらそんなことは百も承知。

 カールも。

 ラーディも。

 カラムも。

 マクハンマーも。

 そしてこの場に集まった大勢の仲間達も。

 数多の死線を共に潜り抜けてきた独立騎士団の面々は、互いに笑みを浮かべて最後の困難を打ち倒すべく決意を固め合った。そして――。

 

「あの……ニアさん。ちょっといいですか?」

「なに?」

 

 その時だった。

 気勢を上げる仲間達を頼もしく見つめていたニアに、シータがそっと声をかける。

 

「ちょっと、お話ししたいことがあって……この後、少しいいですか?」

「もちろんいいわよ。けど、どんなお話しなの?」

 

 いつもとは様子の違うシータに、ニアは首を傾げて尋ねる。

 シータは少し迷うような様子を見せたが、少しの間を置いて、ニアにだけ聞こえるように告げた。

 

「ニアさんは、レンシアラを……キルディスをどうするつもりなんですか?」

 

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