二人の最後
二人の最後

二人の最後

 

「さあ、俺にイルレアルタを渡せ、エオイン……この力で、俺達の夢を叶える時が来たのだ!」

「ああ……」

 

 それは、まだ幼かった二人が何度となく口にした夢。

 祖国を豊かにし、誰も争わなくていい平和な世界を作る。

 かつてと同じように、どこまでも真っ直ぐにそう語るヴァースの言葉。

 しかしエオインは、イルレアルタの薄暗い操縦席の中で一人天を仰いだ。

 

「どうしたエオイン。なにか言いたいことでもあるのか?」

「大ありだよヴァース……僕は君がその化け物の力で世界を平和にしようとすることに異論はない。僕が今の話で納得できないのは……君がそれを、〝自分一人で〟やろうとしていることさ!!」

 

 平然と問うヴァースに、エオインは激情もあらわに声を荒げる。

 

「君が千年生きて、世界を平和に統治するだって……? じゃあその千年の間、〝誰が君を幸せにする〟のさ!? キルディスに家族を殺された時、誰よりも泣いていた君が……仲間が戦場で死ぬ度に、誰よりも傷ついていた君が、千年も一人で頑張ろうなんて……そんなの、僕は絶対に許せない!!」

「みくびるな、エオイン。今の俺は、以前の無力な俺とは違う……〝かつてのお前と同じように〟、決して折れない心と力を手に入れ、そして今、さらなる力を手にせんとする剣皇だ。たとえこの先で何を失おうと、どんな犠牲を払おうと……必ず俺の手でこの世界を正してみせる」

 

 悲鳴にも似たエオインの叫びを、ヴァースは正面から受け止める。

 しかしその上で放たれたヴァースの返答は、エオインの心を逆撫でするだけだった。

 

「たしかに、この世界を平和にするのは〝僕達の夢〟だったね……けど僕には、それよりも〝もっと大切な夢〟があるんだよ……わかるかい?」

「…………」

「君の力になりたかった……! 僕はただ、夢に向かって進む君の役に立ちたかったんだ……! まさか、そんなことも忘れてしまったっていうの!?」

「……言いたいことはそれだけか?」

 

 エオインの悲痛に、ヴァースはどこまでも冷たい声でそう告げた。

 そしてアルドオールの片手を上げると、イルレアルタを取り囲む天契機部隊に勅命を下さんとする。

 

「最後だ、エオイン……大人しくイルレアルタを渡せ。俺も、お前に手荒なことはしたくない」

「それも忘れちゃったのかい……? 僕はね……人から命令されるのが大嫌いなんだよ!!」

 

 刹那。四方を包囲されたイルレアルタが、その場に影だけを残して加速跳躍。

 反応した帝国天契機が視線を上げるより早く、放たれたイルレアルタの矢が全機体の下肢を撃ち抜く。

 

「それがお前の答えか」

「君一人がいくら強くなったって……何も守れやしないんだよ、ヴァース! もしも〝強いだけ〟でそんなことが出来るなら……僕だって、君をあんなに泣かせたりしなかった!!」

 

 一瞬で近衛を撃破したイルレアルタは、そのまま〝次の目標〟へと狙いを定める。

 それはこの広大な地下空間に鎮座する異形の神隷機ウラリス

 ヴァースが究極の力と誇示する、過去から続く因縁の元凶。

 

「こんな物があるから――!」

 

 眼前にそびえ立つ巨躯めがけ、エオインは傷ついた体にむち打ってイルレアルタの操縦桿を握る。

 しかし、今まさにイルレアルタが閃光の矢を放とうとしたその瞬間。

 エオインはイルレアルタの優れた視界の向こうに、この場にまったく似つかわしくない存在を見た。

 

「子供だって……!?」

 

 エオインが構えた弓の先で見たもの。

 それは用途不明の機器の中で眠る、まだ幼い子供達の姿だった。

 

「……〝フェアロストの因子〟を持つ者だ」

「ヴァース……!?」

 

 眠る子供達の姿に気を逸らしたエオインの直下。

 ヴァースは金色の機体アルドオールを一瞬にして跳躍させ、イルレアルタへと肉薄。

 繰り出された斬撃をイルレアルタは間一髪で回避するが、神隷機への攻撃は完全に阻止された。

 

「今の天契機がそうであるように、イルレアルタのような起源種オリジナルや神隷機は、本来〝フェアロストの民しか扱うことができない〟ようになっている。お前の体がイルレアルタによって傷ついていったのも、それが理由だ」

「じゃあ、この子達は……!」

「レンシアラは、いつの日かこの究極の神隷機を起動させるべく、〝フェアロストの血を色濃く残した血族〟を最高機密として確保していた。だから俺はイルレアルタを使ってこの機体を起動させ、この者達の血を用いて制御する……そのために、こうして身柄を確保したまで」

 

 どこまでも冷徹なヴァースの言葉。

 エオインは対峙するアルドオールに油断なく意識を割きつつ、神隷機の傍で眠り続ける三人の子供達に目を向ける。

 そこには黒髪の少年が一人。

 そして黒髪と栗色の髪の赤子が二人。

 ヴァースがこの子供達をどうやってここまで連れてきたのか……そんなことなど、エオインは考えたくもなかった。

 

「変わったね……昔の君なら、こんな生まれたばかりの子を利用しようとはしなかったはずだ。本当に……残念だよ」

「今さら何を言う。俺もお前も、とうに全身殺した相手の返り血で真っ赤に染まっている。今さら子供の命など……」

「だとしても、昔の君ならそんなことは言わなかった――!」

 

 瞬間、イルレアルタが動く。

 アルドオールとの激突から一度地面に降りたイルレアルタは、凄まじい加速で突撃しつつアルドオールめがけて閃光の矢を一斉射。

 アルドオールはこともなげに放たれた矢をすべて切り払うが、エオインはその隙にイルレアルタを神隷機の至近へと進め、眠らされていた三人のうち、黒髪の赤ん坊が収められた機器を根元から引きちぎる。

 

「無茶をする……今のお前は、そこまでイルレアルタを動かせる体ではないはずだ」

「けど、この子とイルレアルタを君に渡さないことくらいは出来る……さっきも言ったように、僕は君が一人でこの世界をどうこうするのには賛成できない」

「そんなことをしても無駄だ。俺はいずれ、イルレアルタもフェアロストの血も使わずに、この機体を意のままにするだろう。ここでお前が逃げようと、わずかな時間稼ぎにしかならん。それとも……かつてのように、イルレアルタで俺の野望を阻止してみるか?」

「…………」

 

 挑発するかのように笑うヴァースに、エオインはイルレアルタの中で寂しそうに首を振る。

 

「たとえ君が変わってしまったのだとしても……僕は君の敵になるつもりはない」

「……そうか」

「ああ、そうだよ……もしもこの先、君がその馬鹿みたいなやり方を諦めて、〝普通に〟大陸統一を目指す気になったらいつでも呼んでよ。その時は、きっとすぐにかけつけるからさ……」

 

 そう言って、エオインは黒髪の赤子を連れ、イルレアルタと共に地上へと続く通路へと消えた。

 そしてこの時……ヴァースはイルレアルタへの追撃も、どこぞへと逃れたエオインの討伐も命じなかった。

 

「さらばだ、エオイン……」

 

 かつての仇敵キルディスが操っていた金色の機体でその身と心を隠したまま。

 ヴァースは一人、友に今生の別れを告げた――。

 

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