「――これが、天帝戦争で私達が見た全てです。ヴァース様はその後の二十年で、各地に潜むキルディスの残党を確実に追い詰めてはいますが……その代償として、より多くの血が流れるようになりました」
「それが、あの人の戦う理由……」
「あの胡散臭い理事長が、そんな化け物じみた存在だったとは……」
病床のソーリーンが全てを話し終えた時。
すでに陽は落ち、エリンディアは夜のとばりに包まれていた。
ヴァースの半生。
三英傑の出会いと別れ。
レンシアラの真実と、キルディスの暗躍。
そして、剣皇の誕生。
そのあまりにも壮絶で、にわかには信じがたい話に、同席したシータ達は驚きを隠せなかった。
「そうだとしても……たった一人を殺すために、大勢の罪もない人々の命を奪うなんて……いくらキルディスがフェアロストの技術を扱えるとしても、本当にそこまでする必要があったのですか?」
「無責任に聞こえるかもしれませんが、それは私にもわかりません……あの時にキルディスを追わず、親レンシアラでの大規模な暗躍を許したとしても。レンシアラが帝国の手にある以上、キルディスは必ずレンシアラ奪還の大戦を手引きしたでしょう。今となっては、そのきっかけがヴァース様だったかどうか……その程度の違いしかないのです」
「むぅ……しかし今の話を聞くと、私達も大変ではあったが、それ以上にレンシアラの人々の苦しみは想像を絶するものがあるな……そもそも、キルディスさえいなければこんな――」
ニアの問いに答えたソーリーンに、リアンは眉間に深い皺を寄せて率直な思いを口にした。
だがその言葉を言い終える前に、リアンはぐるりと見回した面々の中に〝捕縛されたナズリン〟を見つけ、はっとなって口をつぐむ。
「レンシアラの人々に対して私達が行った大罪を、弁明するつもりはありません……きっとこれから何百年もの間、私達はレンシアラの系譜を継ぐ人々に恨まれ続けるでしょう。反レンシアラを率いた者として、謝罪いたします……」
「今さら……今さら謝ったって……っ! そんなの……なんの意味があるっていうんですか!? あの日、私は……パパとママと、仲の良い友達と、みんなで一緒に必死で逃げて……でも、帝国の兵士に見つかって――っ」
ソーリーンの謝罪に、ナズリンは最初、反射的に凶暴な怒りと深い憎悪を露わにした。だが、しかし――。
「私だけが生き残って……みんなの死体の山に埋もれて、今にも死にそうだった私を、先生が見つけてくれたんですよ……っ! 君には見込みがあるって……生き残った他のみんなと一緒に、恨みを晴らそうって言ってくれたんです……! その先生が、私達をそんな風に……道具みたいに見てたなんて……信じられるわけ……ないじゃないですか……っ」
「ナズリンさん……その、もしかして……」
厳重に捕縛されたまま、ナズリンはその場にがっくりと膝を突き、涙を流して嗚咽を漏らす。
だがその姿に〝何かを察した〟シータは、彼女の元に近付き、同じく片膝をついてナズリンの肩にそっと手を添えた。
「〝ありますよ〟……私の体の中にも……その水晶炉があるんです……っ! 先生に拾われてすぐ……復讐のために必要だって……そう、言われて……!」
「……っ! なら、その水晶炉はどこにあるんですか? それさえわかれば、ナズリンさんの体から水晶炉を取り出すことも、女王様の言葉が本当かどうかもわかるかも……!」
「知りませんよ……! 本当に、私は知らないんです……いくら聞いても、先生は私の体のどこに水晶炉があるのか……教えてくれなかったんです……! でも……それでも私は……っ!!」
「……ひどい話ね」
「あまりにも〝真っ黒すぎる〟ぞ……」
目の前で語られたソーリーンの話を、ナズリンは否定しきることが出来なかった。
ナズリンにはわかったのだ。
皮肉なことに、シータ達よりもはるかにキルディスの人となりを知るナズリンには、キルディスのこれまでの行動や言動から、〝ソーリーンの側に信頼性がある〟と……そう感じ取れてしまっていた。
「私の話を信じて欲しいとは言いません。ですが、レンシアラの人々に埋め込まれた水晶炉を取り出すことに関しては、お力になれると思います。よろしいですね……カール将軍」
「もちろんですとも。女王陛下」
うなだれるナズリンを前に、ソーリーンは隣に控えるトーンライディールの船長、カールに目配せを送る。
「これまでずっと黙っておりましたが、実は私も〝彼女と同じレンシアラ人〟でしてね」
「カール船長がレンシアラ人だと!? 初耳だぞ!」
「道理で……だから飛翔船の運用も、天契機との連携戦術にも詳しかったのね……」
「私だけではありませんよ。あの虐殺の日以来、陛下は〝剣皇とは異なる道〟で、我らレンシアラの民を救う方法を模索しておりました。そんな陛下の志に賛同した〝隠れレンシアラの民〟が、今のエリンディアには多く集まっているのです」
「そのようなレンシアラの人々の協力によって、人体からの〝水晶炉摘出手術〟も、数年前に確立することができました。将軍を始め、エリンディアに住むその他のみなさんも……キルディスが掌握する〝フェアロストの伝達領域〟との接続は断ち切られています。そして貴方が望むのなら……貴方の体からも、水晶炉を取り出すことは可能です」
「私も……? そんな……どうして……」
「私達だって、貴方がここでいきなり〝キルディスにでもなられたら困る〟もの。ソーリーン様の仰るとおり、お互いにとって悪い話じゃないと思うけど」
逃げ延びたレンシアラ人たちの協力。
そしてそれにより成し遂げられた、埋め込まれた水晶炉の無力化する術。
それらの事実に、ナズリンは呆然とした表情で顔を上げる。
「ですが女王陛下! 水晶炉を取り出せるようになったのなら、帝国にも教えてやれば良かったのではありませんか?」
「もちろん、私はすぐにヴァース様に知らせました……以前私が送った使者にも、それを伝えるようにと重々言い含めていたのです。ですが、あのお方が止まることはありませんでした……」
「ナズリン君、君にもこれだけは知っておいて欲しい。この世界には、君や私のように生き延びたレンシアラ人がまだ大勢いる……そのような人々を守るためにはどうしたらいいのか……どうか、よく考えていただきたい」
「私……っ」
虐殺を逃れ、世界に散ったレンシアラ人は今も生きている。
かつてのナズリンと同じように……水晶炉のことも、自分達がなぜ傷つけられたのかも知らず、それでも精一杯に生きている。
その事実にナズリンは再びうつむき、両手を震わせて言葉を失った。
「そしてシータ様……貴方にはこれまでの話とは別に、どうしてもお伝えしなくてはならないことがあります」
「僕に、ですか?」
「はい……これについては私もつい先日、ようやく詳細を把握することができました……そして恐らくこの出来事こそ、エオイン様とヴァース様が決別することになった理由です……」