激流の二人
激流の二人

激流の二人

 

「今のまま帝国軍と戦っても、万に一つも連邦に勝ち目はない。私たちに出来ることは、せいぜい時間を稼ぐことだけ。だから――」

 

 あの夜。

 シータが初めてニアの本心を垣間見た日。

 連邦の勝算を尋ねたシータに、ニアは静かに……しかしはっきりとした口調で答えた。

 

「だから、私たちは〝全力で時間を稼ぐ〟。一日でも帝国の侵攻を遅らせ、少しでも反撃の糸口を見つけるために。そしてそのためにはシータさん……貴方とイルレアルタの力が必要なの」

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

「絶対に私から離れるなよ、シータ君!!」

「はいっ、リアンさん!!」

「コケー!!」

 

 それはまさに奈落への旅路。

 イルレアルタとルーアトランは大陸最大の瀑布、カスカータマグナが生み出す絶景へ飛び込んだ。

 ガレスとイルヴィアによる追撃はない。

 もとよりこの滝に身を投げ、〝自ら命を断った者〟を追撃する必要などないからだ。

 二人の耳に響くのは、凄まじい烈風と水しぶきの激突音。

 特に操縦席が開放されたままのリアンは、吹き込む風と水に額の鮮血を拭いながら必死に前を向く。

 そしてそのような死地にあって、深く傷ついた二機はその身を寄せ合い、圧倒的浮遊感に包まれながら〝何かを探して〟視線を巡らせていた。

 

「――〝見つけた〟!! 見てくださいリアンさん。ニアさんの言ってた崖って、あれのことですよね!?」

「あれか……! 確かにトーンライディールから見た形と同じだな!!」

 

 落下する二人が懸命に探し求めたもの。

 それは壮絶な瀑布の流れにあって、大量の水を一方へとせき止める〝巨大な崖〟だった。

 円卓にこれほどの水が絶えず供給される理由は、その特異な地形と気候条件にある。

 周囲に一切の障害物がない円卓の構造は、その頂上に膨大な雨を降らせ、それが円卓周囲に点在する川や無数の湖の源流となっている。

 そして今。円卓を含むこの土地は〝雨期〟であり、カスカータマグナから流れ落ちる水量は頂点に達していた。つまり――。

 

「イルレアルタの矢で円卓を砕き、〝滝の流れを変えて帝国軍もろとも何もかも押し流す〟!! それがニアの最後の策だ!!」

 

 それこそ、ニアが連邦軍に提示した禁断の策。

 大瀑布カスカータマグナの流れをイルレアルタの矢で決壊させ、円卓周囲の交通網や集落、軍事拠点……さらには〝自軍すらも巻き込んで〟帝国軍の主力を壊滅させる。

 この前代未聞の策を、自軍の劣勢を誰よりも知る連邦の将帥達は苦渋の末に受諾。

 議会の紛糾は議長のセネカが自ら名乗りを上げて引き受け、正攻法の戦いとイルレアルタの狙撃……その双方で敗れた時のみ発動可能な〝最終手段〟として認可されていた。

 

「けど、片腕でどうやって矢を撃てば……!」

「任せておけ! 実はさっき妙案を思いついてな。君の腕が一つしかないというのなら――!!」

 

 だがついに目標の巨大な絶壁を捉えながら、肝心のイルレアルタには弓の弦を引き絞る一方の腕がない。

 しかしリアンは叫ぶシータを前に操縦桿を握ると、ルーアトランの腕を使ってイルレアルタの弓を引いたのだ。

 

「ルーアトランがイルレアルタの腕になる!! 私に君のような正確な射撃はできないが、あの大きな崖に当てるくらいなら出来るはずだ!!」

「ルーアトランが……!? わかりましたっ!」

 

 それは、本当に出来るかどうかも分からぬ命の博打。

 事前の打ち合わせも、確認作業もない。

 まさにリアンがシータに言った、命を預けるに等しい賭けだった。

 

「いける……! イルレアルタの力は、片腕でもちゃんと弓に伝わってます!!」

「ならば――!!」

 

 瞬間、リアンはルーアトランの風の翼を再び展開。

 落ちるに任せていた二機の姿勢を無理矢理安定させると、立ちこめる水霧と虹の向こうにそびえる断崖目がけ、必死に矢の狙いを定める。

 

「射撃のタイミングは君に任せる!!」

「はい――!!」

 

 その時、二人の心に迫る死への恐怖は欠片もなかった。

 シータはリアンを。

 リアンはシータを。

 大切に想う互いのために、自らの死力を尽くす。

 ただそれだけを考え……二機の天契機カイディルは一心同体となって空中で弓を構えた。

 

「――今!!」

 

 閃光。

 

 シータの合図によって放たれた〝二人の矢〟は、瀑布の激流を切り裂いて一直線に断崖へと疾走。

 これまで放ってきたどの矢よりも強烈な光芒の一矢は、カスカータマグナの流れを定める断崖を一撃の下に爆砕する。

 突然の破砕を受けたカスカータマグナは、巨大な水柱を天に伸ばす。

 そして膨大な水量を伴う激流の矛先を、連邦と帝国が戦う戦場の方角にも拡大していく。

 

「やった!!」

「コケコッコーー!!」

「よし! 後は私たちが生き延びるだけだが――」

 

 およそこの世の物とは思えぬ大決壊を前に、シータとリアンは共に喜びの声を上げる。

 だが、それと同時にルーアトランの翼はついに限界を超えて停止。

 今度こそ空中で為す術を失った二機は、もはや死を待つばかりに見えた。しかし――。

 

「リアン!! シータさん!!」

「この声……ニアさん!!」

「あれは、トーンライディールか!?」

 

 次の瞬間。窮地に陥る二人めがけ、白雲と水煙を突き抜けて加速する巨大な船影――エリンディア独立騎士団の母艦、トーンライディールが飛び込んでくる。

 

「良かった……! 貴方たちなら、きっとやってくれると思ってた!」

「船底側の着艦用フックにお掴まりください! 甲板に直接飛び乗られては、さすがに船がもちませんからな!!」

「わかりました、やってみます!!」

「承知した! あと少しだけ頼むぞ、ルーアトラン!!」

 

 水と空と虹。

 極彩色の世界を背に、加速するトーンライディールと落下する二機は空中で見事に交錯。

 船底から伸びる強靭なフックに二機の重量をまともに受け、トーンライディールは空中で大きく傾きつつも強引に加速。

 その速度と揚力に任せ、傷ついたイルレアルタとルーアトランを連れて蒼天に飛翔した――。

 

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