けじめと謝罪と
けじめと謝罪と

けじめと謝罪と

 

 

「――これが対帝国の戦況の全てだ。何か聞いておきたいことはあるかね?」

「状況は分かりました。では閣下から見て、次の帝国との決戦地はどこになるとお考えでしょう?」

 

 シータら独立騎士団が連邦に到着して三日。

 連邦の将官を交えた初の軍議の席上。

 連邦軍を預かる初老の元帥デキムスから戦況の説明を受けるシータ、リアン、ニア、カールの四名は、〝想像以上に厳しい現実〟を突きつけられていた。

 

「〝円卓〟の南東アルクアス湖の対岸に、帝国軍が集結中との報せを受けておる。あの湖は水深が浅い……天契機カイディルを前面に押し立て、騎兵もろとも兵を前に進める魂胆だろう」

「確認しただけでも、帝国軍は五つもの騎士団を我々との戦いに投入しています。擁する天契機も、その殆どが従騎士ヴァレット級ながら膨大な数だと……」

「対する我々も〝天契機の量産には成功しており〟、数の上では帝国とほぼ互角です。ですが、いかんせん乗り手の練度が低く……現状、騎兵戦と天契機戦の双方において各地で敗走を重ねており……」

 

 集まった連邦の将から伝えられるのは、各地で勝利を重ねる帝国の強さと連邦の劣勢。

 元帥デキムスを初め、連邦の将兵も決して無能ではないのだろう。

 だが天帝戦争からの歴戦を誇る帝国軍に比べれば、その脆弱さは明白だった。

 

「……承知しました。では我々独立騎士団も明朝までに策をまとめ、帝国に最も打撃を与えうる運用をご提示します。連携についてもその際に」

「うむ……まったく情けない話だが、我々だけではこれ以上戦線を支えるのは難しい状況であった。貴殿らの参戦で、少しでも皆に希望を示せれば良いのだが……」

(みんな本当に疲れてる。それだけ帝国軍が強いんだ……)

 

 軍略は素人のシータから見ても、連邦軍の疲弊は明らか。

 これまでの局地戦とは完全に異なる帝国軍の圧倒的脅威に、シータは自らが死地に踏み込んだことを実感した――。

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

「――お疲れ様、シータさん。少しいいかしら?」

 

 その軍議の後。

 トーンライディールへと戻ったシータは、船外で待っていたニアに呼び止められた。

 

「コケコケ?」

「なんですか?」

「大したことじゃないの。ただ……これから先の大きな戦いの前に、貴方に謝りたいことがあって」

「謝りたいこと……ですか?」

 

 既に日は暮れ、飛翔船の周囲は夜のとばりに包まれている。

 本営から見える都の明かりは遠く、トーンライディールの周囲には香しい夕食の匂いが漂っていた。

 

「この遠征が始まった頃、私は貴方を信じていなかった。ううん……〝警戒していた〟と言ってもいい。でも貴方は、全然そんな人じゃなかった……だから、ごめんなさい」

「そんな……! あの頃の僕はそう思われて当然で……ニアさんが謝ることなんてないですよっ」

「そうね。確かにあの頃はそうだった……だけど今は、もう何度も私たちは貴方に助けてもらった。最初は疑ってた癖に、信用できるって分かったら何も言わずに大切な仲間扱いなんて……そんな都合の良い振る舞い、私は好きじゃないの。だからこれは、〝私なりのけじめ〟」

 

 星の光とランタンの灯。

 二つの光に照らされた飛翔船の影で、ニアはシータに視線を合わせ、はっきりとそう言った。

 

「リアンから聞いたわ。シータさんは、お師匠様の最後の矢が外れた理由を知るために戦ってるって。今もそうなの?」

「はい。けど最近は、他にもいろんなことを考えてて……」

「たとえば?」

「僕が森を出てから今まで、僕は戦争で辛い思いをしている人を大勢見ました。人だけじゃない……鳥も馬も、草も木も建物も……色々なものが壊れて、傷つくのを何度も見たんです」

 

 ニアの問いに、シータはおぼろな自らの心情を確かめるように答える。

 

「僕も、最初は全部帝国が悪いんだって思ってたんです……けどローガンさんやメリクと会って、そんな単純な話じゃないんだなって……こんな戦い、早く終わらせないといけないって……今は、そう思ってます」

「そう……」

 

 シータの答えに、ニアは遠い何かを思い出すように目を細め、眼鏡の奥に輝く瞳を天上の星に向けた。そして――。

 

「……実はね、次のエリンディアの女王って私なの」

「え……? ええっ!?」

「コケッ!?」

「エリンディアの統治者選びは、〝先代による指名制〟だから。私もソーリーン様からそう言われて、本当にびっくりしてる」

 

 突然のニアの告白に、シータとナナは共に驚きの声を上げた。

 

「でも本当は、将軍だった〝私の父〟がソーリーン様の次の王になるはずだったの……けどシータさんがエリンディアに来る少し前、父は氷槍騎士団ひょうそうきしだんとは別の帝国の先遣隊と戦って殺された……」

「そんな……」

「私だけじゃない……リアンだって、この戦争で家族をみんな亡くしてる。きっとこの世界に住む殆どの人が、戦争なんて今すぐ終わって欲しいって……そう思ってるはずよ」

 

 シータが初めてニアの声を聞いたのは、エリンディアの王城に迫る氷槍騎士団への降伏勧告の時だった。

 あの気丈で決然とした勧告の裏で、父を亡くしたばかりのニアが深い悲しみに暮れていたことなど、シータは今この時まで思いもしなかった。

 

「本当にどうかしてる……私たちも帝国の人も、もしかしたらあの剣皇だって、戦いを終わらせたい気持ちは同じかもしれないのに。そのために相手の命を奪うなんて……っ」

「ニアさん……」

 

 それがニアの戦う理由なのだと。

 シータは直感的にそう悟る。

 世を覆う争いの理不尽に。

 願いを同じくしながら、互いに傷つけ合う理不尽に。

 聡明故に抱く世の理不尽への怒りこそ、ニアの戦う理由なのだろう。

 

「だから……シータさんが戦争を終わらせたいって言ってくれて、とても嬉しかった。リアンみたいに天契機には乗れないけれど、これからも私は、貴方と一緒に戦うから」

「はい……! 僕とナナも、イルレアルタと一緒に頑張ります!」

「コケー!」

 

〝けじめとしての謝罪〟を終え、ニアは改めてシータに自らの意志を伝えた。

 シータも差し出されたニアの手を取り、今日まで共に戦ってくれたニアと、そしてリアンの思いに決意を新たにする。けれど――。

 

「けどさっきのみなさんの話……連邦を攻めている帝国軍は、凄く強そうに見えました。ニアさんには、なにか帝国と戦う作戦があるんですか?」

「作戦?」

 

 不意に口を突いて出たシータの問い。

 ニアは夜空の下で首を傾げ、やがて深いため息と共にシータに背を向ける。

 

「……そんなものないわ。このまま戦いを続けても、〝連邦は確実に負ける〟。私たちに出来ることと言えば、せいぜい時間を稼ぐことくらいでしょうね」

 

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