伝説と野心と
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伝説と野心と

 

 星砕きの伝説。

 それは、約四十年前に勃発した天帝戦争……その最終局面でのこと。

 剣皇ヴァースが率いる軍勢の前に追い詰められたレンシアラは、〝ナグナルイン破滅の星〟と呼ばれる大陸破壊兵器を起動。

 レンシアラに迫る軍勢もろとも、ケルドリア大陸そのものを消し去ろうと目論んだ。

 

「天を割り、雲を砕いて迫るナグナルインの前では、あの剣皇けんおうも立ち尽くすしかなかったと言われておる……しかし、そのナグナルインにたった一機の天契機カイディルと共に挑んだ者こそ、最強の弓使いエオインだったのだ!!」

 

 全てを消し去らんと迫る破滅の星。

 だがイルレアルタを駆る英雄エオインは、逃れ得ぬ破滅に向かって敢然とイルレアルタの弓を構えたのだという。

 

「星砕きの矢は大地に迫るナグナルインを見事射貫き、打ち砕いた! そしてエオインは星砕きの英雄となり、イルレアルタ共々伝説になったのだ!!」

「お師匠が……」

 

 砂漠の都、セトリスの夕暮れ。

 エリンディアの独立騎士団を受け入れたセトリスの少年王メリクは、早速飛翔船団を王都へと招き、共に運び込まれたイルレアルタを前に興奮した様子でシータに語る。

 

「そのような芸当が出来るのは、あらゆる天契機の中でもこの星砕きだけであろう。その実物を目に出来るとは……感激のあまり震えが止まらぬ!」

「お師匠が射貫いた星が〝レンシアラの兵器だった〟なんて……ぜんぜん知りませんでした」

「ふむむ……最初の勢いには何事かと思ったが、こうして見るとシータ君と王様は良い友だちになれそうではないか?」

「そ、そうならいいけど……シータさんって、大人しそうに見えて突然びっくりすることを平気な顔でするから……」

「メリク様は、つい二ヶ月前に先王であったお父上を亡くしたばかりでございます。気丈に振る舞ってはおりますが、そのお心は今も深い悲しみに暮れているはず……あのように明るく話すメリク様のお顔を見たのは、私も本当に久しぶりで……」

 

 そしてそんな二人の様子を、リアンとニア……そしてセトリスの摂政せっしょうであるマアトはそれぞれ異なる面持ちで見守っていた。

 

「無論、星砕きの活躍はそれだけではないぞ。エオインが撃破した天契機の数は、天帝戦争に参加した騎士たちの中でもぶっちぎりなのだ! 軽く〝百機〟は落としておったはずだ!!」

「ひゃ、百機ですか!?」

 

 天帝戦争におけるエオインの戦果はまさに圧倒的であり、二十年の戦争期間においてエオインが撃破した天契機の数は〝優に三桁を数える〟。

 反レンシアラ連合が天帝戦争の全期間に投入した天契機の総数が〝わずか十七機〟であったことを考えれば、レンシアラ側の天契機のほぼ全ては〝エオインとイルレアルタによって破壊された〟と言っても過言ではない。

 それはまさに、たった一人と一機のみで大戦の趨勢すうせいを変えた星砕きの矢……今も燦然さんぜんと輝き続ける、紛う事なき英雄の物語だった。

 

「それにしても、其方そなたがそのエオインの弟子とは驚いた。しかもエリンディアの騎士として、帝国の暴威に立ち向かっていると! まさに英雄エオインそのものではないか!」

「そ、そんな! お師匠に比べたら、僕なんて全然……」

「自信を持つのだシータよ。其方には、エオインから受け継いだ星砕きがある。星砕きさえあれば、帝国軍など物の数では――」

 

 エオインの英雄譚ですっかり意気投合した二人は、再び目の前のイルレアルタを見上げた。だが――。

 

「――よく見ると、ずいぶんとボロボロではないか?」

「それが、この前の戦いでかなり無理をしちゃって……」

「そうなんですよ陛下ぁあああああ!! 僕たちの技術じゃ、装甲以外にも解析できないパーツがイルレアルタには多すぎるんですぅぅぅううっ!! 同じ〝レンシアラ製〟のルーアトランではこんなことなかったんですけどぉぉおおおお!!」

「うわあ!? ま、マクハンマーさん!?」

「コケ!?」

「ふむ……レンシアラ製とな?」

 

 だがその時。ボロボロに傷ついたイルレアルタを見上げる二人の背後から、目の下に〝濃いくま〟を作ったマクハンマーが声を上げた。

 飛翔船における十日の整備期間を持ってしても、エリンディアの天契機技師たちは、イルレアルタの整備を終えることが出来なかったのだ。

 

「なるほどのう……そういうことであったか。よいぞ、ならば我らセトリスの技師たちも星砕きの修復に力を貸そう。我も其方らに助けてもらうばかりでは心苦しいと思っていたところだ!」

「セトリスの皆さんも、一緒にイルレアルタを直してくれるんですか?」

「ありがとうございます陛下ぁああああ!」

「うむ! 我らセトリスの王族は、幼少の頃より天契機に関する様々な知識と技を学ぶのだ。何を隠そう、この我も天契機の整備に関してはそれなりの腕だと自負しておってのう」

 

 今にも泣き出しそうなマクハンマーにメリクはそう伝えると、再び傷ついたイルレアルタへを目を向ける。

 

「しかしマクハンマーとやら、其方らは一つ大きな思い違いをしておるな。この星砕き……イルレアルタは、レンシアラ製の天契機〝ではない〟ぞ」

「え?」

「コケコケ?」

「はえ!?」

 

 傷ついたイルレアルタを見上げる少年王メリク。

 その翡翠色ひすいいろの瞳はとうに夢見る少年王の物ではなく、人類の叡智によって生み出された〝技術の到達点〟を見つめる技師の物になっていた。

 

「イルレアルタは、レンシアラ製の天契機などではない。この星砕きこそ、レンシアラが必死に隠していた技術の起源……全ての天契機の原型となった、起源種オリジナルの一機なのだ!」

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

「――レヴェント様。たった今、〝セトリスから伝令〟がありました。エリンディア軍が、飛翔船に乗ってセトリスに来たって」

「は?」

 

 所は変わって守護山セトゥの東。

 小さなオアシスの周囲に設営された帝国軍本営。

 そこでは緑色の軽鎧に身を包んだ壮年の男が、副官の女性がもたらした報せに不機嫌そうに応じていた。

 

「ふむ……どうやら私の耳が少々おかしくなったらしい。悪いがもう一度報告して貰っても良いかな、ナズリン君」

「エリンディア軍がセトリスに来たって。ガレス様を倒した星砕きも一緒だそうですよ」

「なぁああああにがどうなったらそうなるのだねッ!? しかも飛翔船!? 飛翔船と言ったか!? なぜエリンディアが飛翔船を持っている!? ふざけるのも大概にしたまえッ!!」

「し、知りませんよ……エリンディアも飛翔船を造れるようになったとか、そういうのじゃないんですか?」

「ふざけるなッ!! 今すぐ〝セトリスの奴ら〟に調べさせてこい! まったく……本当に使えん奴だよ君は!!」

「はぁ……わかりました」

「おのれぇぇぇ……ッ! 一体なぜエリンディアが……ようやく邪魔なセトリス王を暗殺し、後は〝内部から崩壊させる〟だけだったというのに……!!」

 

 この男の名はレヴェント・ガズィ。

 帝国軍、緑宝騎士団りょくほうきしだんの団長にして、元は大陸中を旅する商人だったという異色の経歴を持つ男である。

 実はこの時、緑宝騎士団にエリンディア戦線における敗北の報せはまだ届いていなかった。

 全く予期せぬエリンディア参戦という緊急事態に、レヴェントは震える指で自身のあご髭に手を当て、心を静めるように何度もさする。だが――。

 

「あ、ところで団長」

「な、なんだね!? 私は今とても機嫌が悪い、用件なら手短に済ませたまえ!!」

「エリンディアがここに来たって話、陛下にお伝えした方がいいんじゃないかと思って……」

「なにを当たり前のことを! すぐに早馬を用意し……いや、待ちたまえ」

「はい?」

 

 だがしかし。レヴェントは突然何かを思いついたのか、副官であるナズリンの言葉に〝待った〟をかける。

 

「……陛下への報告は、〝例の策〟を決行した後で行う」

「え……いいんですか?」

「ふん……どうせセトリスは後一押しで確実に落ちる。セトリス陥落と同時に、青二才のガレスを破った星砕きも倒したとなれば、我々緑宝騎士団の帝国での地位もより固くなるというものだよ」

「あー、そういう……」

 

 もしここでレヴェントが帝都に報せを送っていれば、星砕き討伐を任されているガレスとイルヴィアによる二個師団が援軍として差し向けられ、帝国の勝利はより確実な物になっただろう。

 だが帝国内部の激しい昇級争いを勝ち抜いてきたレヴェントは、現れたエリンディア軍を自らのための〝新たな手柄〟と見立て、その独占を狙ったのだ。

 

「誰がガレスの手など借りるものか……セトリスを滅ぼし、星砕きの首を手土産として、私は陛下からの信を確固たるものとするのだ!!」

 

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