襲撃
襲撃

襲撃

 

 時は星歴977年。

 季の節は三。

 その夜、森は赤く燃えていた。

 恐るべき侵略者達が、暗く古い森に火をつけたのだ。

 

「お師匠っ! 僕の話を聞いて下さい!!」

 

 燃えさかる森の奥。

 白煙と炎に包まれた木々の上。

 右手にトネリコの弓を抱え、まるで風のように枝から枝へ飛び移る一人の少年の姿があった。

 

「いくらお師匠でも、一人で帝国と戦うなんて無茶です! 一緒に逃げましょうよっ!!」

 

 少年の名はシータ。

 歳は十代半ば。

 育ての親である師と共に、この深い森の奥でひっそりと暮らしていた狩人である。

 そしてそのあどけなさを残す横顔をすすで汚し、必死に声を上げるシータの視線の先。

 そこには炎の光に照らされた〝二体の巨人〟――このケルドリア大陸で〝天契機カイディル〟と呼ばれる巨大な〝人型搭乗兵器〟が、剣と弓とを交えて激しい戦いを繰り広げていた。

 

「無理だよ。彼らは帝国でも名の知れた〝黒曜騎士団こくようきしだん〟だ。どうせこの辺りはとっくに包囲されてる。もし私たちに生き残る道があるとしたら、戦って勝つだけさ!!」

 

 天契機の一方から、シータの師であるエオイン・フェアガッハの声が響く。

 

「その通りだエオイン殿。我が騎士団は、剣皇けんおう閣下より必ずや〝貴殿の息の根を止めよ〟と厳命されている。活路ならば、伝説にうたわれたその弓で切り拓かれよ!!」

 

 残る一方。

 漆黒の甲冑で身を包む天契機から、操縦者であろう帝国騎士の堂々とした声が応じた。

 今夜、この森を襲った帝国騎士団には五機の天契機が随伴していた。

 しかしシータの師であるエオインは、どこぞに隠していた古びた天契機を用いて瞬く間に四機を撃破。

 ついには騎士団長との一対一という状況にまで持ち込んでいた。

 

「ほらね! そういうことだから、今のうちに君だけでも逃げるんだ、シータ!!」

「お師匠を置いて逃げるなんて、出来るわけないでしょう!?」

「弟子は師の言うことを聞くものだよ。君は生きて、北にあるエリンディア王国にこのことを報せてほしい!」

「いきなりそんなこと言われてもっ!」

 

 逃げろという師の声に逆らい、シータは死闘を繰り広げる二機の天契機の元へ向かう。

 

「コケーーーー!」

「ナナ!!」

 

 そしてその最中。

 炎を切り裂いて一羽の〝白鷹〟がシータの元に飛び出す。

 見れば、そのコケコケと鳴く奇妙な白鷹の爪には、シータがすでに放った〝数本の矢〟が拾い掴まれていた。

 

「ありがとう、ナナ。怪我はない?」

「コケーー! コケコケ!」

 

 現れた白鷹の名はナナ。

 狩人であるシータの頼れる相棒である。

 

「見つけたぞ! 弓使いの小僧だ!」

「殺せ! この森の住人は、一人残らず皆殺しにせよとの勅命である!!」

「っ!?」

 

 再会の喜びも束の間。

 木の下では武装した騎士達が弓を構え、今まさにシータめがけて矢を放とうとしていた。

 

「ぐあ!!」

「ぎゃあ!?」

 

 しかし騎士達の矢が放たれるよりもはるかに早く。

 シータの矢が一瞬にして騎士達を射貫く。

 

「コケーー!!」

「な、なんだこの矢の数は。相手は一人ではないのか!?」

「くそっ、鷹が邪魔で矢の狙いが定まらん!」

 

 シータの矢に続き、ナナも即座に騎士達の間を飛び回って混乱を引き起こす。

 一人と一羽の見事な連携により、騎士達は瞬く間に倒れ去った。

 

「向かってくるなら、人も獣も同じです!!」

「つ、強い……」

「化け……もの……」

 

 恐るべきはシータの弓術。

 倒した騎士達にはもはや目もくれず、シータは再び師の元へと急いだ。

 

「なかなかやるね。君も、その天契機も。伊達に私の討伐を任されてはいないらしい」

「理解したのであれば、貴殿もそろそろ〝本気〟を見せたらどうだ。最強の弓使いと呼ばれる貴殿が、なぜそのような〝貧弱な天契機〟に乗っている? かつて星を射貫いたという、〝本来の天契機〟はどこに隠した!?」

「……〝あれ〟は君なんかに使うにはもったいない代物さ。私にあれを使わせたいなら、今は剣皇なんて名乗ってる〝臆病者の主君〟を連れてくるんだね!!」

 

 シータが森で騎士達と戦っている間にも、エオインと漆黒の天契機の戦いは激しさを増していく。

 しかし両者の力の差は歴然。

 天契機の操縦技術では明確にエオインが勝っていたが、互いの〝機体性能差〟は圧倒的だった。

 その証に、エオインが操る古びた天契機は何度となく矢を命中させたが、漆黒の天契機には傷一つ与えられていない。

 エオインの機体は徐々に打つ手を失い、防戦一方となっていた。

 

「不本意だが仕方ない……伝説を抱いたまま散るがいい!!」

「逃げてお師匠っ! お願いだから逃げて下さい!!」

「やれやれ……歳は取りたくないものだね。こっちはまだシータになにも伝えてないっていうのに。けどね――!!」

 

 炎上する木々をなぎ倒しながら、エオインは機体を後方に逃がす。

 それを勝機と見た帝国の騎士は、恐るべき加速と共に必殺の大剣を突き出した。

 だがエオインは、その踏み込みを待っていたのだ。

 

「さて、この距離ならどうかな!!」

「仕掛けてくるか!」

 

 最後の交錯。

 それを見ていたシータは、〝師の勝利を確信した〟。

 なぜならエオインは、天契機の装甲に存在するわずかな隙間……一撃で致命傷となる〝首の関節部分〟に必中の狙いを定めていたからだ。しかし――。

 

「え……っ?」

 

 瞬間。

 シータの瞳は驚愕と絶望に見開かれた。

 決して外れたことのないエオインの矢が、〝放たれる直前で狙いを変えて逸れ〟、振り下ろされた大剣が師の機体を無慈悲に切り裂いたからだ。

 

「あ……ああ……っ!?」

「なる、ほど……〝そういうことか〟……最後に気づけて、良かったよ……」

 

 その光景にシータは涙を浮かべて絶句し、師がいるであろう場所に向かって必死に手を伸ばす。

 

「生きるんだ、シータ……〝星〟は……君に……託す……――――」

 

 シータが伸ばした手。

 その手が師に届くことはなかった。

 満足に別れの言葉も残せぬまま。

 シータにとってたった一人の家族であり、誰よりも敬愛する師の機体は閃光と共に弾け、大地に沈んだ。

 

「叶うならば、〝星砕きに乗った貴殿〟と刃を交えたかったが……」

 

 師を亡き者にした漆黒の天契機は、高揚も感慨もない様子で大剣を振り払うと、ゆっくりとシータのいる方へと向き直る。

 シータの存在は、すでに捕捉されていたのだ。

 

「我が主の望みは、エオインに連なる全ての者の抹殺……たとえ少年であろうと、見逃すつもりはない」

「嘘だ……お師匠……っ」

「コケ、コケーー! コケコケーーーー!!」

 

 しかしシータは動けない。

 ナナの必死の呼び掛けも届かない。

 エオインの死は、それだけで気丈なシータの心を砕くのに十分すぎる事実だった。だが――。

 

「……なんだ?」

「星……?」

 

 だがその時だった。

 茫然自失ぼうぜんじしつとなったシータの目の前に、一条の光芒こうぼうが落ちた。

 光はやがて巨大な〝人型の輪郭〟を形成。

 光の収束に伴って灰色の全身像を現わすと、傷ついたシータを庇うように、漆黒の天契機の前に立ち塞がった。

 

「天契機……?」

「この天契機は……まさか!?」

 

 理解の追いつかない状況に、シータと帝国の騎士は同時に声を上げる。

 現れた〝灰色の天契機〟は両者の声にも微動だにせず、ただ暗く沈んだ眼孔を青く明滅させた――。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

error: Content is protected !!