シータの幼い頃の記憶は曖昧だ。
優しい父と母に、もしかしたら兄妹もいたかもしれない。
シータは物心がつくより前に、師であるエオインに引き取られ、今日まで育てられた。
両親と師には親交があり、シータの生家が戦火に飲まれた際に、どうにかシータだけは救うことが出来たのだという。
そのような自らの出自を悲しいかと問われれば、悲しくはないと。
寂しいかと問われれば、きっとシータはほんの少し考えてから頷いただろう。
暖かな家族の面影は、シータの中で何度も洗った服のシミのように薄れていた。
それでも、自分がその記憶の中でとても大切に扱われていたことはなんとなく覚えている。
師と共に深い森の中で暮らす日々。
時折、ふとその懐かしさを思い起こしては、ちょっぴりの痛みが胸を刺す。
シータにとって、自身の過去とは〝そういうもの〟だった。
朝霧が一面を満たす森の奥。
シータは目を覚ますと、粗末ではあるが頑丈な作りの小さなベッドからむくりと起き上がる。
そのまま作り置きの硬い黒パンと干し肉をかじって軽い朝食を終えると、シータは手早く狩りの支度を始めた。
つぎはぎだらけの麻布のケープ。
色あせた革製のベルト。
何度も打ち直した愛用のブーツ。
そして最後に、師から贈られたトネリコの弓と矢を手に取る。
このトネリコの弓は、シータが初めて一人で獲物を捕えた際に、師から〝一人前の狩人の証〟として貰ったものだ。
師がシータのために作ったその弓は、今やシータにとって手足以上に馴染み、日々の生活においてなくてはならない〝仕事道具〟となっていた。
準備を整え、シータは小屋の外へ出る。
そして裏手の水桶で喉を潤すと、霧でかすむ夜明けの空に向かって勢いよく口笛を鳴らす。
口笛に呼ばれて舞い降りたのは、純白の体色が美しい一羽の白鷹だ。
この白鷹の名は〝ナナ〟。
シータの頼れる相棒である。
器用にシータの肩に飛び移ると、ナナはまるで挨拶をするかのように〝コケコケ〟と短く鳴いた。
奇妙なことに、この白鷹はまるで雄鶏のように鳴くのだ。
親愛と共に頬ずりを求めるナナに笑みを向け、シータは改めて自らの弓と矢筒をその背に担ぎ直す。
どうやら、師はシータよりも早くに狩りに出たようだ。
狩人とは孤独なもの。
互いの仕事について、細々と申し合わせたりはしない。
とはいえ、運が良ければ森の中で鉢合わせることもあるだろう。
シータはそう思い、ナナを肩に乗せてゆっくりと深い森の中に歩みを進めた。
これが、今の日々。
おぼろげで曖昧な過去から続く、シータの日常。
きっと、こんな日々がこれからもずっと続くのだと。
この時のシータは、そう信じて疑いもしていなかった。
シータの目に映る世界、朝の澄んだ空気のような気配が伝わってきてとても好きです。
確かに本編に入れる必要はないですが、読めばキャラへの理解が深まる、ファンなら読んでおきたい感じの短編ですね。
単行本だと長編の最後におまけで載るか、1冊分になるまでたまってから短編集として出す感じでしょうか。
今後も本編ともども楽しみにしています!!
>>天城リョウ様
うおおおおおおおおお!!!天城さんこんばんは!!!!
ブログにもコメント頂き、こうして短編まで読んで下さり本当にありがとうございます!!心から感謝です!!
そしてそう言って下さって超嬉しいです!!
俺もこういうおまけエピソードが本編についてるのがとても好きで、それを自分でもやれそうなタイミングだったので喜々としてやってしまいました!!
この短編を元に本編冒頭のシータを書いたのですが、たった千文字の短編でも書いてみると段違いでした。
今後も新作や新キャラを導入する際にはこの手法を使っていこうと思います!!
シータの過去と日常が垣間見える短編、ありがたいです!!こういう読まなくても大丈夫だけど読んでおくとより理解が深まる短編はいいですね!!より本編の更新が楽しみになりました!!
>>椰子カナタ様
きえーーーー!!椰子さんまたまたブログにコメント本当にありがとうございます!!嬉しいです!!
そしてそう言って下さってとても励みなりました!!
今までブログはあっても上手く活用できてない感じがしてたんですが、今後はこういう形でも利用していこうと思ってます!!
シータと師匠の関係や日常。
良いですね、戦国の世の日常みたいな。
>>ムネミツ様
おぼぼーーー!!ムネミツさんこんばんは!!!
ブログにも来て下さり、コメントも本当にありがとうございます!!嬉しいです!!
そしてそうなんですよね。俺もこの短編書くまではわかってなかったんですが、この短編を書いてみてシータと師匠の関係というか、二人は立派な狩人だったっていうイメージを強く持つことが出来ました。書いて良かったと思ってます!!