バイトを雇う大魔王
バイトを雇う大魔王

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「ファーハッハッハ! 今帰ったぞ! なかなかにエグい一日であった!」

「お帰りエクス。遅かったじゃないか、心配したよ」

「ミャー」

「話が長引いてな! しかし色々と興味深い内容だった!」

 

 深夜。時刻はすでに日をまたいでいる。

 ソルレオーネ中層に位置する自室へと戻ったエクスは、もはや当然のように待ち構えていたフィオとクロに出迎えられた。

 

「それは大変だったね。それでどうする? お風呂も夕食も私も準備はできているよッッ!」

「ありがたい! まらばまずは食事にするとしよう。フィオはもう食べたのか?」

「ぶー……そんなにさらっとスルーされたらつまんなーい!」

「なにがだ!?」

 

 フィオを交えた四人での会話の後。

 エクスはそのままテトラとラナを連れて主犯の少年――ユン・カルナックの家を訪ねていた。

 フィオの話どおり、ユンの家庭は上層階のさらにハイレベルな区画に位置する上流階級だった。

 エクスたちを出迎えた彼の両親の身なりも良く、何度も何度も息子と共に頭を下げる誠実さも感じられた。

 

「――ご両親は彼が転生者だってことは知らないんだよね? まあ、説明したところで理解出来る話でもないか」

「特別な力があるということ以外は〝前世〟のようなものだからな。なので異世界については少年と一対一で話をしてだな……んむ……この料理もうまいぞ!」

「ふふ……ありがとう。そう言われると私も作った甲斐があるよ」

「ンミャ……! ンミャ……!」

 

 軽く温め直された料理を二人で食べながら、エクスはユン少年から聞いた話をフィオにも語って聞かせた。

 向かい合って座るテーブルの下ではクロが小さなエサ皿に顔を埋め、同じく用意された猫用の料理にむしゃぶりついている。

 

「――それでな。なんでもあの少年は、〝怖かった〟らしいのだ。今でも以前の世界で受けた体験を思い出し、恐怖から目を逸らすために自分を大きく見せようと必死だったと」

「怖かった、か……」

「テトラもそうなのだが、どうも他の世界は俺たちの世界ほど平和でも、安全でもないようでな。テトラは過去を乗り越えて懸命に生きているが、あの少年はそうではなかった……」

「ふーん……そう言われてもなんだか釈然としないね。この世界だって、つい十年前までは邪竜のせいで何千年も戦乱が続いてんだ。どんな世界だって、良い時や悪い時があるものだろう?」

「そう単純な話でもないようだぞ。俺たちが倒した邪竜と同様、二人の元いた世界にも諸悪の根源がいたらしくてな」

 

 言いながら、エクスはテトラとユンから聞いた話を思い出す。

 テトラはたった一つの究極の機械がすべてを管理する社会に。

 ユンはたった一人の独裁者がそれ以外の命を踏みにじる世界に、それぞれ生きていたのだという。

 二人とも、この世界は安全だと……前の世界とは違うとわかっていても、いつそうでなくなるかわからない不安を抱えていた。

 ユン少年は今の両親に深く感謝し、迷惑をかけた友人たちにも申し訳ないと何度も口にしていた。

 しかしそれと同時に、今でも脳裏に蘇る前世の記憶に苦しめられているのも事実だったのだ。

 

「せっかく平和なこの世界に転生しても、転生者は過去の凄惨な記憶を引き継いでいる。それが幸運なことなのかどうか……いまいち判断し辛い。そもそもアフターケアがなっておらん!」

「たしかに、彼の力も〝自分や他人を魔術とは違う方法で隠せる〟ってだけだったんだろう? そんな〝微妙な力〟だけを与えて、後は記憶を残したまま別の世界で放置なんて。少し勝手過ぎる気がするね」

「だからな! あの少年らに関しては俺に考えがあるのだ!」

「考えって?」

「うむ。もちろん事前に貴様の許可が必要なのだが――」

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

「――というわけで! 今日から一緒に働くことになったアルバイトの者どもだ! よろしく頼むぞ!」

「うっ……よ、よろしく……」

「ここでバイトすれば、俺たちのやらかしをなかったことにしてくれるって聞いたんで! 頑張りますッ!」

「僕は今年受験だから。勉強の合間でいいなら、まあ……」

「でもでもー。これってよく考えたらアリじゃない? だって家からすっごい近いし!」

「わぁ……! よろしくおねがいしますね、みなさんっ!」

「あうあう……いぎなり、ふえだ……!」

「ナイスアイディアっスねリーダー! バイトならフルタイムじゃなくてもいいわけっスし! ちゃんと反省してるかどうか、近くで見てあげることもできるっス!」

「ちょうどこいつら四人もバイト先を探していたらしいのでな! 無論、フィオにもご両親にも許可は取っている! ファーーーーッハッハッハ!」

 

 あの騒動から数日後。

 まだ広さに対して人数が全く足りていない管理人室に、新たな四人のメンバーの姿があった。

 それは、あの騒動の犯人グループ。すでにチートスキルをテトラによって奪われたユンを筆頭とする、このマンションに住む少年少女たちだった。そして――。

 

「あの……ユンさん!」

「あ……っ! その、俺……」

「これからは……辛いことがあったらなんでもぼくに話してください。ぼくもユンさんと同じですから……ね?」

「う……ありがとう……っ」

 

 どこかばつが悪そうに立つユンにテトラはそう言うと、彼の手を取って老若男女が思わず頬を染めるような、天使の笑みを浮かべてみせる。

 やがてぎこちないながらもテトラの笑みに応えるユンに、エクスは安堵の表情を浮かべる。

 そして腕組み仁王立ちの大魔王スタンディングの姿勢のまま、満足げにうんうんと頷いたのであった――。

 

 

 

 マンション管理業務日誌#03

 共用ラウンジの不正利用問題――業務報告完了。

 

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