「この子が、全ての魔物の頂点に立つ星冠の魔物……! 本当に存在したなんて……っ!」
「しかしユーニ殿! 拙者、こちらのリーフィア殿から敵意や殺意といったものを全く感じぬでござる……! むちゃくちゃ魔物っぽい気配ではあるのだが……」
「そ、それは……! 僕も、そう思いますけど……」
『それはそう』
『私は人を傷つけない』
『傷つけるつもりもない』
『だって人が好きだから』
『あ……ちょっと待って』
『久しぶりに話したから、一度に音が出てた』
突如として二人の前に現れた星冠の魔物――虚ろな星のリーフィア。
リーフィアはその長く伸びた銀色の髪をまるでタコの手足のように操ると、自分で自分の頭をよしよしと撫で始める。
「な、なんだかこの子……他の魔物とはかなり違うというか、変わってますね……?」
「しかも人が好きとは……拙者も数々の魔物と戦ってきたが、そのようなことを口にする魔物は始めてでござる……!」
『うん。私は人が好き』
『魔物が好き』
『星が好き』
『色んな物が好き』
『嫌いなのはピーマンだけ』
『あとセロリは許さない』
「はっはっは! それはとても良いことでござるな! 拙者はぴーまんもせろりもいける口でござる!」
「今の貴方に敵意がないことはひとまず信じます。でももしカギリさんに頼みがあるのなら、街の皆さんに時空魔法をかける必要はないはずです! 元に戻してあげてくれませんか!?」
『それは少し待って欲しい。こうして止まっていれば、何が起きても大丈夫だから』
ユーニの言葉に、リーフィアは無表情のままぺこりと頭を下げた。そして――
『お願い、ギリギリ侍』
『私とギリギリバトルして』
「ギリギリばとる? つまり拙者と手合わせをしたいと?」
『私はギリギリを知らない』
『私はギリギリになったことがない』
『ギリギリがわかれば、〝私たちの理由〟もわかるかもしれない』
「私達の理由……?」
そう言うと、リーフィアは二人から目線を外し、灰色に染まった空を見上げた。
すると三人の周囲で静止していた人も建物も――何もかもが溶けるようにして消え、星のまたたく黒い空と灰色の砂漠。そして天上に青い月が輝く、荒涼とした大地へと変わった。
「今度は転移魔法!?」
『ここは月』
『あなたたちが空を見上げればある月』
『私はここに一人で住んでる』
『だから、ここが私の家』
「ここが月であると!?」
両手を広げ、黒と灰色の大地の上をくるりと回るリーフィア。
突然月へと飛ばされた二人は、驚きと共に周囲を見回す。
『ギリギリ侍はオズを殺した』
『あの子はとても強かったのに』
『私はとても驚いた』
「オズ……? それはまさか、拙者がユーニ殿と出逢った時に倒した……」
「ならやっぱり、貴方は仲間の敵討ちのためにカギリさんを!?」
『それは違う』
『あの子が消えたのは寂しいけど』
『私には、もっと悲しいことがある』
「もっと悲しいこと……?」
唐突にリーフィアの口から出たその名に、二人は思わず身構える。
しかし一方のリーフィアは構わず、ただじっと空を見つめ続けた。
『オズは消える時、とても悔しがっていた』
『でも……少しだけ〝満足〟してた』
「満足って……あの魔物がですか?」
『私は今まで、沢山の子達を見送った』
『けど、あんな風に消えたのはオズだけ』
『もしかしたら』
『ギリギリ侍との戦いが〝楽しかった〟のかも』
『本当の好きを、見つけられたのかも』
その時。
天上を見上げたままのリーフィアの瞳に僅かな影が差す。
リーフィアは空に浮かぶ星に小さな手を伸ばし、虚空を掴む。
『魔物には自分の意思がない』
『どの子もただ、その〝役〟を演じているだけ』
『自分がそうだと思い込んでいるだけ』
『人を』
『命を』
『星を害するように』
『神として』
『王として』
『全ての命の敵として』
『ただ、そうあるようにと』
「え……!?」
「一体どういうことでござる!?」
『そのままの意味』
『私たち魔物は、誰かに〝作られて〟る』
『でも誰が私たちを作っているのか』
『それは私にも、他のみんなにもわからない』
頭上の星々を見つめたまま、リーフィアはそう言った。
今も人々を襲い続ける魔物達は、何者かに作られた存在であると。
『私はみんなが好き』
『人を傷つけることも、命を傷つけることもしたくない』
『したくないからしない』
『そう言える』
『そう思える』
『だけど、それは私が私だから』
『他の子たちはそうじゃない』
「そんな……リーフィアさん以外の魔物は、今も誰かに操られてるっていうんですかっ!?」
『そんな感じ』
『みんな本当に好きな物も、本当に嫌いな物も知らない』
『知らないまま消えていく』
『私はそれがとても悲しい。本当に悲しい』
「リーフィア殿……」
再びカギリとユーニに視線を戻した時。
リーフィアの瞳には、星屑のような光を発する涙が溢れていた。
溢れた星屑は灰色の砂に届く前に砕け、光の粒となって舞い散った。
『だからお願い』
『私と戦って、ギリギリ侍』
『オズが感じたかもしれない気持ちを』
『ギリギリを』
『私にも教えて』
『お願い』
それは、どこにでもいる一人の少女の願いのように見えた。
カギリにも、ユーニにも。
自分達と何も変わらない、意思を持った命の願いであるように見えた。
自ら零した光の中でそう懇願するリーフィアに、二人は確かに真実の願いを感じ取っていた。
「――あい分かった。そういうことであればこのカギリ、リーフィア殿と手合わせ致そう」
『ありがとう。ギリギリ侍』
無数の星が流れては消えるリーフィアの瞳。
その瞳をまっすぐに見据え、カギリは力強く頷いた。
「――ま、待って下さいっ!」
「ユーニ殿?」
だがその時。
決意を固め、リーフィアに挑もうとするカギリをユーニが止めた。
「本当にやるんですか……!? 相手は星冠の魔物なんですよ!? リーフィアさんの話だって、本当にそうなのかなんて分からないじゃないですか! こんな意味もない戦いで、もしカギリさんに何かあったら……っ!」
たとえリーフィアに敵意がなくとも、カギリが戦えば間違いなくただでは済まない。
しかも相手は神冠すら上回る星冠の魔物。
すでにリーフィアの底知れぬ力をまざまざと見せつけられたユーニには、カギリの挑戦はあまりにも無謀に見えたのだ。
「意味ならばある。拙者が師から命じられ、討ち果たすべき最強の邪悪……リーフィア殿の言葉が真実であろうとなかろうと、恐らく彼女はその存在に〝最も近い場所〟にいる……ならば、拙者はここで退くわけにはいかぬ!」
「なら、僕も一緒に戦いますっ! そうすれば……!」
「助太刀は無用。この戦は拙者がリーフィア殿に挑まれたもの。決着は拙者の剣でつける」
「カギリさん……っ」
「そう心配することはない! このカギリ……またいつものように、ギリギリでユーニ殿の所に戻ってくるでござるよ!」
ユーニの声を背に、カギリは今度こそリーフィアと対峙する。
リーフィアの瞳がカギリを見据え、カギリの瞳がそれを受け止めた。
『なるべく殺さないようにする』
『でも、もしもの時は許して欲しい』
「構わぬ。全ては剣を交えた先の事」
その言葉と同時。
カギリは片足を一歩引いた半身の構え。
月にさざ波のような圧を放ち、決然と二刀を抜き放つ。
リーフィアの小さな体がふわりと浮かび、漆黒の星空にたなびく銀色の髪が無限に拡大。月輪に似た光輪をその背に描いた。そして――!
「拙者の名はカギリ……またの名をギリギリ侍! いざ――尋常に勝負ッ!」
『私の名前はリーフィア。虚ろな星のリーフィア』
『教えて。ギリギリ侍』
『教えて。私にあなたのギリギリを――!』