「こ、これは!? 船が空を飛んでいる! しかもなんという大きさでござるか!」
「あれが箱舟……全てのドラゴンの長である、マザードラゴン様が住む空飛ぶ船です!」
一条の流星となって飛翔する二人の前に、もうもうと立ちこめる雲海を進む、巨大な船の姿が飛び込んでくる。
その船の大きさは、もはや一つの島にも匹敵するほど。
左右から延びた全長数百メートルに及ぶ櫂は乱気流を巻き起こし、船の周囲を飛ぶ大型のドラゴンの姿も、船の巨大さと比べればまるで渡り鳥の群れのように小さかった。しかし――
「始まってる……!」
しかし今。その壮麗な箱舟は雲霞の如く群がる飛行型の魔軍によって窮地に陥っていた。
船体各所は大小の爆発を起こし、白い雲海に黒煙の濁流を垂れ流す。
船から突き出た数千の砲塔からは、周囲を飛び回る魔物目掛けて激しい弾幕の雨が撃ち放たれていた。
「箱舟に住むドラゴン達は、僕が所属している流派同盟や聖教騎士団と並ぶ〝守護者の三大勢力〟です! もしマザー様に何かあれば、世界は大変なことに……!」
「承知した! ならばユーニ殿!」
「はいっ! しっかり掴まって下さい!」
その言葉と同時。ユーニはカギリと共に加速。
豪雨のような対空砲火の嵐を縫い、一気に箱舟の至近へと突き進む。
「見よユーニ殿! 船の上にも魔物が山ほどいるでござる!」
「仕方ありません! ちょっと手荒ですけど……吹き飛ばしますッ!」
瞬間。ユーニは強大な魔力を宿す五つの宝珠を展開して甲板上に突貫。
船体に群がる魔物の大軍に凄絶な雷撃を叩き込む。
「戦型奥義――雷帝!」
鳴り響く雷鳴。
炸裂する閃光。
ユーニの破魔の一撃は、全長数キロメートルにも達する箱舟が傾くほどの威力だった。
雷撃は船体の表面を一瞬で駆け巡り、あらゆる魔物を消し炭に変える。
「やりましたっ!」
「流石はユーニ殿! 見事な一撃でござった!」
「こういうのは得意なんです! でもカギリさんは大丈夫なんですか? ギリギリ侍って、沢山の敵を相手にするのは苦手そうですけど……」
「はーっはっはっは! ところがどっこいそうでもないのだ! 多勢を相手にする際も、ちゃんと〝それなりにギリギリ〟になるでござる! 拙者、ギリギリ侍ゆえ!」
「どういう理屈ですかそれ!?」
雷撃によって魔物が一掃され、砕けた雲と気流が渦巻く甲板上。
不利な戦況を一瞬で覆した運命の勇者の到着に、箱舟の周囲を飛んでいた何頭かのドラゴンが、まるで感謝を示すように二人の頭上を通り過ぎていった。
『――来てくれたのですね、ユーニ・アクアージ』
「なんと!? いきなり船が喋ったでござる!」
「この声は……!」
そしてユーニとカギリが甲板に着地したのと同時。
二人の耳に、突如として流麗な〝女性の声〟が届く。
『突然の事にも関わらず駆けつけて下さり、全てのドラゴンの長として心から感謝します』
「マザー様! ご無事ですか!?」
『箱舟中枢への魔物の侵入は許していません。ですが、群れの中に〝王冠〟の魔物を複数確認しています。〝無冠〟の群れを率いているのもその魔物達でしょう』
「王冠の魔物が複数……分かりました。僕とカギリさんが来たからには、絶対に箱舟を守り抜いて見せます!」
『……カギリ?』
その声の主をマザードラゴンと確認したユーニは、戦況を聞いて力強く応じる。
だがユーニの口から出た〝カギリ〟という名に、マザードラゴンは聞き返すような声を漏らした。
「お初にお目にかかる! 拙者の名はカギリ、またの名をギリギリ侍! 義によって助太刀致す!」
『カギリ……そしてギリギリ侍ですか。随分と懐かしい名です……最後に〝彼女〟と会った時以来でしょうか……』
「なんと!? もしや、まざー殿は拙者の〝師〟をご存知でござるか!?」
『ええ……よく知っていますよ。この危機を無事に乗り越えた後で、ゆっくりとお話ししましょう。我が友の最初にして最後の弟子よ――』
「承知した!」
(カギリさんの、お師匠様……?)
マザードラゴンから唐突に語られた、カギリの師についての言葉。
ユーニにとってもそれは大いに興味深い内容だったが、その思考はすぐさま別の声によって断ち切られる。
「はーん? 一体どこのどいつがせっかく集めた〝クズ共〟を消したのかと思ったが……こいつはまた大物が釣れたもんだ」
「大物どころの話ではないぞ。〝あれ〟は我らが大敵……運命の勇者だ」
「ア……アア……ツヨイ……ニンゲン……」
その時。魔物の群れが一掃され、乱気流吹き荒れる広大な甲板に〝三つの異形〟が姿を現わす。
「――どうやら、悪党を探す手間が省けたようでござるな」
「そうみたいですね……」
「邪魔なトカゲ共をようやく叩き潰せるってタイミングで出てきやがって……勇者ってのは大人しく順番待ちも出来ねぇのか?」
二人の前に現れた三体の魔物。
一つは全身に鋭い刃を生やした痩身痩躯の男。
一つは豪壮な甲冑に身を包み、巨大な斧を持つ牛頭巨躯の怪物。
そして最後の一つは、空間に朧な影を映す不定形の魔物だった。
「まあいい……俺は刃王ザイン。ここで殺してやるぜ、勇者のガキ!」
「我が名は破王バルバドレド」
「……ジャオウ……ラ・ディグ……」
それは、王の名を冠する三体の魔物。
迎え撃つ二人は静かに頷き合い、肩を並べて魔物と対峙する。
そして――!
「拙者の名はカギリ……またの名をギリギリ侍!」
「我が名はユーニ・アクアージ! 流派――運命の勇者!」
刹那、甲板上に渦巻いていた突風が天上へと昇り、砕ける。
ユーニの持つ聖剣に緑光の輝きが灯り、長短二刀を抜き放ったカギリの周囲に烈風が舞った。
「我が流派の誇りにかけて――!」
「――いざ、尋常に勝負ッ!」