その時。
閃光の白に桜の花が舞った。
力尽き、死を覚悟したカギリの胸に、鋭くも暖かな声が届く。
〝――なんだ、また死にかけてるのか? まったく……本当にお前は、困った弟子だな――〟
純白の世界に舞い散る桜吹雪。
そしてそこに立つ、白紅に染め抜かれた着物を纏う、一人の凜とした女性。
風になびく長く艶やかな黒髪に、燃えるような赤い瞳。
困ったという言葉とは裏腹に、女性は楽しそうな笑みを浮かべ、まっすぐにカギリを見つめていた。
〝――いつも言ってるだろ。お前の剣は、勝つための剣じゃない。命の願いを見るための剣だって――〟
惑うな。
恐れるな。
上回ろうとするべからず。
ねじ伏せようとするべからず。
ギリギリ侍の剣は、勝るための剣ならず。
敗れぬための剣ならず。
死生の狭間に、絶えた願いを見出す剣なり。
目を開けろ。
前を向け。
さすればその切っ先に敵はなし。
お前はただ、お前だけに見えるものを斬ればいい。
――それは、カギリがひたすらに追い求める師の姿だった。
もはや、数えることすら出来ぬほどに聞いた師の言葉だった。
〝――なあカギリ……お前は、私との約束を破ったりしないよな?――〟
刹那すら長いと感じる、瞬きの邂逅。
(師匠――ッ!)
確かに聞こえたその言葉に、カギリは自らの心奥にくすぶる炎を燃え上がらせ、再び剣を握る手に力を込める。
師の教え通りに目を開き。
師の言葉通りに死の結末と対峙する。
「おおおおおおおおおおおおお――ッッ!」
『え?』
「っ!?」
雷光が空を駆ける。
無数のリーフィアから放たれた極大の熱線も。
分裂したリーフィアも。
その全てが紅蓮の斬撃によって一刃の元に斬り捨てられる。
そして、その向こうから現れたのは――!
「――不甲斐なし! やはり、拙者はまだまだ未熟ッ!」
「か、カギリさんっ!? 良かった――って、まだ戦うんですか!? いくらカギリさんでも、リーフィアさんには――!」
「拙者の不覚でござる……っ! まさか、この死地において師の教えを忘れるとは!」
「お師匠様の、教え……?」
カギリの二刀から雷光が消える。
再び黒となった空で、満身創痍のカギリは静かに息を整える。
『ギリギリ侍!』
『まだやれる?』
『まだ私とギリギリバトルしてくれるの?』
『嬉しい――!』
「もはや惑わぬ! 今一度、我が死力を尽くさんッ!」
瞬間。カギリが再び飛翔する。
分裂体を失い、一人となったリーフィアもカギリ目掛けて加速。
星の海で激突した両者の間にプラズマの放射が炸裂し、即座に凄絶な至近戦に移行する。
リーフィアは周囲に無数の光を従え、それを自身の剣として次々とカギリに叩き付ける。
カギリもまた神速の二刀を振るい、当たれば全てが致命打となる白銀の光を紙一重で切り抜け、リーフィアの像に迫る。
『楽しい――楽しいの、ギリギリ侍!』
『知らなかった』
『こんなに楽しいことがあるなんて』
『あなたが』
『あなたが教えてくれたの!』
「すまぬリーフィア殿! 拙者……そなたに謝らねばならぬ!」
『謝る?』
『どうして?』
『私はこんなに楽しいのに!』
「リーフィア殿の力は強大……その力に気圧された拙者は、リーフィア殿の力のみに目を奪われ、最も大切なことを見失っていたでござる!」
『大切なこと……?』
閃光が瞬く。
真空の空に雷鳴と雷光が轟き、無数の火花となって空を照らす。
「左様! 拙者は魔物であるリーフィア殿を、ここに生きる〝命〟ではなく、打ち倒すべき〝敵〟として見ていたのだ……! それでは、見える物も見えるわけがないッ!」
『だめなの?』
『わたしは敵じゃないの?』
「否――ッ! ギリギリ侍の切っ先に〝敵はなし〟! そなたを敵として相対した時点で、拙者の目はすでに曇りきっていたのだッ!」
カギリの刃がリーフィアを。
リーフィアの光がカギリを。
まるで示し合わせたように繰り出される光速の打ち合い。
そして、それを見るユーニの顔が驚きに染まる。
「違う……! カギリさんの力の質も流れも、さっきまでとは全然違う! まさか……カギリさんは今度こそ、リーフィアさんと互角に!?」
「そして確信した――やはりリーフィア殿は悪ではないッ! たとえその有り様が魔物であろうと……長い時の中で人を見守り、同胞である魔物の哀れに心を痛め……今日まで必死に生き抜いた、紛う事なき一個の命だッ!」
『私も……いのち……?』
「なればこそ! 拙者もまた一個の命としてリーフィア殿と向き合おう! リーフィア殿が拙者に求める全てを――この剣に込めるッ!」
刹那。カギリの黒紅の瞳に雷光が奔る。
カギリの振るう二刀が再び紅蓮の雷を纏い、鋭角な機動で空を滑るリーフィアに迫る。
『……いいの?』
『私もあなたみたいに』
『みんなみたいに』
『思いっきり――』
「――生きよッ! たとえ誰であろうと……〝生きようとする命〟を止めることはできぬッ!」
『……っ! うんっ!』
閃光と化したカギリに追われ、リーフィアが天に昇る。
極点に似た光となったリーフィアは、その背に白銀に輝く〝七つの太陽〟を出現させ、追いすがるカギリへと狙いを定める。
『ありがとう。ギリギリ侍』
『わかった』
『私にもわかった』
『だから受け止めて』
『これが、私の――!』
「来いッ! 死中――推して参る!」
紅蓮と白銀。
完全に互角となった二つの力が、月と地球の狭間で激突。
二つの力は一瞬だけ拮抗して見せるが、それはすぐに終わった。
一閃。
リーフィアの七つの太陽が、寸分の違いもなく全く同時に砕け散る。
世界を覆うリーフィアの力が消滅し、止まっていた時間が動き出す。
月から空を見上げるユーニの横顔が閃光で照らされ、彼女の翡翠の瞳は一つの光景を映した。
「ギリギリバトルって……とっても楽しい」
「またしよう」
「ギリギリバトル」
「すやすや……」
「むにゃむにゃ……」
「はっはっは……っ! いくらなんでも、毎回これでは拙者の身がもたんでござる!」
「カギリさん――っ!」
そこには眠そうに目をこするリーフィアを抱え、ユーニのいる場所へと落下してくる傷だらけのカギリの姿があった。
「良かった……! カギリさんが無事で……本当に良かったですっ!」
「心配させてすまぬ! 約束通り、ちゃんと生きて戻ったでござるよ! とはいえ……此度の戦は本気で死を覚悟する程にギリギリでござった……っ! 辞世の句が頭をよぎったでござる……!」
「お願いですから、次はもう少しギリギリにならないようにして下さい……っ! これじゃあ、見てる僕の方が心配で先に死んじゃいますよっ!」
「ぜ、善処はしたいのだが……その……拙者、ギリギリ侍ゆえ……」
「それでもですっ!」
「こ、心得たっ!」
そうして。
今にも倒れそうなカギリを支えるべく、ユーニは安堵の笑みを浮かべて二人の元に飛び上がっていくのであった――。