拙者、ギリギリ侍!
拙者、ギリギリ侍!

拙者、ギリギリ侍!

 流派――運命の勇者デスティニー・オブ・ブレイブ

 それはこの世でただ一人、ユーニだけが極めし不敗不滅の剣。

 

 海を斬り裂く剣技。山を砕く体術。

 地形すら変える威力の攻撃魔法に、傷を一瞬で無効化する治癒魔法。

 更には様々な力への耐性と、極限状況下の覚醒力も兼ね備えている。

 勇者ユーニの圧倒的力は、まさに人類最強の一角と呼ばれるに相応しい領域に達していた。しかし――

 

『どうした、それで終わりか?』

「く……そ……っ!」

 

 しかし今。無数の火柱が嵐のようにうねる豪炎の中心で、ユーニは傷だらけになって倒れていた。

 血の滲む手は折れた聖剣を弱々しく握り、砕けた鎧にもはや身を守る力はない。

 

 破壊神オズ。

 神の名を冠する魔物の力は、ユーニの想定を超えていた。

 恐るべき事に、オズの破壊の炎は彼女の持つ〝勇者の力を直接焼いた〟のだ。

 力を焼かれ、奥義の根源を失ったユーニは強力な攻撃魔法も身体強化も、治癒魔法も満足に行使することが出来なかった。

 

 勇者と神の戦い。

 勝負は、すでに決していた。

 

『終わりだな……勇者とやらの力、なかなか楽しめた。貴様を葬り、残りの人間共も早々に焼き尽くしてくれる』

「待て……っ! ぼ、くは……まだ……!」

『大人しく冥府で見ているがいい。絶望と恐怖に泣き叫ぶ人間共の姿を』

「っ……!」

 

 動けないユーニに、破壊の神は極大の火球を放つ。

 だが、迫り来る死を目の前にした彼女の心に去来したのは恐怖ではなく、どこまでも深い悔しさだった。

 

(諦めるな……! まだ……負けるわけには……っ!)

 

 ここで力尽きる訳にはいかなかった。

 今ここでユーニが――運命の勇者が倒れれば、助けられたはずの無数の命が失われ、生まれるはずだった多くの笑顔が消える。

 

(立て……! 立って戦うんだ……っ! 僕は、みんなを……っ!)

「――お見事」

「え……?」

『なに……?』

 

 だがその時。

 ユーニに迫る破壊の炎が真っ二つに割れ、火の粉となって霧散した。

 痛みと疲労で霞む視界の先。

 彼女は舞い散る炎燐えんりんの向こうに、二刀を構えて立つ男の背中を見た。

 男の繰り出す白銀の刃が、神の炎を両断する様を確かに見た。

 

「見事なりユーニ殿。その熱く優しき心根こころね、決して挫けぬ勇気……このカギリ、心底感服致した!」

「か……ぎ、り……さん……?」

「助けが遅くなり申し訳ない。だが、すでに村の者はあらかた逃げおおせた……これも全て、ユーニ殿のお陰でござる!」

「ち、が……ッ! にげ、て……あなたも……にげないと……っ!」

「拙者の事ならば心配無用……ユーニ殿の戦いくさ、ここからはこのカギリが引き継がせて頂く」

(そんな!? カギリさんじゃ、どう考えたって勝てるわけないのに……っ!)

 

 傷つき倒れるユーニに向かい、カギリは力強い笑みを浮かべて頷く。

 それでもユーニは逃げるよう促したが、カギリは踵きびすを返してオズへと向き直った。

 

『なんだ貴様は? 見たところ大した力も感じぬが……まさか、神である我に抗うつもりか?』

「神、か……」

 

 オズの問いを受け、カギリは視線を巡らせて燃える村を見た。

 耳を澄まし、今も遠くから聞こえる人々の嘆きの声を聞いた。

 彼らを守ろうと懸命に戦い、敗れ、傷つきながら、なおカギリの身を案じるユーニの決死の思いを受け止めた。故に――!

 

「――お主は神ではない。悪党だ」

『貴様……ッ』

 

 瞬間。カギリは身に纏う深紅の装束を決意と共に振り払うと、刃の切っ先を眼前に立つ神に定める。周囲を流れる黒煙が炎と混ざり合って弾け、神を射貫くカギリの眼光が燃えた。

 

「拙者の名はカギリ……またの名をギリギリ侍! 我が友、ユーニ殿の戦に報いるため……お主のような悪党をこれ以上世にのさばらせぬため! いざ――尋常に勝負ッ!」

『身の程を知らぬ雑魚が! 消し炭にしてくれるッ!』

 

 それが開戦の合図だった。

 

 オズの怒りに満ちた叫びが灼熱の炎を燃え上がらせ、炎の顎あぎととなってカギリの肉体を飲み込む。しかし確かにカギリを焼いたかに見えた炎は、再び木っ端微塵に砕け散った。

 

『まさか!? 一度ならず二度までも我が炎を!?』

「お主の力はすでに見切った! さあ、ここからは互いに死力を尽くさん!」

『小癪こしゃくッ! 良かろう……貴様もそこに転がる勇者と同じように、その力の根源を焼いてくれるわッ!』

 

 砕けた炎の中からカギリが飛び出す。

 だがカギリも決して無傷ではない。全身の火傷から黒煙の尾を引き、鮮血を灼熱で焦がして破壊神に必殺の刃を振り下ろす。

 

『ぐうぅぅう!? 馬鹿な……貴様の力が焼けぬ!? 貴様の力が見えぬ! 先の勇者のような力も……騎士共のような力も、何も感じぬ! なのになぜだ!? なぜ貴様は神である我と戦える!?』

「確かにお主は強い、紛う事なき強者だ! ならば、拙者もお主と同じ高みに到るまで!」

『訳の分からぬことをッ!』

 

 カギリと神。両者の戦いくさは苛烈さを増す。

 渦巻き、もはや天すら焦がす灼熱の震央しんおう。

 カギリの放った斬撃は万を超え、オズの放つ破壊の炎は全てを焼き払った。

 

「はぁああああああ――ッ!」

『ガアアアアアアア――ッ!』

「す……すごい……っ! カギリさん……貴方は、一体……」

 

 その戦いを、ユーニは一瞬たりとも目を逸らさずに見ていた。

 全身を襲う激痛も、朦朧もうろうとする意識も関係なかった。

 なぜかは分からない。

 しかし、自分はこの戦いを見なくてはならない。

 彼女はそう思い、その翡翠ひすいの瞳でただひたすらに男の背中を追い続けた。だが――

 

『人間如きが! 神を舐めるなァアアアッ!』

「ぐッ!?」

 

 幾度もの交錯の後、ついに戦いは終局を迎える。

 永遠に続くかと思われた両者の拮抗が崩れる。

 ほんの僅かに動きの鈍ったカギリを、オズの巨大な腕が打ち据える。

 小石のように弾かれたカギリは瓦礫に叩き付けられ、更には追撃の炎が流星雨のように降り注ぐ。

 

「がっ!? ぐぬ――ッ!」

『ふ、フハ……フハハハハ! さすがの貴様もここまでのようだな……! ならば、このまま貴様もろともこの大地全てを破壊してくれるッ!』

 

 カギリの全身から鮮血が噴き出し、一瞬で蒸発する。

 神は勝利を確信して笑みを浮かべ、決着の一撃を放つ。

 

『この星ごと消え失せろ――人間ッッ!』

 

 それは、天に輝く太陽が突如として直上に現れたに等しい熱量。

 もし直撃すれば、カギリだけでなくこの星そのものが致命的なダメージを受けるであろう破滅の炎だった。しかし――!

 

「――否ッ! ギリギリ侍の真髄、今この時にありッ!」

 

 刹那、カギリの黒紅くろべにの瞳に雷光が奔はしる。

 二つの刃が紅蓮の雷いかずちを帯び、星すら砕く炎と〝完全に互角〟の領域に到達する。

 

「死中――推して参るッ!」

 

 一閃。

 

 炎に呑まれたカギリの姿が一瞬にしてかき消え、渾身の力を込めて放たれた神の炎は、閃光と共に両断、破砕する。

 

『ガ、ア……ッ!?』

 

 そして神が自らの力の消滅を目にしたのと同時。

 紅蓮の閃光と化したカギリの刃は、すれ違い様にオズ自身の肉体をも断ち斬っていた。

 

『ば、かな……っ!? きさ、ま……なにも……の……――』

「言ったはずだ……拙者の名はカギリ。またの名をギリギリ侍……! 此度のいくさも、まっこと……ギリギリにござった……――」

 

 火柱を上げて消滅する神に背を向け、カギリは瀕死とは思えぬ完璧な所作で残心。

 そして音も無く二刀を鞘に収めると、その場に片膝を突いて力尽きた――。

 

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