大魔王の従者
大魔王の従者

大魔王の従者

 

「いやはや、この度はお忙しいところを手伝って頂きありがとうございました! これ、少ないですが皆さんからのお礼です!」

「こんなに貰っていいのか?」

 

 雲一つない青い空と、カモメとかウミネコの鳴き声の下。

 海沿いにずらーっと続く港の工事現場の外れ。
 俺はハルさんから貰った沢山の野菜や魚を抱え、ぬぼーっと立っていた。

 珍しく朝早く起きた俺は、面倒だったけど野菜とかを買いに街に出てた。
 そしたら、帰り道でいきなり冒険者ギルド受付のハルさんに呼び止められたんだ。

 

「もちろんですとも! カノアさんのお陰で、海に落ちてしまった資材も回収することができましたし! さすが水泳EXっ! 凄い! 頼もしい!」

「俺はただ、たまたま通りがかっただけで……」

「ふふ……その〝たまたま〟が大勢の人を救うこともあるのですよ。それはすでに貴方自身がよくご存知なのでは?」

「あー……そうなのかな。そうかも」

 

 そう言うと、ハルさんは下から覗き込むようにして俺のことを見上げた。
 メガネの奥の青い目がキラーンって光って、俺のぼーっとした顔を映してた。

 っていうか、この人はなんでこんな工事現場にいるんだ……?
 魔族と戦う必要がなくなったから、冒険者も仕事がなくて大変だって聞いたけど。

 

「ではでは、今日はこうしてお互い無事に再会出来たことですし、また何か困ったことがあったらお声がけしても良いですか? それとも、大魔王さんのお手伝いでご多忙ですかね?」

「暇だったら大丈夫」

「承知しました! 私はいつも通りギルドにおりますので、ご用があればまたいつでもどうぞ!」

「ん……わかった」

 

 ニコニコと手を振るハルさんに一度だけ頭を下げて挨拶すると、俺はそのまま歩き出す。

 でもどうしようかな。

 こんなに一杯貰っても一人じゃ食べきれない。
 リズにあげたら喜ぶかな……?
 大魔王だし、知り合いとか友達も一杯いそうだし……。

 

 って、あれ……?

 

 どうしてハルさんは、俺がリズの手伝いをしてるって知ってたんだろう?

 もう話したっけ?
 でもハルさんと会ったのって、さっきがあの洪水の日以来で……。

 そう思った俺はすぐに後ろを振り返ったんだけど……そこにはもうハルさんはいなかった。

 

 ……まあいいか。

 覚えてたら、今度会った時に聞いてみよう。
 覚えてたら……うん……。

 

 ―――――――
 ――――
 ――

 

「あはは! こっちこっちー!」

「こっちで遊ぼうぜー!」

 

 むぅ……子供は元気だな。
 こんなに暑いのに平気そうだ……。
 
 海沿いの道を帰る途中。
 のそのそ歩く俺の横を、沢山の子供が走って行く。

 リズの手伝いをするようになってから二週間くらい。
 俺はリズと一緒にこの前見つけた島を調べたり、土や石を運んだりしてる。

 パライソの工事もどんどん進んでて、鉄のロープで重い物を引っ張る機械とか、魔族と一緒になって作った大きな鉄で出来た船とか、色んな物がどんどん作られてる。

 なんでも、〝聖女様〟も工事現場に来て皆と一緒に色々頑張ってるらしい。
 やっぱりとっても立派な人なんだな。

 ラジオから流れてくる内容も日に日に増えて、最近始まった〝仮面スイマー〟っていうヒーロー物は俺も結構楽しみにしてる。

 あの洪水から俺達の生活は本当にガラッと変わったけど、なんだかんだみんな楽しく暮らしてるっぽい。

 良かった。
 うん……良かったと思う。

 やっぱり、みんな楽しいのが一番いいよな……。

 そんなことを考えながら、俺は金属で出来た細い階段をカンカン音を立てて登る。
 それでそこから続く廊下を歩いて、並んだ沢山のドアの一番端っこ……俺の家のドアノブをゆっくり回してみる。

 ん――開いてる。
 ってことは、リズがもういるんだな。

 二週間も続けたから、さすがの俺ももう覚えた。

 前は家に帰るたびにリズが『フゥーハハハハハ!』って笑っててびっくりしたけど、もう平気だぞ……。

 

「ただいま――」

「――動かないで下さい。少しでも動いたら殺します」

「え……?」

 

 けど駄目だった……。
 平気だって思ってたけど、全然平気じゃなかった。

 部屋に入った俺の背中に、固くて冷たいなんかヤバそうな物がゴリって当たる。
 そしてそれと一緒に、ナイフみたいに冷たい〝男の子っぽい声〟も聞こえてきた。

 え……なにこれ怖すぎる。

 

「見るからに不審な大男……。やはり人間の街は油断も隙もありませんね」

「ここって俺の家なんだけど……」

「新手の命乞いですか? この家には僕達魔族の恩人である、それはそれは立派な男性が住んでるんです。貴方のようなショボショボした男性の家ではありません」

「ひどい」

 

 背中の声はそう言うと、ぐいと俺の背中を固いなんかで突き上げる。
 あわわ……どうしてこんな目に。

 でも、俺がそんな風にガタガタ震えていると――。

 

「むにゃむにゃ……? おお、帰ったかカノア……! って、何をしているのだ!?」

「あ、リズ」

「リズ様!? 出てきては駄目です! 実はたった今、この不審な大男が部屋の中に不法侵入してきて……!」

「不審な大男? もしやとは思うが……それはまさかカノアのことか? たしかにカノアはぱっと見ちょっと不審だが……」

「ひどい」

 

 その時、部屋の奥から可愛いパジャマを着たリズが目を擦りながら歩いてきた。

 っていうか、なんでパジャマなんだろう。
 まさか俺の部屋でスヤスヤ寝てたのか……。

 

「カノア……? まさか……この人がリズ様や僕達魔族を助けてくれたカノアさんなんですか!? う、嘘ですよね……っ!?」

「なんかごめんなさい」

「フッフッフ……! その通りだラキよ! 見た目はこんな感じだが、カノアはこれで本当に頼りになる奴なのだっ! そしてすまなかったなカノア……ラキには事前にカノアの特徴は伝えておいたのだが……」

 

 リズはそう言うと、俺の背後から小さな男の子を連れ出して目の前に立たせた。 
 キリッとした顔にビシッとした服の、見るからに優等生って感じの子だ。

 

「よし、では二人とも改めて自己紹介だ! ちゃんと勘違いしたことも謝るのだぞ?」

「あー……うー……カノア・アオです……。えーっと……好きな食べ物はバナナで……趣味は寝ること……」

「じーーーー……」

「あ、あの……?」

 

 あれ……なんだか視線が痛いな。
 これはあれだ……バイトの面接で落ちたときと同じ感じの……。

 

「……初めましてカノアさん。先ほどは大変失礼しました。僕の名前はラキ・ミリラニ。大魔王であるリズリセ・ウル・ティオー様の親衛隊長兼、四天王の一角を務めています。以後お見知りおきを」

「あ、はい」

「それともう一つ……僕はまだ貴方をリズ様に相応しい人物だと認めたわけではありません。リズ様を守護する従者として、貴方が真に信用に足る人間なのか……この目で見極めさせてもらいます!」

 

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