大魔王襲来
大魔王襲来

大魔王襲来

 

「眠い……暑い……。日射しがきつい……」

「ボケッとしてんなよ兄ちゃん! ほれ、これで今日の分は最後だ!」

「むぅ……」

 

 どこまでも広がる青い空と青い海。
 そして容赦なく降り注ぐあまりにも暑い太陽の光。
 頭の上からはカモメとかウミネコとかの鳴き声が延々と聞こえてくる。

 俺はオッサンから受け取った大きな樽を棚の上に運ぶと、フラフラになりながら首に巻いたタオルで汗を拭った――。

 

 大洪水から一ヶ月。

 

 陸地は殆ど海に沈んだが、いくつかの街は魔法で〝海の上に浮いて〟島になった。
 俺がいたパライソの街もその一つだ。

 

 あの日――。

 

 俺は助けた人や動物を、近くのそういう街に運んだ。
 何人助けたのかは必死すぎて全然覚えてない。
 とにかく助けられるだけ助けた。

 パライソを浮かせた偉い〝聖女様〟は、あの洪水で死んだ人はいないって言ってた。

 多分、皆を助けたのは俺だと思うんだが……どうも皆には俺の泳ぎが速すぎて、誰に助けられたのかさっぱり分からなかったっぽい。

 別に有名になりたかったわけじゃないから……むしろそれで良かった。

 

 あんなに大変なことがあったのに、俺は生きていて、皆も生きてる。
 いきなり水浸しになって色々大変だけど、きっと死ぬよりはいいはずだ。

 

 でもそれはそれとして、今の仕事はきつすぎる。
 オッサンには悪いけど明日で辞めよう……。
 やっぱりテキパキ働くのは俺には無理なんだ……。

 苦手な朝からの仕事を終えて、俺はトロトロと家に帰る。

 ふと辺りを見回せば、一ヶ月前のパライソとは全く違う、鉄とかパイプとか歯車とかワイヤーとか。そういうのがむき出しになった、不揃いの集合住宅が建ち並ぶ街の景色が青い空の下に広がっている。

 そういえば……洪水の後で一番最初に問題になったのも住む場所だった。
 残った街の広さと比べて、俺が助けた人の数は多すぎた。

 だから最初の数日は俺が寝る場所もなかった。
 けど今はちゃんと〝人数分の家〟がある。

 なんでかというと――。

 

「フゥーハハハハハハッ! ようやく帰ってきたか! この私をこうも待たせるとは……。貴様、なかなかにいい度胸をしているようだなッ!?」

「…………?」

「どうした……? やけに反応が鈍いではないか? さては貴様、この私のあまりの美しさに絶望し、潔く死を覚悟したのでは……? いや、間違いなくそうであろうッ! クハハハハハッ!」

「知らない人が俺の部屋に……。怖すぎる……」

 

 だが……過酷なブラック労働からようやく家に帰った俺を待っていたのは、狭い部屋の半分くらいを占拠する、〝俺の物じゃない禍々しいソファー〟の上で仁王立ちして笑う、黒いドレスを着た見たこともない女の子だった。

 良く見れば、なんか部屋の窓が開いて気持ちの良い海風が凄い勢いで入ってきてる。泥棒かな……?

 

「誰が泥棒だ誰が!? まさか、これほどの圧倒的存在感とオーラを放つこの私を忘れたというのではあるまいな!? 私に〝あれだけのこと〟をしておいてッ!?」

「むぅ……記憶にございません」

「マジか貴様!?」

 

 いや、本当に誰だこの子……。

 真っ黒な長い髪に赤い目。それに白い肌。
 なんか頭からは大きな二本の角が生えてるし、笑ってる口からは牙も見える。
 着てる服も黒一色だし……とにかく見るからにヤバそうだ。

 けど俺がさっぱり覚えてないと伝えると、その子はこの世の終わりみたいな凄い顔のまま固まってしまった。

 そ、そんなにショックだったのか?
 なんか悪いことしたな……。

 

「ふ……フフ……。まあいい……この私をここまで虚仮《こけ》にしたお馬鹿さんは貴様が生まれて初めてだが、特別に許してやるッ! ありがたく思うのだな!」

「おお。ありがとう」

「よし……ならば今度こそちゃんと覚えるのだぞ! 我が名は大魔王リズリセ・ウル・ティオー! あの大洪水の日……私は溺れて死にかけていたところを貴様に助けられた。だから今日は私自ら礼をしにきたのだっ! ありがとうっ!」

「大魔王……? そうだったのか……びっくりだ」

「いちいち反応が薄いな貴様!? 本当にびっくりしたのか!?」

「本当にびっくりした」

 

 大魔王だというその子は、ソファーから降りるとズンズン歩いてくる。
 そう言われれば、空から墜落した魔王の城の人達もみんな助けたような気がする。

 

「まったく……貴様を探すのは大変だったのだぞ。なにせこの私ですら貴様の動きが速すぎて顔も姿も分からなかったのだからな……。それで貴様、名はなんという?」

「カノア・アオ」

「カノアか……なかなか良い名ではないか! 歳は?」

「確か……今年で十九だったような」

「そうか、私は十七歳だ! 意外と近いのだな? クックック……!」

 

 なんか凄い目の前まで来た大魔王さんは、赤い大きな目で俺をまっすぐに見上げてにっこりと笑った。
 
 そうだ……さっき何を考えてたか思い出した。
 
 海の上に浮かんだ沢山の街が、たった一ヶ月でここまで大勢の人を受け入れられるようになった理由。

 あの時……家も食べ物も足りなくて困っていた皆を助けたのは、この大魔王さんだった。

 大魔王さんは皆の為に、一瞬で世界中の街に色んな建物や施設を作った。
 陸地がなくても皆が生活に困らないように、生きていけるように――。

 

「ふん……。このような世界の一大事に、人だ魔だなどと争うのは無益なことだ。それに、先に助けられたのは私の方なのでな……」

「む……大魔王さんは怖い人なのかと思ってたけど、そうでもないんだな」

「そうであろう、そうであろう!? それとな、私のことは大魔王さんではなく〝リズ〟と呼ぶがいいぞ! どうせ貴様とは、これから〝長い付き合い〟になるのだからなァ……!? クックック……! クッハハハハハハハハッ!」

「なにそれ怖い」

 

 目の前で気持ちよさそうに笑う大魔王さん……じゃなくてリズ。
 俺はそんな彼女の姿をぼーっと見つめながら、お昼は何を食べようか考えていた――。

 

 

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