その男、水泳EX
その男、水泳EX

その男、水泳EX

 

「おめでとうございますっ! あなたの中に眠っていたスキルがたった今目覚めました! その名も……水泳EXですっ!」

「水泳えくすとら……? それって凄いのか?」

 

 街の外れにある冒険者ギルドのカウンター横。
 俺はパンパンと鳴らされたクラッカーの紙吹雪を浴びながら、目の前のメガネをかけた女の人……受付担当の、〝ハルさん〟に尋ねた。

 ここは大陸の真ん中に位置する国、パライソ連邦の首都パライソ。

 冒険者にでもなろうかと田舎から出てきた俺は、早速このギルドでスキルの覚醒をお願いしたんだが……。

 

「そりゃあもう! なんたってEXですからっ! 私も長いことこの仕事をしてきましたけど、EXランクのスキル所持者を見たのはあなたが初めてですよ! えーっと……カノア・アオさん!」

「そ、そうなのか? けど水泳って……」

「水泳は水泳ですよ! マグロのように! ペンギンのように! きっととんでもなく上手く泳げるに違いありませんっ! 羨ましいですねぇ!」

「むぅ……」

 

 ハルさんはそう言うと、片手に俺のステータスシートを持ったまま、スイスイと泳ぐジェスチャーをした。
 居合わせた他の冒険者も、その勢いにつられて俺に拍手をしてくれているが……。

 

 水泳?
 水泳って……冒険者的にどうなんだ?

 
 この辺りには海どころか広い湖も、大きな川もない。
 そもそも、命がけでモンスターと戦ってる時に泳いでどうするんだ……?

 

「まさかそこに気付くとは……ぬぼーっとしているように見えてなかなかやりますね?」

「ぬぼー……」

「カノアさんの仰る通り、このパライソ連邦には水辺が少ないですからねぇ……。大魔王の城も空に浮かんでますし……日常生活はともかく、ぶっちゃけ冒険者としては特大の外れスキルかとっ!」

「やっぱり外れスキルだった! ま、待ってくれ……それは困る。俺は冒険者になって、適当な弱いモンスターとかと戦いながらのんびり暮らそうと……」

「いやはや、そう言われましても。スキルは皆さんが生まれ持っている力なので返品変更一切不可なのですよ。いっそのこと、冒険者ではなく漁師にでもなってみては?」

「漁師の朝は早い……早起きはしたくない……。できれば昼まで寝ていたい……」

「意外とワガママですねあなた!?」

 

 困ったな……。

 冒険者なら昼まで寝てても大丈夫と聞いてやってきたんだが、当てが外れた。
 だからって、今さら別の仕事を探すのもな……。

 だが、俺がどうしたものかと悩んでいると――。

 

『クッハハハハハハハッ! 聞こえるか! 愚かで矮小でクソ雑魚ナメクジの取るに足らぬ人間共よ! 我が名は大魔王リズリセ・ウル・ティオー! 私の声が聞こえているならば、今すぐ〝高い場所〟に逃げよッ! このままでは貴様ら全員水没するぞッ!』

「む……?」

「な、なんですと!?」

 

 突然、外から随分と威勢のいい〝女の子の声〟が聞こえてくる。
 それを聞いた俺は、のそのそとドアに近寄って外を見た。

 

「なんか街が沈んでるんだが……」

「マジじゃないですか!?」

 

 そこはもう、さっきまでのパライソの街じゃなかった。

 黒い雲から雷がいくつも光って、滝のような雨が降っている。
 立派な建物も、綺麗な道も。
 馬車も道具も何もかもが全部、凄い勢いの水に押し流されていた。

 それに、なんかとんでもなく禍々しい〝空飛ぶ城〟も街の上に浮かんでるな……。

 

「あれは……大魔王の城っ!?」

「あの城がそうなのか。本当に空を飛んでるんだな……」

『クックック……! 宿敵である貴様ら人間にもこうして突然の危機を教えにやってくる……。どうだ、私は恐ろしく優しいだろう!? さぁ! この私の優しさが身に染みて分かったならば、さっさと荷物をまとめて避難を――』

『――き、緊急事態です大魔王様! あまりにも激しい雨と雷で、魔王城の姿勢制御装置が爆発しました!』

『ついでに機関部も爆発! 魔王城、墜落します!』

『なんだとおおおおっ!? ちょ、ちょっと待てっ! 私はこう見えて泳げないのだっ! ぬわーーーー!?』

 

 …………大魔王が落ちてしまった。
 泳げないって聞こえたけど……大丈夫か? 

 

「あわわ……大魔王の城まで水没しちゃったじゃないですか!? じゃあ、この大洪水は魔族の仕業というわけでもないのでしょうか……」

「むぅ……大変だ」

「こうしちゃいられませんっ! 私はギルド職員として、街の皆さんの避難をお手伝いします! 冒険者の皆さんには特にそういった義務はありませんので、どうぞ急いで逃げて下さい!」

 

 その時。
 ぼーっとしていた俺とは違い、ハルさんが真剣な目つきで叫ぶ。

 それを聞いた他の冒険者達は一斉にギルドから飛び出すと、大慌てで街の中心に向かって走っていった。

 

「ほらっ! カノアさんもぼーっとしてないで早く逃げて――!」

「いや……。俺も手伝う」

「え……?」

「〝水泳EX〟……。よくわからないが……俺は〝泳ぎが得意〟なんだろう?」

「そ、それはそうでしょうけど……。いくらなんでもこれは……」

 

 何か言いたげなハルさんの横から外に出ると、俺はすぐ目の前で渦を巻く濁った水をじっと見つめる。

 きっと、この洪水で沢山の人が困ってる。
 もし俺の水泳EXが、本当に凄いのなら……。

 

「俺は皆を助けてくる。さっき落ちた城にも、まだ人が残ってるはずだ」

「助けてくるって……か、カノアさんっ!?」

 

 水泳EXなんてスキルじゃ、どうせ俺は冒険者にはなれそうもない。

 でもそれならそれで、役に立つときに生かせばいい。
 少しいきなりでびっくりしたが……きっと今がその時だったんだろう。 

 濁った水の中でもまっすぐに前を見て。
 心を決めた俺は、とにかく一人でも助けようと必死に泳いだんだ――。

 

 ――――――
 ――――
 ――

 

 この日、世界は全部水没した。
 魔王との戦いも終わった。

 
 俺は溺れてた人を一人残らず助けた。
 ついでに動物とか、目についた虫とかも片っ端から助けた。

 

 運の良いことに、誰も死んだりはしなかったそうだ。

 よかったよかった。

 

 

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