鋼、穿つ拳
鋼、穿つ拳

鋼、穿つ拳

 

 それはまるでそびえ立つ鉄壁。

 鋼を喰らい、膨張しながらも研ぎ澄まされた刃のような肉体は、ただそこにいるだけで周囲の空間を歪ませ、大地をたわませる。

 しかしそんな有様だというのに、スティールの身に纏う赤銅色しゃくどういろのタキシードは、張り詰めはしても破けもほつれもしていない。

 

「相変わらず頑丈な服だな」

「ほう、わかるかね? もしご所望なら、全てが終わった後で私から一着贈ろうじゃないか。もちろん、私から君への〝結婚祝い〟としてね」

「ハッ! 言ってみるモンだ!」

 

 瞬間、俺とスティール。双方が動く。

 音も無く加速する俺と、廃工場のコンクリ打ちっ放しの床を容易く粉砕して突き進むスティール。

 俺の踏み込みは大地に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせ、超光速の拳は閃熱を放つ。

 対して1トンを軽く越える質量を持つ〝鋼の王〟の急加速は大気を押し潰し、圧縮された周辺の空気が一瞬にして数千度もの高温に達する。

 圧縮空気によって赤熱に輝くスティールの拳。直撃すれば、その拳はビル一つ軽々と消し飛ばしてみせるだろう。だが――――!

 

「お、おおお……!?」

「ジジイ……まさかボケて俺の拳を忘れたのか?」

 

 極大の破壊をもたらすスティールの拳。

 だが俺もまた一切の躊躇なく、ただ真っ直ぐに拳を突き出す。

 巨岩ほどもあるスティールの拳と、俺の小石ほどの拳が中央で激突。

 インパクトと同時に大気が吹き飛び、爆音が鳴り響く。そして――――!

 

「ぬううううううっ!?」

 

 炸裂。

 俺の拳を受けた鋼の拳がまるで穿たれた鉄板のようにひしゃげ、弾け飛ぶ。

〝元〟とはいえ、〝拳の王ロード・フィスト〟の肩書きは今でも俺が保有中だ。拳の撃ち合いで負けるつもりはさらさらない。

 

「忘れたならもう一度教えてやる。〝決して砕けず金剛不壊〟、〝全てを砕く万象破砕〟――――それが俺の拳だ」

 

 右腕を肩口まで一気に吹き飛ばされたスティールが、苦悶の表情で体勢を崩す。

 そしてその隙を逃す俺じゃない。

 俺は即座に身を屈め、スティールの巨木の様な足首に這うような回転下段蹴り一閃。重心が上がりきったスティールの巨体はあっけなく風車の様に空中で高速回転し、俺はその渦の中心部分に渾身の左拳直突きを叩き込む。

 

「ガッ――――ガアアアアアッ!?」

「フゥ――――ッ! はぁあああ――――ッ!」

 

 まるで分厚い金属を穿ち抜くような超硬質の感触。

 しかし俺は構わず、そのまま奴の巨体よ砕けろと貫き通す。

 スティールの超重量がピーンボールのように弾け、後方へ吹っ飛ぶ。

 まだだ――――まだ逃がさない!

 俺はすかさずスティールを追って加速。音速を超える速度で弾かれたスティールを飛び越え、追い抜き、そのまま奴の巨体を〝遙か上空に向かって〟高々と蹴り上げる。いくらなんでも〝空に金属はない〟だろう――――!

 総重量1トンのスティールの巨体が軽々と数十メートルの高さまで舞い上がり、その半身が砕け散る。俺はさらにそれを追い、右腕から腰回りまでの全てを砕かれたスティール目掛けて飛翔する。

 

 あらゆる金属を自身の力に変える〝鋼の王〟。

 端的に言えば、奴は金属がある限り〝無敵〟だ。

 

 たとえ俺がこの拳で奴の体を木っ端微塵に砕こうと、その残骸の周囲に一塊の金属さえあれば、奴は〝それを喰って蘇る〟ことが出来る。

 この廃工場へとやってきた時、俺はこの場所を〝公平な戦場〟だと言った。

 なぜなら、この場に用意された金属には〝限りがある〟からだ。

 もしスティールが俺たちとの戦場に〝街中〟を選んでいれば、それは考えたくも無い地獄を引き起こしただろう。なんたって街には奴の餌になる金属が無限にある。その状態の奴を倒しきることは、俺と永久とわが二人がかりで挑んでも厳しい。

 にも関わらず、わざわざこんな自分の力が制限される場所で俺とやり合おうとする。このジジイ、正真正銘のバトル馬鹿だな――――!

 

「全く……相変わらず〝ふざけたジジイ〟だ!」

「ふ……フフフ! 君こそ相変わらず〝凄まじい拳〟。だが、そこは〝エレガントなジジイ〟と言い直して貰えるかな? 私だけが不死身となる戦いに、欠片ほどの喜びもありはしないのでね!」

 

 激突。

 俺の繰り出した拳は再び超硬質の〝何か〟を叩く。

 ぶつかり合う力と力が一瞬にして数万度に及ぶプラズマの放射と衝撃波を発し、真下の廃工場から伸びる煙突が砕け、倒れる。

 廃工場の周囲を覆う森林が俺たちの戦いの余波でついに自然発火し、一瞬にして凄まじい炎を燃え上がらせた。そして――――!

 

「そして、私の鋼もこの程度ではない」

「チッ!」

 

 その衝撃は背後。スティールの体に俺の拳が直撃する直前。

 俺は死角からの一撃を受けて呆気なく弾かれる。

 視界が回る。周囲の景色が一瞬で前方へと流れ、俺は廃工場の屋根を突き抜けて落下。コンクリの地面に叩き付けられる。くそっ……ジジイ、あの距離まで俺が来るのを待ってやがったな。

 

「フフ――――やはり君との戦いは胸が躍る。このような機会を与えてくれた〝主〟に感謝しなくてはな。君が円卓を抜けてくれたおかげで、こうして私は君と気兼ねなく拳を交えることが出来るのだから」

 

 たっぷり数メートルは陥没したらしい地面の中央。

 ジャケットに積もった瓦礫と粉塵を払いながら立ち上がる俺の目の前に、異形と化したスティールがゆっくりと〝舞い降りる〟。

 

「おいおい……それでどうやって飛んでるんだ? 重量オーバーもいいとこだろ」

「金属というのは、君が思うよりも〝色々と出来る〟のだよ。君にその気があるのなら、後で1から教えてあげるがね?」

 

 頭上から俺を見下ろし、余裕の笑みを浮かべるスティール。スティールはその背に銀色に輝く〝巨大な一対の翼〟を広げ、俺の拳に砕かれた部分も液体じみた金属によって再構築する。

 その腕は合計六本となり、さらには腕の先端それぞれが剣や斧、鞭といった様々な武器の形に変化し続けている。どうやら、たった今俺を背後からぶん殴ったのもこの腕のどれかってことか。

 そう――――ふざけたことに、こいつは〝体を自由自在に変化させる〟ことも出来る。そしてその体積は、奴が取り込んだ金属の総量に比例する。

 それはまるで、鋼で作られた大天使の降臨。

 もはや神々しさすら纏うスティールの新たなる異形。それを陥没した地面から見上げる俺は、改めてここが街中ではないことに感謝した。

 

「まだ腹は一杯ってわけか。面倒だな」

「それはお互い様だろう? さあ、立ちたまえ。私と君のエレガントな戦いは、まだまだ始まったばかりなのだから――――!」

 

 鋼の王。ロード・スティール。

〝天からの御使い〟へとその姿を変えた超常の権化は、辺りに散らばる金属をおもむろに貪り喰いながら嗤った――――。 

 

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