そのボタンは誰のため
そのボタンは誰のため

そのボタンは誰のため

 

「さあ……私に新たな知識を見せてご覧! 心配せずとも、この私が有意義に使ってあげるよッ!」

 

 全ての機器の設置を手際よく終えたラエルノアが、まるで邪心召喚の儀式でも行っているかのような禍々しい声で両手を掲げる。

 接続された機器の起動と連動し、見上げるほどの巨大構造物の壁面に赤いラインが走り、僅かな振動と共にその目覚めを周囲へと告げた。

 

「お、おお!? 上手く行ったのか!?」

「はわわわ……! 今までの遺跡と全然違いますよこれぇ……っ!?」

 

 起動した構造物を前に、はわわとボタンゼルドを抱きしめて(わなな)くティオ。

 ボタンゼルドも同じようにティオにしがみつき、そのキリリとした顔を驚愕に見開いていた。

 

「いいねぇ……! これまでに見つけた同じタイプの遺物は、どれも完全な起動には至らなかった。私の読みが正しければ、これはなんらかの通信機のようなもののはず。つまり――――!」

 

 しかしそんな二人を余所に、ラエルノアはその邪悪な笑みを更に深める。そして――――

 

『――――グ――――いるのか? う゛ぇろ――――なにが――――?』

「来た……!」

 

 構造体の周囲に浮かぶ無数の立方体が、構造体の中央からやや右側にずれた位置に集積し、ぼんやりとした人の姿をその場に投影しはじめる。

 

「出やがったな……!? こいつをぶっ潰せばいいのか!?」

「にゃはー! この流れでどーしてそうなるかなー? 脳筋はこれだからー!」

「今そんなことしたら、ラエル艦長にすっごく怒られるんじゃ……」

「黙ってて……! まずは私が話してみよう……」

 

 当初は曖昧だったその影は、わずか数秒で機械的な両手両足を持つ完全な人型を成す。そしてしばらくの後、人型はこちらの状況を確かめるようにきょろきょろと辺りを見回し始める。

 

『ヴェロボーグ――――? 違うのか? 君たちは? そちらにヴェロボーグはいるのか?』

「やあ、初めまして。私はラエルノア・ノア・ローミオン。残念だけどこちらにヴェロボーグはいないよ。君は誰だい? 実は私たちもヴェロボーグを探しているんだ」

 

 輪郭を露わにしたその人型は、ラエルノアやティオといった生物的な肉体を持つ者とは明らかに異なる存在だった。

 光沢を放つ金属質の体に、光がチカチカと明滅する頭部。うっすらと映るその人影の周囲には、無数の古くさい紙の本がぎっしりと並ぶ本棚が果てしなく続いている。

 そのロボット然とした人影はラエルノアの問いかけに僅かに首を傾げると、興味深そうにラエルノアの足下から頭部までをしげしげと眺めた。

 

『君は第三世代か……? 不思議だ、それにしてはエネルギー総量が高い』

第三世代? その口ぶり……どうやら、君は色々と私たちの知らないことを知っているようだね?」

『私はヴェロボーグと共に第七世代までのシステム構築を手がけたストリボグ。私とヴェロボーグはそこで分かれ、それ以来会っていない――――』

「は……はは……ッ! そうかい……! なら、君はヴェロボーグと同等の存在というわけだね!?」

 

 ストリボグと名乗ったその機械生命体の言葉に、ラエルノアは相当に興奮した様子で詰め寄る。

 しかしストリボグは少しだけ困ったように首を傾げると、ラエルノアの肩越しに見えるミナトとティオ、そしてユーリーへと視線を向け、最後にボタンゼルドの存在に気付く。

 

『どうやら、ヴェロボーグはあの後も随分と働いたようだ。私の知らない世代が二つ。そちらの君は第七世代だな。そして――――ん?』

「ん……?」

 

 ティオの肩に仁王立つ丸いボタン――――ボタンゼルドの姿を見たストリボグの動きが止まる。

 ストリボグはその赤いランプが灯る眼孔(がんこう)をまっすぐにボタンゼルドへと向け、まるで瞬きするようにランプを明滅させた。

 

『なぜだ……? なぜソレがここにある? ヴェロボーグの身に何があった? ヴェロボーグは今どこにいる? ヴェロボーグ! 応答しろヴェロボーグ!』

「ど、どうしたのだストリボグ殿!? 俺がどうかしたのか!?」

「いきなりどうしたっていうんだい? まさか、ボタン君の存在がヴェロボーグに関係しているとでも?」

それは脱出ボタンだろう? ヴェロボーグを探せ。それはヴェロボーグの脱出ボタンだ。ヴェロボーグを脱出させなくてはならない! ヴェロボーグが危機に陥っている――――!』

「ぼ、ボタンさんが!?」

「俺が……ヴェロボーグの脱出ボタン!?」

 

 ボタンゼルドの姿を見たストリボグは突然人が変わったかのように全身のランプを点滅させると、両手を広げて天を仰ぎ、ヴェロボーグの名を何度も呼んだ。

 そしてヴェロボーグを脱出させるためのボタンだと名指しされたボタンゼルドもまた、驚愕と困惑の表情を浮かべてティオのぷにぷにとした耳たぶを震える手で掴んだ。

 

『そうだ。こうなった以上、私もできる限り手を貸そう。ヴェロボーグの足跡を追え。ヴェロボーグが最後に構築した世代を探し出せ。ヴェロボーグは間違いなくそこにいる』

「ヴェロボーグが最後に作った文明、ね…………いいよ、わかった。それについては私にも心当たりがある。やってみよう」

そちらにある文字を持っていけ。それで私からも君たちの位置がわかるように――――』

「待って待って待って! 敵の攻撃っ! これはオーク……? じゃないっぽい!?」

 

 ストリボグのその言葉に思案しながら頷くラエルノア。

 ストリボグはさらにラエルノアに情報を提供する姿勢を見せていたが、それは突如として発生した衝撃と爆風によって遮られた。

 

「グワーーーーッ!? 今度は何だ!?」

「ごほっ! げほっ! はわわ……な、何が起こったんですかぁ!?」

「にゃはは! みんな大丈夫ー? 怪我とかしてない?」

 

 辺りを閃光が覆い尽くし、ストリボグと交信を行っていた構造物もその半分が一瞬で消し飛ばされていた。

 だがしかし、ラエルノアやティオの周囲には光り輝く障壁がユーリーを中心として展開されており、辺り一帯を吹き飛ばす衝撃から彼らを完璧に守り切っていた。

 

「うおおおおお!? なんだありゃ!? 見たことのねぇロボットがこっちに来るぜ!」

「助かったよユーリー。たしかにあれはオークじゃないね――――しかし妙だ、軌道上のラースタチカは何をやってる?」

 

 舞い上がる粉塵の切れ目、青と赤の混ざった空の中にぽつんと黒い点のような影が見える。

 最初は小さな点だったそれはあっという間にその場へと近づき、すぐに重厚な人型の機動兵器であることが視認できるようになった。

 

『いいか――――ヴェロボーグを――――さが――――』

「チッ……通信終了だね」

 

 一方、崩れ去る構造物と連動してストリボグの姿と声も消滅する。

 ここまで乗ってきた装甲車も破壊され、残された僅かな通信機器を確認したラエルノアは、忌々しげに上空の敵機動兵器を見つめた――――。

 

 

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