どこまでも広がる宇宙空間の黒。
しかしこの宙域近辺は赤く帯を引く濃密な素粒子ガスの通り道となっており、惑星の傍で激しく輝く恒星の熱と反応して、辺りの宇宙空間を薄いオレンジ色に染めていた。
そしてそのオレンジ色のヴェールの向こう。
飛翔する鳥のような船影を持つ白い船体に、赤いラインを持つ全長1300mの深宇宙調査船ラースタチカ。
ラースタチカは表向き調査船という名称ではあるものの、その総合火力は太陽系連合に所属するあらゆる戦艦を上回る。
船体内部に格納されていた過剰なほどの数の砲塔がラースタチカの各所に解放され、その砲口を敵軍へと向ける。
ラースタチカの狙いは眼前に迫る正体不明の敵性艦隊だ。
その艦隊の中核を担うのは、ラースタチカに匹敵する1000mを超える巨体を誇る漆黒の戦艦。
まるで宇宙の闇に溶け込むかのような黒い船体。
その漆黒の装甲部分には赤い光のラインが定期的に奔り、長方形のブロックを思わせる無機質な姿に、生物的不気味さを付与していた。
「ラエルからは適当にあしらえと言われた。だから適当に滅ぼすぞ。反物質爆縮放射砲、爆縮開始――――!」
「アイアイサー! 主砲、爆縮開始します!」
ラエルノアが不在の間、ラースタチカの指揮を執るのは操舵士兼副艦長のダランド・ジャワ。身長二メートルを優に超えるデカすぎるナイスガイである。
そしてそんなダランドの指示を受け、すぐ隣に座る三つ編みの女性が砲塔の照準を敵艦隊へと定める。
「全砲門開きます! 反物質爆縮放射砲――――一斉射!」
「第一射完了と同時に対消滅機雷散布――――第三種対空戦闘を開始する」
瞬間、ラースタチカの船体が眩い光に照らされ、射線上のあらゆる物質を消滅させる極大威力の熱線が、僅かな時間差と共に断続的に放たれる。
たった今放たれたラースタチカの砲撃は、その一発一発が地球と同程度の岩石惑星なら容易く貫通してしまうほどの凄まじい威力を誇る。
その砲撃をまともに受けた敵艦はもとより、僅かにラースタチカの砲撃を掠めただけの艦船もまた、炸裂する閃光に飲み込まれ、為す術もなく轟沈していく。
『デカい奴らはラースタチカが受け持つ。ミケさんの隊は小型を頼む』
「わかったニャー! 任せておくニャー!」
そしてその破滅の砲撃から僅かに遅れ、ラースタチカから無数のボール状の戦闘艇が見事な編隊を組んで飛び立つ。
戦闘艇を率いるのは、青い海とお魚のペイントが施されたボールだ。
そしてその指揮官用ボールの内部には、専用のパイロットスーツを身につけたロシアンブルーの猫がその肉球を操縦桿に重ね、不敵な笑みを浮かべていた。
「にゃにゃー! ハムハムチーム、ワンコチームの準備はいいかにゃ!?」
『へけっ! こっちはいつでもいけるのだ!』
『フッ……誰に物を言っているワン。貴様こそ、狩りに夢中になりすぎぬよう気をつけるワン』
「ならばよしにゃ! 全機、このミケに続くのにゃ! デストローーーーイゼーーーームなのにゃ!」
それら無数のボール型戦闘艇を操るのは、特殊な遺伝子操作を受けて人類と同等の知能とコミュニケーション能力を得た小型動物たちであった。
この時代、完全な人工知能によるドローン兵器は存在しない。
電子信号や量子信号という機械的な伝達手段はあまりにも浸透性が高すぎるため、最先端の技術を持つ異星文明との交戦では容易くハッキングを受けてしまうためだ。
そのため、人類の扱う兵器もそのほぼ全てが有機的な生体による手動操縦を前提として作られている。
機体に張り巡らされた機械信号全てを敵のハッキングから防ぐより、小型の生物ユニットだけを安全に保護する方が圧倒的に効率的だったからだ。
「しかしなんなのにゃこいつらは! オークともキノコとも違うのにゃ!」
『へけけっ! こういうよくわからない敵は、何をしてくるかわからないのだ! 油断禁物なのだ!』
漆黒の艦隊から続々と出撃する小型の戦闘機を相手に、ミケたちが乗るボールも幾何学的な機動を取りながら交戦を開始する。
薄いオレンジに染まった宙域に無数の爆炎の華が咲き、激しい戦闘の火花が散る。
その緒戦を見るに、船と船、そして小型の艦載機同士の戦いにおいてはラースタチカが優勢――――。
しかし敵の戦力はそれだけではない。
轟沈する漆黒の戦艦の炎を突き抜け、両手両足に加えてその背中から六本の追加の腕を生やした巨大な人型の影が現れる。
その全長はバーバヤーガやクルースニクといったTWと同等の300m。
数はざっと見ただけでも数百を超え、今もラースタチカによって破壊された船から続々と離脱、戦闘に加わっていた。
「こちらボール隊のミケにゃ! デカイのが前に出てきたにゃ! TWはまだかにゃ!?」
『――――ああ、お疲れ様ミケ。私も今戻ってきたよ。後はあの二人に任せてくれ』
「ラエルにゃ!? 帰ってきてたのにゃ!? りょーかいしたのにゃ!」
その通信が合図だった。
時空間転移によってラースタチカへと帰還したラエルノアがミケたちに後方へと下がるように指示を出したその瞬間。ラースタチカの両翼から二つの巨大な光芒が奔った。
『いっくぜえええええええええ! ティオ! ボタン! 遅れるんじゃねぇぞ!』
「無論だッ!」
「はいっ! どうぞ好きなだけ暴れて下さい、ミナトさん!」
その光芒の正体。それは純白の外套をたなびかせた二刀の騎士型TW、クルースニク。
そしておぞましい継ぎ接ぎだらけの装甲板を頭部からすっぽりとかぶり、禍々しい細腕を広げて飛翔する機械仕掛けの魔女――――バーバヤーガ。
突如として戦線に現れた二機の人型機動兵器。
敵艦隊はクルースニクとバーバヤーガの接近を防ごうと、艦隊の持つ全ての砲撃を二機めがけて一斉に集中させる。
その赤い熱線はあまりにも隙間がないために、一枚のカーテンのように重なってクルースニクとバーバヤーガに放たれる。
それは恐らく、直撃すれば小惑星すら木っ端微塵に打ち砕くほどの攻撃だった。
しかしその時。クルースニクを庇うようにバーバヤーガが前に出る。
「魔女の大釜、起動します! 空間湾曲蒐集フィールド展開!」
バーバヤーガの胸部装甲が大きく展開され、そこに現れた紫色の球体が閃光を放つ。それと同時、バーバヤーガを中心とした空間がぐにゃりと大きく湾曲した。
クルースニクとバーバヤーガに迫っていた破壊光線はその湾曲した空間に絡め取られると、そのまま排水溝に吸い込まれる水のように渦を巻いてバーバヤーガの胸部へと吸収、完全に無力化されたのだ。そして――――!
「ありがとよティオ! 次は俺だぜえええええええっ!」
バーバヤーガによって守られたクルースニクが、その場に残像を残して加速する。
一瞬にして超光速から超光速へ。敵軍のただ中へと飛び込んだクルースニクはその手に持った二刀を輝かせると、荒れ狂う竜巻のように全長1000mを超える敵艦も、全長300mの機動兵器もまとめて真っ二つにしていく。
「おお……! ミナトもあのロボも途轍もない強さだなっ!?」
「ですです! ミナトさんはほんっっっとうにお強いですから!」
『そうだろそうだろ!? よっし! このままぶっちぎるぜぇえええ!』
ティオとミナト。
二人が駆る二機のTWは互いにぴったりと寄り添いながら、その後方に光の尾を引いて飛翔。通過した後に哀れな犠牲者の爆発を発生させて、一気に戦線を前へ前へと押し上げていった――――。