集う小位
集う小位

集う小位

 

 江戸城に続く大通りの中央で零蝋(れいろう)と対峙した奏汰(かなた)たち。

 零蝋の怒りと憎悪に満ちた声に呼応し、三方から奏汰たちを挟み打つ影。

 それは、解き放たれた殺意の刃。

 

「ふんぬううううああああああッ!」

 

 まずは正面、かつて奏汰と新九郎(しんくろう)が武家街で相対した時よりも二回りは巨大化し、もはや周辺の平屋など軽く踏み越えるほどの巨体となった蜘蛛の鬼。翠の小位、零蝋の八本の手足による一撃を、奏汰は真正面からその強靱な肉体で受けきる。

 

「フフ……! 私をこの前と同じだと思うんじゃないよッ! 遊びもしない、(あなど)りもしないッッ! ただ淡々と、確実に貴様の息の根を止めてやるからねえええええッ!」

「ぐ――――っ!」

 

 だが次の瞬間、奏汰の体は弾かれた小石のように横っ飛びに吹き飛ばされた。蜘蛛の身を持つ零蝋相手に、一つ二つの手足を受けきろうと無意味。縦横無尽に可動する節に分かれた長大な蜘蛛の足が、奏汰の脇腹に突き刺さったのだ。

 

「奏汰さんっ!?」

「ハハッ! 余所見はよくないッ!」

 

 吹き飛ばされた奏汰のすぐ横。すでにその二刀を抜き放ち、自身の眼前に迫る無数の剣閃をギリギリで捌き続ける新九郎。

 新九郎はなんとか奏汰の援護に入ろうとするものの、たった今彼女が相対している相手もまた、そのような勝手を許す相手ではなかった。

 

「あたしは風断(かざだち)! 緋の小位だ! 私の剣を止められる人間は少ないッ! 名乗れ、ァッ!」

「この子も……位冠持ち……ッ!」

 

 新九郎の刃と風断と名乗った白髪の少女の手刀が激しく交錯(こうさく)。閃光の火花を散らし、甲高い金属音を鳴り響かせる。

 新九郎は風断の荒れ狂う野獣のような予測不能の剣技にじりじりと押されるも、即座にその弱点を見極めて反撃に転じる。

 

「獣相手なら――――っ! 清流剣、白波(しらなみ)――――陽炎剣、威風(いふう)ッ!」 

 

 狙いは風断の身が地面より離れるその瞬間。

 あまりにも不規則かつ無軌道な風断の動きは確かに難解だったが、それ故にその身の重心が乱れる瞬間が僅かに存在した。

 新九郎はその一瞬を狙い、風断の足首が態勢を整えるために力んだその瞬間を清流剣で(すく)い上げ、叩きつけるような大上段からの陽炎剣で両断にかかる。しかし――――!

 

「アハッ! どうした? 名乗らないのかッ!? 名乗っておいた方が良いぞッ! どうせ――――すぐ死ぬことになるッ!」

「足も剣なの!?」

 

 瞬間、風断はその四肢全てを刃と化し、更には鞭のようにしならせてその場で(うな)るように回転。新九郎の放った絶人の二刀双方を共に軽々と弾くと、鋭く心の臓に狙い定めた突きを繰り出す。

 

「っ! 陽炎剣! 射陽天神(しゃようてんしん)――――ッ!」

 

 刹那の交錯。新九郎はここで攻めを選んだ。

 その手に握る刃に炎を宿し、利き手側の刃で切り上げ一閃。風断の放った突きを間一髪で跳ね上げると、そのまま残った一刀を用いて横薙ぎの斬撃で切り抜ける。

 

「はぁっ! はぁっ! ――――僕の名は、徳乃……新九郎っ! 討鬼衆(とうきしゅう)見習いっ!  そして僕は女じゃない! 間違えないで下さいっ!」

「ハハ! 新九郎か! いいぞ、後は安心して死ね。あたしがずっと覚えておいてやるッ!」

 

 ようやく名乗った新九郎に風断は満足そうな笑みをその幼い凶相(きょうそう)に浮かべる。

 そして上下共につぎはぎだらけ、穴だらけの服から覗く褐色の四肢を伸ばし、ぺろりとその舌を覗かせて再び新九郎へと躍りかかった。

 そして、その上空――――。

 

「のじゃーーーーー!? お主、確かに見覚えがあるのじゃ! 今度こそ(はら)ってやるからそこに直りおれーーーーっ!」

「やってみろ……やれるものなら」

「言われずともっ! 神式――――祓之二(はらえのに)! 乱れ撃ちじゃっ!」

 

 自身の周囲にリング状の符を四重にも重ね、強大な神力を宿した結界を展開して上空からの襲撃者と相対した(なぎ)

 凪は自身の巫女装束の(そで)から一度に八本ものクナイを取り出すと、空中で身軽に回転しながら一振り、二振りと目の前の鬼めがけて撃ち放った。だが――――!

 

「――――俺は紫の小位。雲柊(うんしゅう)。神代の巫女。今までお前に倒された小位の同胞に、ここで報いる」

 

 雲柊と名乗った眼前の鬼はその両腕と一体化した分厚く、力強い羽毛を纏った翼を広げると、なんらかの力によるものか、自らに迫る八本のクナイ全てを中空で弾き落として見せた。

 

「ちっ! 飛び道具は効かぬか……面倒な相手じゃ!」

「お前はひと思いには殺さない。地獄の痛苦にまみれて死ね。神代の巫女」

「ほむほむ? ――――ならば、私はお主を安らかに祓い清めてやるのじゃ。こう見えて私はどこぞの三度殴られただけで怒る神よりも心が広いのじゃ! 私は一度殴られたらもう絶対に許さんがのっ!」

 

 凪は叫び、自身の小さな手に握り締めた赤樫(あかがし)の棒を高速回転。さらには自らの体躯までをも空中で縦横無尽に飛び跳ねさせると、凄まじい加速と遠心力を乗せた一撃を雲柊めがけて叩きつける。

 そしてそれを受ける雲柊。

 色あせた青髪をなびかせた雲柊の白い瞳が凪を見据え、自身と同様に空を庭とする神代の巫女を標的に定める。

 

「神式――――! 祓之一(はらえのはじめ)!」

「絶技――――転響空吹(てんきょううそぶき)

「にょわーーーーーー!?」

 

 だが凪の放った一撃が今正に叩きつけられようとしたその時。雲柊が空中で解き放ったのは音だった。

 全てを吹き飛ばすほどの圧を持った音が辺り一帯全ての家屋の屋根を吹き飛ばし、支柱を叩き折り、気絶した町人たちの中には気絶しながらにその耳朶(じだ)から血を流す者まで現れた。

 それほどまでに強大なの波が凪をその結界ごと飲み込み、そのまま零蝋によって弾かれた奏汰のすぐ隣へと叩き落したのだ。

 

「っつつ……! だ……大丈夫か、凪?」

「にょにょにょー……。い、今のはさすがの私も効いたのじゃ……四重結界が一発で吹き飛ばされたのじゃ……」

 

 崩れた家屋の柱をどかし、奏汰がその頭を振って立ち上がる。

 奏汰のすぐ横には雲柊の音の波に押し返され、全ての結界を破壊されてくるくると目を回す凪の姿もあった。

 

「アハハハ! 神代の巫女と異界人(いかいびと)が揃いも揃って無様じゃないか!」

「どうする零蝋。分けるか、混ぜ殺すか。お前に委ねる」

「そうさねぇ……?」

 

 吹き飛ばされた奏汰と凪の眼前、そびえ立つようにその巨躯をうねらせる零蝋と、流麗かつ油断なき眼光で上空から二人を捉え続ける雲柊。

 そしてそのさらに後方では、新九郎と風断が激しい剣戟(けんげき)の火花を散らし続けていた。

 

「まさか小位とはいえ、位冠持ちが三体同時に現れるとはの……! しかし奏汰よ、ここは江戸城の目と鼻の先じゃ! このまま時間を稼ぎ、援軍を待つという手も――――」

「いや――――駄目だ。こいつらをこのまま暴れさせたら、周りで倒れてる町の人がもたない……!」

 

 長期戦ならば討鬼衆やあやかしたちの救援が望める――――そう提案する凪だったが、奏汰はその可能性を断ち切りながらちらと辺りを見回し、すでに多数の負傷者が出ている状況に痛恨の表情を浮かべた。

 

「クククッ! 馬鹿だねぇ……。あんたらがいくら待ってもここに助けなんざ来やしないよ! あの人外共も、貴様らの頭領も、どこもかしこも今頃同じように私ら三人に襲われているだろうからねぇ……っ!」

 

 だがしかし、二人の話を聞いた零蝋は笑みを浮かべて奏汰と凪ににじり寄ると、その鮮血の紅が塗られた妖艶(ようえん)な顔を禍々(まがまが)しく歪めてそう言った――――。

 

 

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