傍にいたかった美少年
傍にいたかった美少年

傍にいたかった美少年

 

「どうして奏汰(かなた)さんは! そんなこと言えるんですかあああああっ!?」

「ッ!?」

 

 刹那、新九郎(しんくろう)はその手に握る二刀をがむしゃらに振り回して四十万(しじま)に突撃。がむしゃらとはいえ根底に天才的な剣の冴えを持つ新九郎の刃に、四十万は一旦受けの構えを見せる。

 

『――――俺が全部終わらせる。人も鬼も、どっちもこれ以上悲しまなくていいようにしてみせる! だから頼む――――俺に力を貸してくれ、新九郎っ!』

 

 一ヶ月前のあの日。六業(ろくごう)との戦いから一夜明けた朝。

 神代神社(かみしろじんじゃ)のご神木前、朝の木漏れ日に照らされた奏汰は、目の前に立つ新九郎に一切の迷いなくそう言い切った。

 奏汰の発したその言葉と、真っ直ぐに自分へと向けられた燃えるような眼差しを受けた新九郎は、その全身を雷に打たれたように震わせ、ただ何度もその場で頷くことしか出来なかった――――。

 

 ――――それからは、ただただ必死だった。

 

 討鬼衆(とうきしゅう)の公務も、大好きな昼寝も、甘味を味わいながらのお昼休憩も全て忘れ、新九郎は奏汰の傍を片時も離れず、奏汰の力になりそうなことは全てやった。

 家では数年間読んでいなかった剣術指南書や戦術指南の本を夜遅くまで読みふけり、朝になればまだ暗いうちから神社へと向かった――――。

 自分でも、なぜ奏汰のためにそこまでしているのかわからなかった。

 いや――――本当はわかっていたのかもしれない。

 

 もっと傍にいたかった。

 

 もっと傍にいて、奏汰のことを知りたかった。あんな酷い話を聞いて、その上でどうしてそんなことを平然と、迷いなく言えるのかを知りたかった。

 そんなことを言える奏汰に、自分が頼られているのが嬉しく、誇らしかった。

 奏汰は新九郎が力を注げば注ぐだけ成長した。まるで水を吸う和紙のように、なんでも吸収し、新九郎がすること成すこと全てに素直に喜んでくれた。

 その日々は端的に言ってとても楽しかった。途轍もなく充実していた。

 新九郎自身が抱えていた弱さと迷い、その全てが見えなくなるほどに――――。

 

『えーっとですね……。だから奏汰さんも、ちゃんと心の余裕! 持ちましょうっ! 剣に力みは禁物ですっ! 師匠であるこの僕を見習って、適当にっ! 及び腰でやるのですっ!(ドヤッ!)』

 

 そう――――新九郎が奏汰と修行に明け暮れたこの一ヶ月。口ではあんなことを言いながら、実は新九郎自身の心の余裕の方が完全に消え失せてしまっていた。はっきり言えば、ずっといっぱいっぱいだったのだ――――。

 

「――――うええええええええっ! でも分からなかったんですよおおおお! ずっと一緒にいたのにわからなかったっ! 奏汰さんがなんであんなに強いのか! 全然わからなかったんですよおおおっ!」

「馬鹿がっ! 何があったのかは知らねぇが……わからねぇってんなら当たり前だろうが! 結局テメェ自身から逃げっぱなしじゃ、何も見えやしねぇんだよッ!」

 

 一試合に定められた刻限(こくげん)も迫っている。

 四十万は最早これ以上はないとばかりに、ただ勢いに任せただけの新九郎の剣を捌くと、守勢から攻勢へとその構えを転じようとする。だが、その時――――!

 

「勇者式清流剣(せいりゅうけん)――――青の型ああああっ! かーらーの! 勇者スクリューパイルドライバああああああああ!」

「ぎゃあああああああ!? ば、馬鹿なあああ! この拙者がああああ!?」

 

 四十万が新九郎へとその杖を振り上げた瞬間、遙か上空で戦っていた奏汰と(かなめ)の戦況が変わる。

 勇者式清流剣で刹那の亜光速を抜き放った奏汰は即座に要の背後を取ると、要の腰に後方から腕を回し、そのまま自身の頭上へとその体を持ち上げてから、凄まじい高速回転と共に約二十メートルほど下の白洲の地面に垂直落下したのだ。更には――――。

 

「大丈夫か新九郎っ!?」

「か、奏汰さん……!?」

 

 奏汰はすでにその時、新九郎を抱えて四十万の射程圏内から新九郎を連れ出していた。もうもうと立ちこめる巻き上げられた粉塵(ふんじん)の中、しかし新九郎は未だにその表情に(うれ)いを見せる。

 

「ありがとうございます奏汰さん……っ! で、でも僕……! やっぱりなんか全然だめで……っ!」

「そうだったのか!? ならこっからは俺と一緒にやるぞっ!」

「にゃははは! そこは私も入れて三人でやるのじゃ! なになに、私ら三人は位冠持ちの鬼も倒しておるからの。三人揃えば恐れるものなど何もないのじゃ!」

 

 その粉塵を突き抜け、くるくると空中で回転しながら赤樫(あかがし)の棒を持った(なぎ)もその場に現れる。

 だがその凪を追うようにして、ままならぬ視界の向こうに三人の影がゆらりと立ち上った。

 

「命拾いしたじゃねぇか新九郎。だがたった今俺が言ったとおり、そうやって後ろに隠れてちゃ、見える物も見えてこねぇぞ?」

「危なかったでござる……っ! 空蝉(うつせみ)が間に合わなければ今ので確実に死んでいたでござる……! 勇者とは地獄の獄卒(ごくそつ)共よりも恐るべき(やから)でござった! なんともかんとも!」

「次は俺があの男の子とやっていいかな? やっぱり、巫女様や新九郎君みたいな可愛い子の相手は性分じゃなくてね」

「やっぱり平気だった! 忍者さんなら大丈夫だと思ってたよ! はは!」

 

 そう言いながら現れた三人に、奏汰は笑みを浮かべて聖剣を構える。

 もとより御前試合は相手を負傷させてしまえば負けとなる決まり。奏汰は最初から、要の技量であれば勇者スクリューパイルドライバーを回避するだろうと踏んで技を仕掛けていたのだ。

 

「――――のう新九郎よ。お主、何か奏汰に聞いて欲しい事があるのではないかの? 実はさっきのお主の話じゃが、私の地獄耳が勝手に拾ってしまっておっての――――」

「凪さん……」

 

 油断無く新九郎をその背後に(かば)いながら、凪はちらと新九郎に目を向け、心配そうな表情を浮かべる。

 

「ずっと一緒にいて分からなければ、わかるまで尋ねれば良い。人というものは、皆そうやってお互いのことを知っていくものじゃ。のう、奏汰よ?」

「んん!? よくわかんないけどそうだな! 俺もそう思う!」

「ああ……そうでした……。お二人の言う通りです……っ!」

 

 見守るような凪の眼差しと奏汰の力強い声。

 その二つに励まされた新九郎はようやく自らの剣の(つか)を握り締めると、その心に抱えた迷いを一旦横に置き、今度こそ四十万たち三人に相対した。 

 

「奏汰さん、凪さん――――ご迷惑をおかけしてしまい、本当にすみませんでした。この戦いが終わったら、少しだけ僕の話を聞いてもらえますか?」

「ああ! もちろんっ!」

「そうじゃな! ならばまずは目の前の試合を片付けるのじゃ!」

「はいっ!」

 

 三人はそう言って互いの顔を見合わせて笑みを浮かべると、そのまま眼前の相手に向かい駆けだしていったのだった――――。

 

 

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