炎に巻かれるあやかし通りの最奥。
降り注ぐ火の粉の渦の中で対峙する奏汰と、翠の大位の位冠を持つ洋装の鬼――――塵異。
「玉藻さんはその子達を頼む! こいつは俺がやるっ!」
「早まるでない奏汰よ! 先の一撃は間違いなく奴に食らわせたはずじゃろ!? それが無傷とは、なにか我らの知らぬカラクリがあるのじゃ!」
「フム。先ほどの迷いなき一撃といい、なかなかに凄まじい闘気。あの煉凶が認めたのも頷ける。ああ、ところで君の名を教えて貰っても良いかな?」
油断なく聖剣を構える奏汰に、塵異は挑発するように両手を広げてそう言った。
「俺は剣奏汰!」
「助けて頂き感謝いたしますよ剣様、姫様。ですがゆめゆめ手抜かりのなきように。その鬼は大位――――位冠持ちの中でも上位の鬼です。いかに剣様がお強いとはいえ、そう易々と討ち果たせる鬼ではありませんよ」
あやかし御殿を庇うように塵異の前に立ち塞がる奏汰に、後方から子供たちを守る玉藻が不安げな眼差しを向けて警戒を促す。
「ありがとう玉藻さん! よくわかんないけど、その大位ってのはどれくらい強いんだ!? この前の奴らとは違うのか!?」
「全ての鬼の頂に立つ十二体の鬼……それが位冠持ちじゃ。大位はそやつら十二体の内、半ばの四体の鬼を指しておる!」
「半ばって、真ん中くらいってことか? つまり、こいつらの上にもっと強いのがいるのかよっ!?」
すでに一度刃を交えた煉凶と五玉という二体の鬼に加え、たった今凪と二人で放った渾身の勇者キックを難なく凌いで見せた眼前の鬼。どちらも難敵でありながら、さらにその上が存在するという事実に戦慄する奏汰。
「フム。どうやら我らについてよく調べ、学んでいるようだ」
奏汰達の会話を興味深く聞いていた塵異は笑みを浮かべて手を叩くと、何度か大きく頷きながら、今度は目の前に立つ奏汰に向かってゆっくりと近づいていく。
「君たちの話に一つ補足させて貰うがね。小生と先の二人に力の上下は存在しない。大位という枠組の中で、我々はそれぞれの得意とする領域を任されているのでね」
「よいな奏汰よ! 決して一人で無理をするでないぞ。お主はもう一人ではない。私と二人、力を合わせて鬼を討つのじゃ!」
「ああ……わかってる!」
「ならばよしじゃ!」
その叫びと同時、奏汰と凪は二人同時に塵異を挟撃する形で飛びかかる。
塵異はそれに笑みを浮かべ、両腕から翡翠色の輝きを放ちながら足を引き、半身となって迎撃の構えを取った。
「よろしい。お相手する」
「近距離勇者キイイイイック!」
「神式――――! 祓之一!」
瞬間、左右から突撃した奏汰と凪、双方の一撃を両腕で受けきる塵異。
凄まじい爆風が辺りを揺らし、火の粉の渦を巻き起こした。
「フム。なかなかの重さ。では次は小生の力を――――」
「させるかよっ!」
「――――お見せする!」
奏汰と凪の一撃を受け止め、反撃へ転じようとする塵異。しかし奏汰は即座に空中で身を捻ると、天地を逆にした態勢で横薙ぎに聖剣を振るう。
しかし塵異はそれを許さず、空中の奏汰の作務衣を掴んで地面へと叩きつけると、即座にその場で反転し後方の凪に鋭い回し蹴りを叩き込んだ。
「がっ!」
「なんとーーーーっ!?」
「確かに人知を越えた力。だが、まだまだ荒い」
蹴り飛ばされ、側面の焼け落ちた家の瓦礫に叩きつけられる凪。しかし一方の奏汰は地面に叩きつけられながらもすぐさま滑るように蹴り起き、そのままの勢いで塵異の顎先めがけ垂直の回転蹴りを放った。
「はあああああ! 勇者サマーソルトキイイイック!」
「君は蛙かね!?」
奏汰の人間離れした動きから飛び出したその蹴りを、塵異は腕を交差させて受ける。しかし地面すれすれから飛び上がるように打ち出された奏汰の蹴りは、その勢いそのままに塵異を空中へと弾き飛ばした。そして――――!
「もう一度じゃ奏汰!」
「任せろっ!」
吹き飛ばされながらも立ち上がり、傍に崩れ落ちていた巨大な家の支柱を軽々と持ち上げた凪が奏汰に向かって叫んだ。
それと同時、凪の周囲に無数の神符が一斉に浮遊し、凪の持つ巨大な支柱の周囲を旋回する。
「神式――――祓之四! てええええええいッ!」
「今度こそ決める!」
掛け声と共に巨大な木材の支柱を塵異めがけて超高速で投擲する凪。
無数の符によって神霊の力を付与されたそれは、空中で無防備を晒す塵異に見事叩きつけられる。そしてその瞬間、奏汰の聖剣が眩いばかりに青く輝き、凄まじい高周波と衝撃波を放ちながら勇者の青が発動する。
「な……んと!?」
青い閃光が奔り、凪の放った一撃で鬼の持つ再生力を失った塵異の体がバラバラに切り裂かれる。
微塵に砕かれた塵異の肉体はかつての煉凶や五玉と違い、塵も残さずほの白い炎に焼かれて消滅。一切の痕跡を残さず燃え尽きていく。
「――――ッッッッ! どうだ――――っ!?」
「やったぞ奏汰! 大当たりじゃ!」
勇者の青が途切れ、奏汰が突風と共にその場に膝をついて再出現する。
凪はすぐさま奏汰に駆け寄ると、奏汰の肩を支えて油断なく周囲を見回した。
「さすがじゃ奏汰! 大位の鬼を倒したなど、いつ以来のことかもわからん! 全てお主のおかげじゃ!」
木っ端微塵に吹き飛び、昇華する塵異の残骸を見て喜びの声を上げる奏汰と凪。降り注ぐ火の粉が大きく乱れ、未だ収まらぬ突風の勢いがたった今の交錯が尋常ならざる物だったことを伝えていた。
「ぜぇ……! ぜぇ……! 俺だけじゃ、ぜんぜん……無理だった。凪の――――」
「――――二人とも! まだですっ!」
その時、二人の戦いを見守っていた玉藻の声が二人に届き、同時に玉藻が放った二本の尾の形をした巨大な妖気が二人を大きく手前に引き戻した。
そしてそれとほぼ同時、それまで凪と奏汰がいた場所に翡翠色の極大の閃光が叩きつけられ、空間そのものを抉り取って炸裂する。
「――――フム。さて、続けるとしよう」
翡翠色の閃光の先。そこには一度ならず二度までも傷一つ、埃一つない姿で現れた塵異が立っていた。
「な、なんじゃと……!? いくらなんでも反則じゃろ!?」
もはやとてもではないが信じられないその光景に、さすがの凪と玉藻も目を見開いて後ずさる。
「こ、これは困りましたねぇ……? ところで姫様、もしやとは思いますが、これは影日向様の御力が落ちてるのでは? 祓が直撃していれば、いかなる鬼も再生することは不可能のはずでしょう?」
「影日向の力が落ちておるじゃと? うーん、そのようなことはないと思うのじゃが……せいぜいここ数日樽の中に塩漬けにしておるくらいでの?」
「いやいやいや!? 思いっきりそれのせいじゃないんですかっ!? なんですか塩漬けって!? 神様は漬け物じゃないんですよ!?」
「にゃはは! つい勢いあまっての!」
「駄目だこの巫女……。早くなんとかしないと……!」
仮にも神代神社の御神体である影日向大御神が現在樽の中で塩漬けにされているという事実に、玉藻は顔面蒼白となってふらふらとよろめく。
だがしかし、それまで二人のやり取りに参加せず、再生した塵異をじっと見つめていた奏汰が何かに気付いたように口を開いた。
「――――わかったぞ。あいつのやってることが!」