潜む鬼
潜む鬼

潜む鬼

 

「ギィギィ!」

 

 夜の闇に響く耳障(みみざわ)りな奇声(きせい)を上げ、全長一メートルにも満たない小型の()せこけた鬼が次々と四人の周囲に出現する。

 それを見た(なぎ)は即座に巫女装束の(そで)から警報用の打ち上げ灯を取り出すと、隣に浮かぶ輪入道(わにゅうどう)の炎でその導線を着火。そのまま江戸の夜空に向かって鬼の出現を知らせる閃光の華を打ち出した。

 

「ちぃ! 一体どうなっておる!? これだけの鬼が町中におるのに全く気づけんかった!」

「こいつら、前に見たことある……。その時は気配を消したりなんてしてなかった……!」

「どっそーい! (わし)の傍から離れるなよ皆の衆! 儂がちゃんと明るくしておいてやるからのおっ!」 

「ありがとう輪入道さん! 助かる!」

 

 漆黒の闇の中、上空に昇った輪入道の明かりと炸裂した警戒花火の閃光が重なり、それが開戦の合図となる。

 

「まだどこぞに残りが隠れておるやもしれん。油断するでないぞ!」

「鬼は(とうと)くない……。(とうと)くない奴は、死ね……!」

「おっしゃああああああああ!」

 

 瞬間、各々の正面の鬼めがけて弾けるように加速する凪、奏汰(かなた)(こおり)の三人。

 三人の中で最も身体能力の高い奏汰は一歩目の踏み込みですれ違い様に二体の鬼を両断。肉片に変えて爆発四散させると、そのまま群れる鬼共の中心点に突撃する。

 

「垂直落下式勇者キイイイイイイック!」

「ギャバアアアアア!?」

 

 それはまるで現代兵器の直撃。ミサイルでも爆発したかのような閃光と共に球状の火柱が直上に吹き上がり、直撃すらしていない周辺の鬼が巻き込まれて粉砕される。

 

「うわっぷぷ!? 奏汰よ、ちょっとは加減せい!」

「そうだった! 気をつける!」

「ほむ! 良いぞ、素直な奴じゃな!」

 

 奏汰の巻き起こした大爆発の衝撃にあおられつつも、凪はその小さな体を軽快に跳ねさせ、木張りの(へい)や別の鬼の肩口をくるくると飛び越えて縦横無尽(じゅうおうむじん)に駆け回る。

 そしてそれと同時、巫女装束の(そで)から取り出した符の巻かれたクナイを次々と投擲(とうてき)。撃ち抜かれた雑魚鬼は、その存在を維持(いじ)できずに砂と化して崩れていく。そして――――。

 

「凍って死ね」

 

 三人が大立ち回りを行う長い通りに、突如(とつじょ)として凄まじい冷気の突風が吹き荒れる。

 全てを凍てつかせる鋭利(えいり)な冷気は通りを吹き抜けるように、満たすようにその一角に襲いかかると、その場にいる奏汰や凪、輪入道を正確に避けつつ、群れなす雑魚鬼の周囲だけを無慈悲に凍結していく。

 

「ギィ……ギギ……」

「砕けろ」

 

 その冷気の(うず)の中心。身構えもせず、心の底から嫌そうな表情で(みにく)い鬼を(にら)み付ける凍。凍の意志によって自在にその強度を変える冷気はその場にいた全ての鬼を瞬時(しゅんじ)に凍結させ、次の瞬間には木っ端微塵に打ち砕いた。

 

「さすがじゃ凍よ! しかしの……私たちもかなり寒いのじゃが!?」

「私はこれくらいがちょうどいい……なんならもっと寒くていい……」

 

 奏汰や凪が相手をしていた鬼もまとめて氷結粉砕(ひょうけつふんさい)した凍は、着物の(そで)を振り払ってその身についた(しも)を落とすと、全ての鬼が片付いたことを確認する。

 

「……(つるぎ)奏汰(かなた)は?」

「ほむ?」

 

 ひとまず鬼の群れを退治し、ほっと安堵(あんど)の息をつく凪と凍。しかしそこで奏汰の姿が見えないことに気付いた二人は、辺りをきょろきょろと見回して奏汰を探した。すると――――。

 

「おお、ここにおったか! いったいどうし――――っ!」

「くそっ……! 間に合わなかった……」

 

 そこには、木製の両開きの門の前で血だまりの中に倒れる木戸番(きどばん)と、その体から鮮やかな緑色の輝きを放つ奏汰の姿があった。

 木戸番(きどばん)とは、この当時町と町の境に設けられた門を監視する番人のことである。不審な者や、鬼のような危険な存在が町境を越えないよう見張る使命を帯びていた。

 非常に危険な役職だが、それだけに給金も多く支払われた。そのため、このように多くの犠牲者を出しながらも、木戸番(きどばん)を志願する者は多かった。

 

「奏汰よ……その木戸番(きどばん)は……」

「……遅かった。俺の力で治しても……もう、起きない」

「……そうか」

 

 奏汰に駆け寄った凪は、悲痛な思いにその表情を歪め、奏汰に抱きかかえられたまだ年若い木戸番(きどばん)の姿を見つめた。

 だが不思議なことに、木戸番(きどばん)の着衣には大量の血がべったりとついていたものの、その体には傷一つついておらず、青年の顔も安らかだった――――。

 

「ぬああああ……っ! (わし)らがもっと早く気付いておれば、こんなことにはならんかったというのに! (わし)は自分が不甲斐(ふがい)ないぞい!」

「……私も悔しい。悔しいけど……おかしい。あんなに近づかれるまで鬼に気付けないなんて……」

 

 その場へと集まってきた輪入道と凍が、倒れた木戸番(きどばん)を見て悔しげに(うめ)いた。

 凪もまた、犠牲となった青年の胸元に袖口(そでぐち)から取り出した小さな白い符を挟み入れると、(おごそ)かに火打ち石を二度鳴らし、祝詞を捧げた。

 

「奏汰よ……すまんの。私も油断しておった。お主が気付いてくれなければ、どうなっていたか」

「いや……俺も殆ど同じだった。この人の血の臭いも、凄くぼんやりした感じで……」

「ぼんやりじゃと……? まさか……!?」

 

 青年への(とむら)いを終えた凪と肩を並べ、気づけなかったことを悔しがる奏汰。しかし奏汰のその言葉を聞いた凪は何かに気づいたようにはっと目を見開くと、すぐさま傍の(へい)から家の屋根へと飛び移り、ある一角へと目を向けた。

 

「やられた……! 鬼共がわざわざこのような場所を襲うはずなかったのじゃ!」

 

 凪が目を向けた先――――。

 そこには、遠くで燃えさかる炎に飲み込まれるあやかし通りがあった。

 

 

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