頼まれるまめたんっ!
頼まれるまめたんっ!

頼まれるまめたんっ!

 

 災厄の魔女フェア――――。

 この世界に生きる者ならば、皆子供の頃に聞かされるおとぎ話。その中にも登場する伝説の魔女である。
 数千年の長きにわたり人類を脅かす魔王と、その眷属である無数の魔物達。一説によれば、それらを生み出したのもまたこのフェアであるとされる。
 その力は万の軍勢すら指一本で消し飛ばし、大海すら容易く両断するという。
 そしてそんな恐るべき災厄の魔女は、今も魔王の傍を片時も離れずに人類滅亡の策を巡らせていると言われていた――――。

 

「あわわ……あわわわ……っ」

「ククククッ……可哀想にな、そんなに怯えて……」

 

 乱れた寝台の上、少しでもフェアから遠ざかろうとシーツを掴みながら下がるアルルン。
 カタカタと震えて怯えるアルルンの目の前で、その正体を現わした災厄の魔女フェアが禍々しい凶相を浮かべ、ローブの裾をはためかせながら狭い室内のちょうど中央に浮遊する。
 フェアの深紅の瞳に射貫かれた小さなアルルンは、まさに大蛇に捕食されんとする哀れな子犬のようですらあった。

 

「さぁて……これから貴様をどうしてくれようか? こうして見れば、やはりなかなかにそそる見た目をしているではないか……弟子として鍛える対価として、未だ無垢な貴様の身も心も……じっくりと我が色に染め上げてやるもの面白そうだ……フッフフフ!」

「い、嫌ですっ! やめてくださいっ……! た、助けてっ……助けてレオスさーんっ!」

「クハハハハッ! いくら泣き叫ぼうと、ここには私と貴様の他には誰もおらぬわッ! さあ……観念して我と存分に楽しもうではないか――――!」

 

 怯えて縮こまるアルルンが持つシーツを引きはがそうと、フェアの美しく細い手がゆっくりと伸びる。最早アルルンに為す術はない。かに思われたその時――――。

 

「ダメーーーーーっ!」

「ぬわーーーーっ!?」

「あわわっ!?」

 
 アルルンに迫っていたフェアの体が突如として突き飛ばされ、寝台の上で縮こまるアルルンを庇うように、すらりとした人影が割り込んできたのだ。

 

「こ、この子に一体何をしようとしてたんですっ!? こんな可愛い子に手を出そうなんて、私が許しませんっ!」

「あ、あなたは……っ?」

「ぐぬう……おのれピコリー……この私の邪魔をッ!」

 

 凄まじい魔力を放出するフェアを不意打ちとは言え容易く跳ね飛ばし、目にもとまらぬ動きでアルルンを庇うように自らの元に抱き寄せたのは、先ほどアルルンが目覚めたときに逃げ去ってしまった緑髪の少女だった。

 ピコリーと呼ばれたその少女はキリリとした眼差しで床に這いつくばるフェアを射貫くと、さらにさらにアルルンの小さな体を自身の腕の中に引き寄せていく。

 

「全く……本当に油断も隙も無い! そんなことだから災厄の魔女なんていう不名誉な悪名が立つんですっ! 反省して下さい、反省っ! ――――くんかくんか……あ、やっぱりこの子いい匂いがする……むふふふ……」

「あ、あのぉ……?」

「ピコリイイイイイッッ! 貴様、自分だけ正義ぶりおってからに! 真の目的は私と同じであろうッ!?」

「え? なにを言ってるんでしょう……? 私が貴方みたいな邪悪存在と同じなわけないです! 根拠のない誹謗中傷には、私も弁護士を雇って受けて立ちますよっ!」

 

 ピコリーに抱きしめられたままのアルルンを余所に、目の前で繰り広げられる激しい罵声の応酬。
 小さなアルルンには、目を丸くしながらその様子を見ていることしかできなかった。

 

「アルルン君の大怪我を全部治したのも私ですしっ! フェア様も説明が終わったならもう帰って下さいっ! アルルン君のお世話は、全部私がやりますから!」

「ぼ、僕の怪我を? そうだったんですね……ありがとうございます、ピコリーさん……」

「はわーーーー……い、いいんですよそんなことっ! 私は、ただ私に出来ることをしたまでですーーーー!」

「わぷっ……あの……っ……ぷはっ……」

 

 ピコリーが瀕死だったはずの自分を直してくれたと知り、すぐにもごもごと口を塞がれながらも感謝を述べるアルルン。
 ピコリーの細い腕と腕の間から覗く、二つのくりくりとした青い瞳とピコリーの緑色の瞳がぶつかり、ピコリーは赤面して顔をふにゃふにゃにすると、アルルンをかき抱く腕に更に力を込めていく。

 だが、そんな二人の様子を忌々しく見据えていたフェアもついにゆらりと起き上がる。そしてそのまま寝台横の椅子に雑に腰を下ろして足を組み、頬杖をして鼻を鳴らした。

 

「ふん――――つまらん。久方ぶりに楽しめるかと思ったが興が削がれたわ。ピコリーよ、それ以上やるとせっかく現れた大事な想い人が死んでしまうぞ」

「ひゃあっ! すみませんアルルン君っ! 大丈夫ですかっ?」

「ぷはぁーっ……は、はい……っ」

 

 その細腕からは信じられないようなピコリーの力。そこからようやく解放されたアルルンは大きく息を吸って呼吸を整えると、そろそろと、申し訳なさそうにピコリーからも距離を取った。

 

「本当にごめんなさいアルルン君……私、貴方をフェア様から助けようと思って、つい……」

「だ、大丈夫です。とっても助かりました……っ。僕の方こそ、ごめんなさい……」

「クククッ……そうだ、油断するなよアルルン。今貴様が話しているその娘は、私と同様恐るべき邪悪存在なのでな」

 

 フェアは寝台の上で正座して謝罪し合う二人を見て笑みを浮かべると、再びアルルンの内心を探るように、値踏みするような様子で言葉を続けた。

 

「私とて悪名高き災厄の魔女と呼ばれた存在だ。貴様を手込めにするためだけに助けたわけではない。実はピコリーはある者達に命を狙われている。今はまだ役に立たぬだろうが、貴様には私と共にピコリーを守る力になって貰いたい」

「ピコリーさんの、命が……?」

 

 フェアの発したその言葉に、影のある表情を浮かべて胸元に手を当てるピコリー。彼女の表情は先ほどまでの明るいものではなく、深い悲しみを湛えたものに変わっていた。

 

「――――そうだ。そしてピコリーの命を狙っている奴らの名は勇者レオス。なにせピコリーは魔王なのでな、逃げても逃げてもその力の痕跡で追われてしまうのだよ」

「え……っ!? ええええええ!?」

 

 フェアが事も無げに明かしたその事実に、アルルンは目覚めてから二度目となる驚愕の叫び声を、辺り一帯に響かせるのであった――――。

 

 

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