出会うまめたんっ!
出会うまめたんっ!

出会うまめたんっ!

 

『剣は捨てても盾は捨てるな』

 

 それは、ツインシールドの家に古くから伝わる家訓。

 アルルン・ツインシールドは、伝説のタンクを始祖に持つ由緒ある家柄に生まれた。当然、アルルンもまた幼い頃より守るとは何か。守るべきものとは何かを繰り返し問われ続けて成長した。

 十二歳で家を出るというツインシールド一族の掟に従い、アルルンもまた自らが守るべきものを見出すべく一人旅立った。

 立派なタンクとして人々を守る。アルルンは、自分もいつかそうなるものだと信じて疑うことすらしなかった。だが――――。

 

「タンクーっ! タンクが必要な冒険者の方はいませんかーっ?」

 

 ここは城塞都市サーディラン。
 大陸北西部に位置し、長きにわたり平和を謳歌してきた歴史ある街である。

 そしてそんなサーディランの中央。多くの人々が行き交う街の大通り。

 ヒビ割れた木の板に『冒険者パーティー探してます・当方タンク・ヘイトスキル有り』とナイフで文字を彫り込み、精一杯に背伸びをして高々と掲げるアルルン。
 しかしいくら背伸びしてみても、小さすぎるアルルンの体は道行く人々の波に埋もれ、辛うじて看板だけが人の目にとまるかという有様。

 少しでも人々の目に止まろうと、ぴょんぴょん飛び跳ねて声を上げるアルルンの呼びかけも虚しく、道行く人々はそんなアルルンに興味を示すことは無かった。時折声をかけてくる冒険者にしても――――。

 

「丁度いい。うちのタンクが昨日怪我してな。早速そいつと会わせてくれよ」

「はい! 僕がそのタンクです! どんな魔物だって引きつけて見せますよっ!」

「はぁ? なんだよ、ガキの冗談か……」

「あ、ちょっと待ってください! 冗談なんかじゃ――っ!」

 

 と、このような有様で誰もまともにアルルンの相手をする者はいなかった。
 人類は未だ各地で魔物との戦いに明け暮れている。冒険者の数も、戦士の数も多く、パーティーの要となるタンクを必要としている者の数も少なくはない。

 だが、タンクはパーティーの要だからこそ生半可な者には任せられない。魔物の攻撃を全て引き受けるタンクが倒れれば、次に狙われるのは肉体的に貧弱な魔術師や神官、レンジャーと言った後方支援の面々だ。
 タンクの力量は、そのままそのパーティーがどの程度の敵と戦うことができるかを示していた。それだけに、アルルンのような小さな子供にタンクを任せようなどという者はまず存在しなかったのだ。

 

「大丈夫……このくらいどうってことない。僕は絶対に立派なタンクになって、いつか必ずレオスさんのところに戻るんだっ!」

 

 去って行く背に向かって虚しく伸ばされた手を握り締め、気を取り直して木の板を掲げるアルルン。

 アルルンは、今もレオスのパーティーに戻ることを諦めていなかった。

 自分が小さいことなどよく分かっている。タンクとしてまだまだ未熟なことも、アルルン自身が一番理解していた。
 だが、だからこそ――――アルルンはそんな自分を仲間として迎え入れてくれたレオスの力になりたかった。恩返しをしたかった。

 必ず成長してレオスの力になる。
 それこそが、今のアルルンの旅の目的となっていたのだ。

 
「――――やめてください。人を呼びますよ」

「あれ?」

 

 アルルンが再び不格好な木の板を高々と掲げ、大通り沿いに歩き始めようとしたその時。道から横に伸びる細い路地から、一人の女性の声がアルルンの耳に飛び込んできた。

 

「へへへ……いいじゃねえか。ちょいと金目の物を恵んでくれるか、アンタが俺らに付き合ってくれればいいんだ。すぐ済むからよぉ……」

「あいにくと先を急いでいるので。さようなら」

「てめぇ! 待てっつってんのがわからねぇのかッ!?」

 

 濃紺のローブを纏い、大きなフードでその表情を隠した女性の行く手を、三人の柄の悪そうな男が阻んでいた。
 男は先を急ぐという女性の細く白い腕を掴むと、品も礼もない粗野な笑みを浮かべ、力任せに女性を引き倒そうとする。しかし――――。

 

「やめろーっ! 乱暴をするならこの僕が相手になるぞっ!」

「なんだぁテメェは?」

 

 男が女性の腕に力を込めるより早く、女性と暴漢達の間にアルルンが割って入った。突然の出来事に、呆気にとられて目を丸くする暴漢達。
 それもそのはず。たった今勇ましいかけ声と共にその場に止めに入ったのは、どこからどう見てもただの子供だったからだ。

 

「お怪我はありませんか? 僕の後ろに隠れて下さいっ!」

「おやおや、これはこれは……」

「ギャハハハハ! なんだぁ、このガキは? 後ろに隠れろって、てめえみたいなチビのどこに隠れるってんだ? ギャハハハハ! 笑いすぎて腹が痛え!」

「しかも見ろよ。このガキ両手に盾を持ってやがる。こいつはどこかの劇にでも影響された、勇者ごっこのガキってとこか?」

「アッハッハッハ! ちげぇねえ!」

 

 女性を背に庇い、背中に担いでいた二枚の盾を両手に構えたアルルンを見て笑い転げる暴漢達。助けられた女性はと言えば、そんなアルルンの姿に感心したようにほうほうと頷いている。

 

「おいガキ! 俺たちは大人のお誘いをしてんだよ。怪我したくなかったらさっさと消えろ!」

「いや待て。そのガキが持ってる盾も鎧も、売ればそれなりの金になるんじゃねえか? まとめてひん剥いてやろうぜッ!」

 

 完全にアルルンを侮り、収穫が増えたとばかりに粗暴な笑みを浮かべる暴漢達。しかしアルルンはその大きな青い瞳で男達をまっすぐに見据えると、両手の盾を構えて堂々と宣言した。

 

「僕はアルルン・ツインシールド! 今すぐ大人しく立ち去るなら何もしません! でも貴方達が狼藉を続けるというのなら、僕も容赦はしませんよっ!」

「面白ぇ! やってみやがれこのガキがッ!」

 

 アルルンの発したその宣言に、男達の怒りが頂点に達する。
 三人が同時にそれぞれの方向からアルルンに向かって拳を振り上げ、その小さな体を叩き潰そうとその一歩を踏み出した。だが――。

 

「ククッ……礼を言うぞ。小さな盾の戦士よ」

「えっ?」

 

 次に困惑したのはアルルンだった。アルルンに襲いかかろうとしていた三人の暴漢の姿が、跡形もなく消えていたのだ。
 あまりの出来事に、その大きな瞳をさらに見開いて驚くアルルン。
 一瞬たりとも目を逸らさず、襲い来る男達の姿を捉えていたはずなのに――――。

 

「さ、さっきの皆さんはどこに……っ? 貴方が何かしたんですかっ!?」

「そう驚くこともなかろう? 君の言う通り、彼らを消したのは私の力だ。あの男達にはちょいと隣町まで跳んで貰った。そう心配せずとも、殺してはいない」

 

 きょろきょろと辺りを見回すアルルンに、ローブの女性が穏やかな声を発した。
 その声はどこかこの世ならざるような――確かに目の前から発せられているはずなのに、別の場所から聞こえてくるような声だった。

 

「す、すごいですっ! もしかして、貴方は高名な魔術師様ですかっ?」

「……高名か。まあ、それなりに高名ではあるぞ。人聞きの良い名声ではないがな……クククッ」

「そうなんですか? あの、もし良ければお名前をっ! なんだか、僕が助けようとしたのに逆に助けられたみたいになってしまって――――」

 

 とてつもない超常の力を目の当たりにしたアルルンが、その大きな瞳を輝かせてローブの女性に尋ねる。女性はフードの下に覗く整った唇を笑みの形に歪めると、そのまま踵を返して立ち去ろうとする。

 

「――――私の名はフェア。しがない旅の魔術師さ」

「フェア様……? 聞いたことがあるような……?」

 

 どこかで聞いたことがあるその名前に一度は首を傾げるアルルン。しかし去り際にフェアの発した次の言葉は、そんなアルルンの思考を完全に吹き飛ばした。

 

「そして私を助けてくれた礼にもう一つ教えてやろう。死にたくなければすぐにこの街を離れることだ。ここは……間もなく戦場になる」

「えっ!? 戦場って――――!?」

 

 残された言葉の意味を確認しようと、急いでフェアの後を追うアルルン。だが確かに路地から大通りに抜けたはずのフェアの姿は、既にそこにはなかった――――。
 

 

 

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