捨てられるまめたんっ!
捨てられるまめたんっ!

捨てられるまめたんっ!

 

「アルルン・ツインシールド。残念だが、君とはここでお別れだ」

 

 幾重にも木々が生い茂る森の中。重なり合った枝を抜けて陽の光が射し込む街道に冷たい声が響いた。

 時刻は早朝。

 声の主は大層立派な甲冑を身に纏った長身の男だった。精悍な顔つきの男は逆立った黄金の髪と同色の瞳を輝かせ、目の前で立ちすくむ少年を真っ直ぐに見据えている。

 男の名はレオス・フレイムハート。大陸中にその名を轟かせる最強の勇者だ。
 数百年の長きにわたり完全に拮抗していた魔族と人類の戦いを、たった一人で人類優勢へと傾けた生ける伝説である。
 
 そしてそのレオスがたった今別れを告げた明るい栗色の髪の少年――――アルルン・ツインシールドは、幼く愛らしいその顔に困惑と悲しみの表情を湛え、大きな青い瞳に涙を浮かべると、すがるようにしてレオスに尋ねる。

 

「そんな、どうしてですかっ!?」

「アルルン。君は確かにタンクとして優れたヘイトスキルを持っている。俺は君のそのスキルの力を見込み、一度は君の同行を許した。だが……その判断は間違いだった」

 

 今にも大声で泣き出しそうな様子で震える声を発するアルルンに、レオスは淡々とした口調で答えた。

 レオスの言うヘイトとは、対峙している魔物や敵対者から誰がどの程度優先的に狙われるかを示す言葉だ。
 アルルンはあえて自身のヘイトを高め、モンスターから積極的に襲われることで仲間を守る、タンクというポジションを任されてレオスの勇者パーティーに同行していた。しかし――――。

 

「いくら君が魔物共のヘイトを集めようと、集めたヘイトを長く維持できないタンクに用はない。伝説のタンクの家系というからどれほどかと興味を持ったが――期待外れだったな」

「期待……外れ……」

 

 普段のレオスからは考えられないような冷酷かつ無慈悲な宣告に、アルルンは愕然とした様子でその場に膝をついた。

 

「だが俺も鬼ではない。ここまで共に戦ってくれた君に、これからを生きる上で重要な助言をくれてやろう」

 

 レオスは表情一つ変えず、目の前で膝をつくアルルンを冷徹な瞳で見下ろしながら言葉を続ける。

 

「いいかアルルン。はっきり言って君は小さすぎる。そんな貧弱な体では、タンクどころか戦士そのものに向いていない。長生きしたいのであれば、戦士としての道は諦めろ」

「そんな……! たしかに僕は小さいですけど……それでも、魔物のヘイトはちゃんと集めていたはずですっ!」

「そうだな。君に出来るのはただそれだけだ。一人で魔物を倒す攻撃力も、魔物の苛烈な攻撃を耐え忍ぶ防御力も、君は持ち合わせていない」

「う……っ」

 

 レオスにそう言われたアルルンは、膝をついたまま自身の掌を見つめる。

 小さすぎるというレオスの言葉は正確だった。今年十三歳となったばかりのアルルンの身長は、ようやく百二十センチに届くか届かないかという辺り。体重に至っては二十キロ半ばしかない。
 そんな小さな体で、一体どうやって敵からの猛攻を一身に受けるタンクという過酷な役職が勤まるというのか?

 いや、実のところアルルンにはそれが出来たのだ。

 アルルンには一般的なタンクでは使うことの出来ない、彼だけが持つ強力なヘイトスキルがあった。
 アルルンが持つそのスキルで敵の注意を確実に引き付け、モンスターの群れがアルルンへの攻撃に夢中になっている間に、レオスや他の仲間達が一気に敵を殲滅する――――。

 それは確かに見事な連携だった。だが、その過程でアルルンは何度も大怪我をし、時には命すら危うくなることも何度もあった。レオスの言う通り、アルルンの小さな体はタンクという最前線のポジションに全く向いていなかった。

 

「――――わかったら、どこか平和な地で静かに暮らせ。君が戦わずとも平和に暮らせる世界は、この俺が作る」

 

 レオスはそう言い残すと、踵を返して周囲で旅立ちの準備を終えていた仲間達に目配せする。勇者レオスとこれからも旅を続ける他の仲間達は、レオスの決断に何も言わずに従った。

 

「ま、待って下さいっ! お願いです、置いていかないでくださいっ! 僕もレオスさんの力になりたいんです! どんなことでもやりますから! 雑用でも、危険な任務でも、なんでもっ! だから、僕も一緒に……っ!」

 

 自身に背を向けて去って行くレオス一行に大声で呼びかけるアルルン。
 アルルンは涙と泥にまみれた顔を拭って急いで立ち上がる。そしてすぐ傍に置いてあった自身の荷物を掴み取り、その小さな体でレオス達に追いつこうと必死に駆け出した。だが――――。

 

「止まれ。それ以上俺達の道行きを阻むのであれば、たとえ君でも容赦なく斬る」

「――っ!」

 

 追いすがるアルルンを振り向くこともせず、レオスはただ一言そう告げた。
 アルルンは動けなかった。レオスの手が、彼の持つ聖剣の柄にかかっているのが見えたからだ。

 

「アルルン……君は仲間の命を守るタンクとして、最も大切なことを何も理解していない」

 

 それが、レオスの残した最後の言葉だった。
 レオスは今度こそ足を止めず、そのまま仲間達を連れてまっすぐに歩いて行った。

 

「うぅ……レオスさん……レオス……さん……っ」

 

 アルルンの青い瞳に映るレオスの背が滲む。アルルンは再びその場にがっくりと膝をつくと、肩を震わせ、大粒の涙を零して泣き叫んだ。

 

「うわああああああああああああ――――っ!」

 

 ――――
 ――――

 

「はわわ……アルルン君、めちゃくちゃ泣いてるじゃないですか……! 今すぐ戻って抱きしめたいんですけど!?」

「振り向くなルーントレス! 振り向いたら耐えられんぞ! 俺が一体どれだけ心を鬼にして彼と別れたと思っているッ!?」

「いくらなんでもあれはレオスがキツく言いすぎだ! ああ、すまねぇアルルン……っ」

「全くです。特に最後のあの一言は余計でした。彼がレオスのことを一番に慕っていたのは良くわかっていたでしょうに……あれが勇者のやることですか?」

 

 アルルンの泣き声を背に受けながら、苦渋の表情で歩みを続けるレオス達勇者パーティー。
 レオスも、その隣に立つローブを纏った女性も、柄の悪そうな中年男性も、そして知的な痩身痩躯の青年も。レオス一行の全員がアルルンの悲痛な叫びにぷるぷると肩を震わせ、今すぐ振り返ってアルルンの元に駆け寄りたいという欲求に必死に耐えていた。

 

「ぐぬぬ……! アルルンを死なせるわけにはいかん! 昨晩全員で話し合って決めただろう!?」

「そうですけどもぉ……やっぱりこうなると心が痛むとかそういうレベルじゃないですよぅ……うう、ごめんねアルルン君……」

「言い方はともかく、その点についてはレオスの言う通りです。今のアルルンの戦い方では、遠からず彼は命を……」

「そうだ……俺達はもう、これ以上アルルンが傷つくのに耐えられん……」

 

 悲しみと悔しさに満ちたアルルンの泣き声が遠く聞こえなくなったのを確かめたレオスは、ようやくといった様子で静かに後方を振り返る。
 そこには森に挟まれてまっすぐに続く街道が延び、その先に置いてきた小さな――――しかし大切な仲間の姿はもう見えなかった。

 

「どうか強く生きてくれアルルン……頼むから、決して命を粗末にするんじゃないぞ!」

 

 祈るように発せられた勇者レオスのその呟きは、遙か街道の先にいるであろうアルルンに届く前に風の中に消えた――――。

 

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