全てを曲げる門番
全てを曲げる門番

全てを曲げる門番

 

 ――――人資源再生リサイクルリスト。

 それは、AMGフラグメントが打ち出した人類再生プランである。
 
 全人類へのチップ埋め込みをほぼ完了したAMGは、その次の段階として人々のランク付けを開始。人資源再生リサイクルリストとは、そのランクで下級ランクに位置づけられた人々に対して、より複雑で高機能な人工工学手術を施し、その能力の底上げと均一化を図る名目で実施が予定されていた計画の名称である。

 しかし、その実態は表向きの公表内容とは全く異なるものだった。

 

「ゲートの出力は60%というところかな。まずは――――」

 

 ギルバートはそう言うと、自身の周囲に複数の仮想モニターを出現させ、その上に両手をかざす。同時に、漆黒の空間に走っていた赤いラインが滲むように拡大し、室内の様相を一変させる。

「うん――――いいね。集めたサーバーは問題なく稼働しているみたいだ」

 ――――そう、リストによって選別された下級ランクの人々は、集められた施設で人工的な脳死へと導かれ、その空になった頭脳を生体パーツとして、ギルバートの真の目的である門の制御のためにその命を利用されることになる。

 ギルバートは、そうした人々をサーバーと呼んでいた。

 門の存在は知らなかったものの、かつてのクロガネも、シトラリイも、この人間を生体パーツと見立てる恐るべき計画を阻止するべく戦っていたのだ。

 

「――――相変わらず胸くそが悪くなる野郎だ」

「情報というのは厄介なものさ。何も知らないうちは平気で食べていた肉や魚も、その肉がまだ生きていた頃のバックボーンを、情報という形で知ると途端に忌避反応を起こす人がいる。君たちだって、何も知らずに僕とゲートに支配されていれば、より豊かなサービスを格安で享受できたんだ」

 

 足下を支える地面が消失し、空間の縦横が曖昧になる。そして次に現れたのは幾何学的なラインに沿って光が瞬く無機質な青白い世界だった――――。

 

「これは……っ? 気をつけて下さい皆さん! この魔王さん、たしかに門の力を使えてはいますが、無理矢理感が凄いです! この方は門の適合者には選ばれていませんっ!」

「うむ!? それのなにがまずいのだ!?」

 

 ギルバートの領域と、その門の力の流れを見たリドルが警戒を促す。リドルはシトラリイの手を握ると、大急ぎで手に持ったガムテープでぐるぐると自身とシトラリイの手首を固定した。

 

「問題しかないです! 適合者でもない方がこんな力の使い方をしたら、それこそ何が起こるかわかりませんよ! 遅まきながら、私も今から自分の門の力を使えないか試してみます! シトラリイさん、私から絶対に離れないでください!」

「助かります、リドルさん……実は……先ほどから急に目眩が……」

「大丈夫かラリィ!?」

 

 瞬間、シトラリイの足下がふらつき、リドルがそれを支えた。

 

「無理もありません……特別な力を持たないシトラリイさんが、これほどの領域内に放り込まれては――――私も急ぎますが、皆さんもできる限り迅速に魔王さんの討伐をお願いしますっ!」

「わかった! 任せておけリドル!」

 

 シトラリイを膝の上に寝かせ、深刻な表情で一同へと頷くリドル。ヴァーサスたちは頷き合うと、再び眼前のギルバートへと対峙する。

 

「……馬鹿な子だ。私のところに居れば、問題のないようにしてあげていたのに」

「――――俺はここで操作する。あんたらは思いっきりやってくれ」

「承知した! ならば――――!」

「はいっ! 行きましょう、師匠!」

 

 ヴァーサスとミズハ、二人は全く同時にその場から消えた。それは、普段から共に修練を積んでいるからこそ成しえる完全に息の合った動き。

 

「へぇ、凄い速さだね。こういうときは――――こうかな?」

 

 ギルバートに迫るミズハの刃。それは現実世界に比べれば大幅に制限された速度ではあるものの、生物が視認できる限界を大きく上回る。ギルバートはモニター上に指を滑らせ、ミズハとヴァーサスを迎撃しようと試みた。だが――――。

 

「おっと……そいつは見逃せないな」

「――っ!? 私の力が!?」

「ミズハ・スイレン――――参りますっ!」

「俺も続くぞっ!」

 

 ギルバートの領域が防御のために最大展開される寸前。その領域全てがぐにゃりと曲がり、四方八方に弾けて霧散する。そしてがら空きとなったギルバートの眼前に、一陣の旋風と化したミズハと、ミズハの一撃に気を取られたギルバートの死角からヴァーサスまでもが襲いかかった。

 

「ギャアッ! あああああ! 痛いっ! 痛いいいい! な、なにが!? なんで!?」

 

 ギルバートの肩口にミズハの刃が届き、追撃で叩き込まれたヴァーサスによる横薙ぎの殴打がギルバートを凄まじい勢いで弾き飛ばした。

 

「ああああッ!? どうして……ッ!? あいつのチップじゃ、ゲートの力は操作できないはず――――ッ!?」

「悪いが、俺もまだまだ育ち盛りでな」

 

 ギルバートの領域が歪み、明滅するようにして電子空間と実際の室内が交互に入れ替わる。門を制御する機械から火花が散り、眩いばかりの閃光を発した。そして――――。

 

「ガアッ!? な、なんだ!? 何にぶつかって――――!?」

 

 果ての無いはずの自身の領域で、ヴァーサスに弾き飛ばされたギルバートが硬質の壁面に激突。激しく咳き込みながらありえないはずの障害物を見たギルバートの顔が絶望に染まる。

 

「ようこそいらっしゃいましたね……お待ちしておりましたわ……うふふふっ」

「あ……アア……っ!?」

 

 それはダストベリーの壁。クロガネのベクトル操作によって一瞬でギルバートの進行方向に先回りしたダストベリーは、満面の笑みを浮かべてギルバートを見下ろす。

 

「誤解しないでくださいね……私も本来であればこんな酷いことはしたくないんです。でも、あなたはこれよりももっと酷いことを他の方にしていらっしゃいますから、潰れても仕方ないですよね?」

 

 そう言うとダストベリーはその笑みを一ミリも動かさず、直立させていた自身の高さ五メートル以上はあろうかという金属製の壁をそっと押し出した。

 

「あ……ああ……アアアアアアッ!」

 

 しかしギルバートはその壁に潰される寸前に領域を展開。大きくは展開されず、自身の周囲だけを覆うその領域の力で瞬時にその場から加速して逃げすさると、地べたを這うようにして荒い呼吸を漏らし、肩口の刀傷を抑えながら思考を巡らせる。

 

「な、なんだこれ……っ!? おかしい、こんなの絶対おかしいだろっ!? なんなんだこいつらは!? こんなやつら、どこかに存在していれば私は絶対にマークしていたはず……っ! 一体どこから沸いて出たッ!? なんで……なんで私がこんな目に……っ!?」

 

 既に勝負は決していた。それは、あまりにも一方的な戦いだった。

 例えVRの中とは言え、すでに無数の強敵との戦いを潜り抜けたヴァーサスたちにとって、仮初めの支配者に過ぎないギルバートはもはや敵では無かったのだ。

 

「クロガネだってそうだ……ッ! あの男、街から消えている間に何を……っ!? 奴のチップは元はと言えば私が作ったんだぞッ!? あれほどの力、あのチップには……ッ!」

 

 脳内をぐるぐると巡る疑問と問いを、はき出すようにして叫ぶギルバート。ギルバートの領域はいつしか通常空間へと引き戻され、漆黒だった室内に無機質な照明が灯る。

 

「これは悪い夢だ……この私が、ゲートの力を手にした私が、なんの抵抗もできないなんて……っ! 早く、早く夢から覚めないと……っ!」

「――――そうだな。これは悪い夢だ。お前にとっても、俺にとっても――――」

 

 もはや門の力も失い、地べたを這うだけとなったギルバートの前に、哀れむような表情を浮かべたクロガネが立っていた。

 
「俺の力も、お前の力もちっぽけなもんさ。なんであの時にそれがわからなかったんだろうな、俺は――――」

「く、ロガネ……っ!」

 

 血にまみれ、憎悪の感情を剥き出しにしてクロガネを睨むギルバート。もはやその姿に余裕は無い。だが、クロガネはそんなギルバートを尚も沈痛な面持ちで見下ろしていた。

 

「もう悪夢は終わりだ。じゃあな――――クソ野郎」

 

 瞬間、ギルバートの全身にクロガネの力によって操作された圧がかかった。全身を強烈な力で圧迫されたギルバートは白目を剥き、僅かな息を吐いてがっくりと倒れる――――。

 

 AMGフラグメントCEO、ギルバート・スミスは昏倒した。

 

 かつて、シトラリイを失ったクロガネは目の前のこの男を怒りに任せて殺害している。しかし、もはやそんなことには何の意味も無いことを、今のクロガネは誰よりも理解していた――――。

 

「――――これが、門番の力ってやつなのかもな」

 

 クロガネは呟き、複雑な……しかし悲痛な表情でこちらを見つめていたシトラリイに向かって肩をすくめ、安心させるように笑みを浮かべた――――。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

error: Content is protected !!