CEOも通さない門番
CEOも通さない門番

CEOも通さない門番

 

「たとえ冗談でも、父親面をするのは止めて頂きましょうか。大人しくリストを破棄し、投降するならば捕縛するに留めます」

 

 漆黒の室内。シトラリイの冷徹な声が響いた。

 しかしその声を受けたギルバートは、表情を変えずに首を傾げると、馬鹿にするでもなく、驚くでもなく答える。

 

「なぜ私がそんなことをしないといけないんだろう……? 私は税金だってちゃんと納めているし、この手で人を傷つけたことも、スピード違反だってしたことがない。極めて正しく、清廉に生きているはずなんだけどねぇ……」

「っ! 貴方は――――っ!」

 

 過熱するギルバートとシトラリイの応酬。しかしその様子を油断無く見やりながら、クロガネは周囲のヴァーサスたちに目配せする。

 

「(わかるか? あれがこの世界の門だ。以前俺がここまで来たときはあれがなんなのかこれっぽっちも知らなかった。だが今ならわかる。奴の本当の目的は、あの門の制御だ)」

「(出発前に話してくれていたことだな。もし俺たちの戦いであの門が破壊されてしまえば――――)」

「(あの門が破壊されれば、この世界もゲームオーバーです。それに、もしあの魔王さんがすでに門の力を使えるのなら、この戦い楽には行きませんよ。ですが――――)」

 そう。二度目のこの時、クロガネは既にこの場所に門があることを知っている。そして、その門を巡る戦いで自身がギルバートに追い詰められ、シトラリイを失うことになることも――――。

「(――――ですが、どうも気になりますね。ねえヴァーサス、なんだか似ていると思いませんか?)」

「(ああ、実は俺もそう思っていたところだ。俺がドレスと戦ったあの時だろう?)」

 

 真剣な眼差しでヴァーサスを見つめるリドル。そんなリドルの意を汲むように、ヴァーサスもまた頷いた。

 かつて、門と融合しようとするリドルを巡り、大迷宮最奥で戦うことになったヴァーサスと門番皇帝ドレス。当然ながら今の状況はそのときと全てにおいて違うが、リドルとヴァーサスは共に既視感のようなものを感じずにはいられなかった。

 天を衝くような巨大な高層ビルへと進み、エレベーターを抜けた先にある漆黒の空間。そして、その場で始まる門の所有者を巡る最後の戦い――――これは、ただの偶然なのだろうか――――?

 

「(ギルバートは門の力をある程度使える。あの時、俺のベクトル操作はこのクソ野郎に歯が立たなかった。だが、今は違う――――)」

 

 一度目の際、この場にやってきたのはクロガネ一人だった。クロガネはギルバートに敗れ、自身のベクトル操作を逆手に取られたことで凶弾に倒れることになるはずだった。その凶弾からシトラリイはクロガネを庇い、命を落とした――――。

 しかし今は違う。クロガネはこの場所に、あの時のやり直しをしに来たわけではない。クロガネは既に、その当時の未熟だった自分を悔い改めている。

 大切な存在を自らの力で守ることの意義を、他人を信頼し、任せることの意義を既に誰よりも理解している。自身が失ったかけがえのない存在が、二度と戻ってこないことも――――。

 

「――――だからと言って、リストによって多くの罪もない人々を殺害していい理由にはなりません。貴方は――――ただの大量殺人犯です」

「ちゃんと社内会議をした上で決めたことだよ。私だって心は痛んで――――」

「違うな――――悪いが俺はもう知ってるんだよ。アンタの狙いはその門の力の独占だ。アンタが門の力を制御して得た利益に株主配当はあるのか? 役員報酬で他の取締役にも門の力を使えるようにしてやるのか? しないよなあ?」

 

 その双眸に決意の光を漲らせたクロガネが、シトラリイを庇うように前に出た。クロガネがその手をゆっくりと掲げると、周囲の機械群が鈍い音を立ててひしゃげ、閃光と火花をあげた。

 既にクロガネもVRの世界における自身の力を取り戻していた。

 なぜなら、彼の力の源はシトラリイの体内に埋め込まれたチップであり、クロガネのベクトル操作もまた、彼女がクロガネのチップに手を加えることで発現した能力だからだ。この街でシトラリイと再会したことでクロガネは彼女のメンテナスを受け、かつての状態に戻っていた。

 

「ベクトル探偵――――この街から去ったというのは偽装だったのかな?」

「――――アンタは門の力を独占する。そして、それこそがアンタの本性だ。ギルバート・スミス」

 

 その鋭い眼光で眼前のギルバートを射貫くクロガネ。そしてそのクロガネの隣にヴァーサスとミズハが立つ。

 

「お初にお目にかかる、ギルバート殿。俺の名はヴァーサス・パーペチュアルカレンダー。クロガネと共に戦うと決めた門番だ」

「私はミズハ・スイレン。師匠と同じく、私も貴方の行いを止めるためにやってきた門番――今は侍のほうがいいのでしょうか? ――――えっと、とにかく貴方は斬りますねっ!」

 

 そしてその後方では、庇われたシトラリイをさらに守護するように、ダストベリーが巨大な壁を召喚し、リドルがダンボール箱とガムテープを両手に持って構えた。

 

「フローレン・ダストベリーと申します。 ――――クロガネさんとシトラリイさんからお話は聞いています。機械によって人々に階級を割り当て、下層階級となった大勢の人々の命を一斉に奪おうとしているとか……? ――――うふっ……うふふふふっ…………貴方、とても潰し甲斐がありそうですね……?」

「私の名前はリドル・パーペチュアルカレンダー。実は私、こことは違う世界で運送会社を経営しておりまして。このような場でなければ一度あなたには企業経営のあり方などをお伺いしたかったのですが――――やっぱり必要ないですね! 我が社は清廉潔白・信用第一をモットーに、私とヴァーサスででっかくしていきますよっ!」

 

 クロガネとシトラリイ、そして二人と共に並び立つ仲間たち。
 
 この場にいる誰一人として、この世界がVRで作られた虚構世界であることを理由に手を抜く者はいなかった。全員がこの街に迫る危機を自らの危機として受け止め、クロガネとシトラリイの強い想いを成就させるために立っていた。

 

「アツマさん……皆さん……っ」

「悪いがギルバート、今回は男らしくタイマンなんて格好付けは無しだ。遠慮無く全員でボコらせて貰う」

「おやおや……少し見ない間に随分とイメージが変わりましたね。以前の貴方はもっとギラついた、孤高の気高さがあったのに。私もそこだけは認めていたんですよ、クロガネさん」

 

 興味深いというように目の前のクロガネへと視線を向けるギルバート。しかしそれと同時、ギルバートの背後の門から禍々しい領域が展開される。やはりギルバートは門の力の制御に成功している。

 

「――――俺もようやく大人になったってことだ。信条も、魂も、挙げ句の果てには命まで曲げて、それでもしぶとく生きてきた。俺は――――」

「待つのだクロガネよ! 今こそ俺が教えたあの台詞をっ!」

「そうですよアツマさんっ! 今がチャンスだと思いますっ!」

 

 なにやら因縁めいた会話をするクロガネとギルバートの間に割って入るヴァーサスとミズハ。二人のその言葉にクロガネは面食らった表情を浮かべたが、やれやれと帽子を押さえて首を振り『わーったよ』と、短く言って咳払いをする。

 

「……俺の名前はクロガネ・アツマ。この街を守る探偵兼門番だ。AMGフラグメントCEO、ギルバート・スミス。アンタにその門の使用許可は下りていない。大人しく投降するなら良し、抵抗するってんなら――――」

「なんだいそれ? なにかの冗談かな?」

 

 突如として始まったクロガネの謎の宣告に、呆れた口調で肩をすくめるギルバート。しかしそんなギルバートに、クロガネは小馬鹿にするように鼻を鳴らし、笑った――――。

 

「なら――――アンタはここでこの俺が潰す。徹底的にな」

 

 瞬間――クロガネのコートが大きくたなびき、その周囲の領域がぐにゃりと湾曲した――――。

 

 

 

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