人体埋め込み式のID認識チップを利用し、極めて穏便に全世界の支配を成し遂げた超巨大企業――――AMGフラグメント。
AMGはIDチップのシェアが全人類の80%を越えた段階でその本性を現わし、全人類の掌握を宣言。以後、使い古されたSF小説の世界で描かれるような、徹底的ディストピア社会の構築に成功する。
チップを利用していなかった残り20%の人類に対しても積極的な人間狩りを行い、シトラリイとクロガネが計画を実行に移した時代では、既にそのシェアは98%に及んでいた。
最早、この世界でAMGフラグメントの支配に抗おうとする者は誰一人として存在しない。そのはずだった――――。
「な、なんだこいつらは!? 我々AMGの戦闘部隊が全く歯が立たんッ!」
「どこのテロ組織だ!? ID識別はどうなってる!?」
「ダメです! フラグメントの反応は僅かにありますが、クラック済みの違法ID使用者です!
「こちら側の襲撃者からはフラグ反応自体ありません! 摘出済みか、元々利用していないかはわかりませんが……! ぐわああああ!」
夕闇に照らされる超巨大ビルの基部。AMGフラグメント本社ビルの広大な敷地内の方々から一斉に爆炎の火柱があがった。それは、開戦を告げる決戦の狼煙。
策謀と暴力。そして数え切れないほどの人々の血によって構築されたAMGの支配体制は、今この時、自分自身を遙かに上回る圧倒的暴力によって崩壊しようとしていた。
「来たぞアブソリュート――――たとえどんな戦場であろうと、俺たちがやることは変わらない」
全長12メートルほどの巨体を誇るデミ・アブソリュートの前に、全長5メートルほどの人型機動兵器が複数立ち塞がった。足下のローラーによって軽快な機動を見せるその人型兵器に、デミ・アブソリュートもまた滑るようなローラーダッシュで追従。二倍以上の巨体であるにも関わらず、デミ・アブソリュートはその高速機動性でAMGの機動兵器を翻弄する。
「な、なんだこのアクティブガードは!? こんな機体が開発されていたなど、データには……っ!」
「アブソリュートはアクティブガードではない――――魔導甲冑だ」
「が、がああああああっ!?」
薄暗い闇の中、デミ・アブソリュートの赤いセンサーが流れるようなラインを引いてAMGの機動兵器群の間を縫うように滑り抜ける。瞬間、アブソリュートの後方に置き去りにされた機動兵器群は、その全てがアブソリュートの持つ短剣状の光刃に切り裂かれて爆散する――――。
「え、AG部隊……全滅ッ! 全滅です! 敵は正体不明の戦闘兵器を――――ッ! ぎゃああああ!」
「クハハハッ! 魔王ギルバートとやらに伝えよ! 大魔王黒姫が自ら貴様を狩りに来たとなッ!」
一際目立つデミ・アブソリュートが無数の爆発を巻き起こすのとは別のエリア。そこでは渦巻く雷鳴と氷雪の嵐がAMGの戦闘員たちを次々と吹き飛ばし、打ち据え、凍結していた。
「あ、悪魔だ! あの女は悪魔だっ! ああ! 神よ、俺たちをお救い下さいっ!」
「神か……。残念だったな……神などもはや潰し飽きたわッ!」
街中で見た黒づくめの装備よりもさらに重厚な、小型の機械人形とも言える重装備に身を固めたAMGの戦闘員部隊。たった一人で戦車一台に匹敵すると言われるその重歩兵軍団が、黒姫の放つ超高圧の雷撃によって無残に吹き飛ばされていく。それは、あまりにも一方的な戦いだった。
「おーおー……こりゃすげえな。俺の時とはえらい違いだ」
「いやはや……ゲームの中とはいえいささかあの方たちが可哀想になってきますねぇ。まあ、これも自業自得ということでひとつ!」
「彼らは大多数の人々と違い、AMG傘下で長く甘い汁を吸ってきた者達です。気にする必要はありませんよ。それに、こうして派手にやって頂いた方がAMGの敗北を世間に周知できます。僕たちもこのままギルバートのところへ向かいましょう」
「うむ! 道中の案内はお願いする! 頼んだぞ、シトラリイ殿!」
「うふふっ。安心して下さいねクロガネさん。以前にこの世界で何があったかは存じませんが、シトラリイさんのことは私が絶対に守り抜いてみせますわ」
「私も……どんな敵が相手だろうと切り抜けて見せますっ!」
黒姫とシオンがAMGの手勢を一手に引き受ける隙に乗じ、闇の中を駆け抜けるヴァーサスたち。特殊な力を持たないシトラリイの傍にはぴったりとダストベリーが張り付き、闇の中で遭遇する僅かなAMG職員はミズハが一刀の元に叩き伏せる。
――――かつて、この世界で発生した一度目の襲撃。その時にこの場で戦ったのはクロガネ一人だった。クロガネが自分自身でそうなるように仕向けた。そうすれば、誰も傷つかず、たとえしくじっても自分一人が消えるだけ。
――――クロガネが死んでも誰も悲しまず、なにも変わらない。そう考えた上での身勝手で軽率な行動だった。シトラリイには協力者を探すといっておきながら、その時のクロガネにそんな気はさらさらなかった。全て自分一人でやるつもりだった。
クロガネのベクトル操作はこの世界において無敵の力だった。一人で全てを片付ける自信があった――――結局、そのすぐ後にその認識が誤りであったことを思い知らされるわけだが――――。
「……本当に凄い人たちを連れて戻ってきてくれたんですね、アツマさん」
シトラリイはヴァーサスたちの力に驚きを見せながらも、そんな心強い協力者をクロガネが本当に連れて戻ってきてくれたことを喜んだ。それは、一度目の時もクロガネがそうしようと思っていれば見れたであろう、シトラリイの心からの笑みだった。
「――――まあな。これが友情パワーってやつだ」
「ふふっ……まさかあのアツマさんの口から友情という言葉を聞けるなんて、今日は最悪の日か最高の日のどちらかになりそうですね」
「……言ってろ」
爆発と閃光が炸裂し続ける敷地内。
クロガネとシトラリイを中心として完全な陣形を組んだ最強の門番たちと宅配業者のパーティーは、そのままAMGフラグメントの本社ビルへと突入する。
「ここからは僕に任せて下さい。ギルバートの居る最上層に辿り着くまでにはいくつかのロックを突破する必要がありますが、僕ならそれを全て無効化できます」
「それは凄い! しかしなぜそんなことが出来るのだ?」
本社ビル一階、ガラス張りになったホール状のエントランスを抜け、上層への直通エレベーター前に取り付く一行。そのままシトラリイは一行の前に進み出ると、壁面に設けられたパネルに手をかざした。
「僕がギルバートの娘だからですよ。おかげで、埋め込まれているチップも特別製です」
「なんと……それはなにやらシトラリイさんにも複雑な事情がおありになりそうですね。心中お察ししますよ…………」
「確かに、リドルも俺たちの世界では母上が魔王と呼ばれていた。もちろん立場は違うが、言われてみると似ているかもしれんな」
「リドルさんとお母様の関係はわかりませんが、僕とギルバートの関係は最悪ですよ。僕の中にあの男の血が流れていると思うだけで、死にたくなるくらいに――――」
シトラリイは暗い憎悪の光を宿した瞳でパネルを操作すると、エレベーターの使用権限を奪い、巨大な扉を開放する。
「――――急ぎましょう。僕の権限でこのエレベーターの挙動を確実に奪えるのは一分が限度です」
シトラリイはそう言って一行に先を促すと、先導するシトラリイに続いてヴァーサスたちも上層部への直通エレベーター内部へと姿を消した――――。
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「これはこれは……随分と慌ただしい帰宅じゃないかな……? 私はあなたをそんな乱暴な娘に育てたつもりはないのだけど……」
漆黒の闇に塗り込められた部屋に、無数の赤いラインが走る無機質な室内。
部屋は広く、四方は無数の機械類で埋め尽くされ、壁面まで含めた室内全てがなんらかの機能を持つであろうことを容易に想像させた。
そしてその部屋の最奥に立つ、黒いジャケットに白いシャツのラフな格好の男と――――無数の機械に繋がれた、見覚えのある巨大な門。
「――――それに、大勢のお友達を連れてくるときは事前に連絡をするようにと言っておいたよね……? ま、細かいことは横に置いて、今は久しぶりの親子の再会を喜ぶとするかな。ねぇ、シトラリイ――――?」
室内に入ったヴァーサスたちの前に立つその男――――AMGフラグメントCEO、ギルバート・スミス。ギルバートはヴァーサスたちもよく知る巨大な門を背後に、何の感慨も映さぬ虚無的な笑みをぼんやりと浮かべた――――。