探偵を門番にしたい門番
探偵を門番にしたい門番

探偵を門番にしたい門番

 

「――――俺は一人でやる。お前とは別行動だ」

 

 それが、かつてのクロガネの口癖だった。
 クロガネは普段から孤独でいることを好む男だったが、それは特に死地において頑なな程に強情だった。

 

「アツマさん――――あなたのそれは、ただ逃げているだけですよ」

 

 シトラリイは、全てを見透かしたような瞳でそう言っていた。

 そんなことはクロガネにもよくわかっていた。クロガネは、自分の傍で誰かが傷ついたり、命を落とすことを極度に恐れていたのだ。守りたい者を守れなかったとき、自分が傍に居たにも関わらず守れなかったという、逃げ場のない後悔を抱えることを恐れていた。

 たとえ守れなくても、傍に居なければそれを言い訳にできる――――。

 クロガネの名誉のために語るのであれば、彼は人並みよりも誠実であろうと努力する人物であるし、困っている誰かの力になりたいという情熱も本物だった。

 
 だが、ただ一点――――。

 

 ただ一点、かつてクロガネがその人生において何度か経験した、自らにとってかけがえのない存在を守れなかったという苦い記憶が、いつしかクロガネに孤独を強いるようになっていた。

 そのクロガネの深層心理は、一般的な世界における裏事情に精通し、稀に起こる荒事を適当に解決するような生業ならば特に問題となることはなかっただろう。
 しかし、クロガネの住む世界は一般的な世界では無く、クロガネが挑んだ相手もまた、一般の範疇に収まる相手ではなかった――――。

 

「――――気にしないで下さい。こうなったのは……あなたのせいじゃありません。僕がそうしたかっただけですから――――」

 

 漆黒の中に赤いラインが幾重にも走る室内。

 そしてその闇に浮かぶ、無数の計器に繋がれた巨大な門――――。

 胸部から冗談のような量の血を流し、その染み一つなかった白いシャツを赤く染めていくシトラリイ。
 クロガネはその戦いの最後において、自身が頑なに直視してこなかった弱さと傲慢さの因果の帰結を見ることになった――――。

 

「でも………………アツマさんはこうなったことをずっと後悔してしまうのでしょうね…………僕も……出来ればもっとあなたの傍にいたかった――――」

 

 息絶え、もはや動くことのないシトラリイを抱きしめながら、クロガネは聞く者全てが胸を締め付けられるような、悲鳴にも似た絶叫をあげた――――。

 

 ●    ●    ●

 

「――――私……クロガネさんを誤解してたみたいです。このような恐ろしい世界で過ごしていたら、少々性格が邪悪に歪んでしまっても仕方ありませんものね……」  

「俺たちが住む世界も全てが上手く回っているわけではない。貧困や争いの絶えない場所は、どこも地獄だ」

 

 いくつかの機器が積まれ、更に八人もの人員が詰め込まれた窮屈な車内。

 ヴァーサスたちが街に着いてから一日が経過した。
 
 車と呼ばれる移動用の機械に乗り込んだヴァーサスたちは、目的地であるAMGフラグメントの本社ビルに向かっている。

 昨夜の打ち合わせでこの街の現状とAMGの目的を知ったヴァーサスたちは、まずはシトラリイの計画遂行に協力することを決めた。

 恐らく、正面からヴァーサスたちの圧倒的武力を用いてギルバートを討伐することは可能だっただろう。しかしVRの世界とはいえ、自由意志を持った人々が大勢暮らすこの街を戦場にすることは彼らの流儀では無かった。

 
「いや……何度も言ってるが、ついこの前まで派手にやりあってた俺を素直に信じろなんていう方が無理な話だろうさ。なのにこうして尊重してもらってるんだ。俺だってあんたたちには感謝してる」

 

 始めに用意されていた盗賊衣装を脱ぎ捨て、馴染みのトレンチコートと中折れ帽姿になったクロガネがダストベリーとシオンに頷く。 

 

「だが、俺もこの街には色々とやり残したことがある。VRの中とはいえ、出来ればハッピーエンドで終わらせたい。付き合わせちまって悪いが……」

「そんな……っ! 私たちはみんな、自分の意志でアツマさんやシトラリイさんと一緒に戦うって決めたんですっ」

「ミズハの言う通りだ。人々を苦しめる邪悪は全て切り捨てる。それが俺たち門番の使命! 実は昨日の夜、クロガネも門番見習いとして頑張っているとミズハから聞いたのだ。クロガネはきっと良い門番になれる! 俺も力になろう!」

「おいおい、俺はそういう柄じゃ……」

「そうですねぇ……クロガネさんは学問テストなんかは大丈夫そうですけど、歌とかダンスはどうでしょう? トークのテストもあるんですよ!」

「んなもんはもっと無理だ!」

 

 運転するシトラリイの隣、助手席に座るクロガネにダンスや歌の心得はあるかと尋ねるリドル。クロガネが門番見習いになっているとミズハから聞いたヴァーサスも、目を輝かせてクロガネに声をかけた。

 

「心配せずとも、ダンスは俺が教えられるぞ!」

「私もっ、歌とトークなら教えられます!」

「案ずるな貴様ら! 我々にはあの究極脳筋巨人のギガンテスすら満点合格させるアレがあるではないか! 前回の尋問では不発に終わったが、手っ取り早くクロガネをあの椅子に座らせれば、すぐに立派な門番の出来上がりよ! クハハハッ!」

「お前らそんなに俺を門番にしたいのか!?」

 

 そしてそんな様子を隣からちらと見ていたシトラリイは、運転をしながら吹き出すようにして笑みを零す。

 

「ぷっ……あはははっ! どうしたんですかアツマさん。僕の知っているあなたは、こんな時にはいつも難しい顔で不機嫌そうに黙り込んでいましたよ?」

 

 意地の悪い表情を浮かべ、クロガネに視線だけを向けるシトラリイ。彼女のその言葉にクロガネは眉をしかめ、下あごを突きだして不服そうに呻くと、僅かに間を置いて呟く――――。

 

「そりゃあな…………俺も反省したんだ」

「へぇ……? たとえばどういうところを反省したんです?」

 

 笑みを浮かべながらクロガネに尋ねるシトラリイ。

 彼女のその穏やかな微笑みを見たクロガネは、かつての自分が一体何度、彼女のこういった表情を見ることが出来たかを思った。恐らく……それは数えるほどだっただろう。

 

「大事なものの傍からは絶対に離れるな――――だな」

「ふふっ――――そうですか。なら、離れないようにしてくださいね」

「ああ……そうさせてもらう」

 
 互いに前を向き、しかし確かな決意と共に頷き合うクロガネとシトラリイ。

 そしてそんな二人を見るヴァーサスたちもまた、二人の間にある強い想いをはっきりと感じ取るのであった――――。

 

 

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