その男の街に入る門番
その男の街に入る門番

その男の街に入る門番

 

 その街は異様だった。

 周囲を荒野に囲まれた中に突如として現れる無数の巨大建築物。
 それだけならまだしも、その街には大勢の人々が住んでいた。しかしこれもまた異様さに拍車をかける。

 なぜなら、その街に住んでいる人々の格好は、街に踏み入れたヴァーサスたちとは全く違う服装だったのだ。しかし、街の人々は逆に奇異の目で見られるはずのヴァーサスたちを見ても驚く様子も見せなかった。

 皆、目もくらむほどの高さの建物の下、網の目のように区切られた大通りをどこかを目指して足早に歩いて行く。手には大きな紙束を持ち、肩と肩がぶつかっても僅かに目線で抗議するのみで言葉すら交わさない。

 それは、明らかに異様な光景。ヴァーサスからは勿論、かつて似たような構造の街に住んでいたリドルと黒姫にとっても見たことのない景色だった。しかし――――。

 

「間違いない。ここは……俺の街だ……」

「アツマさんの……街?」

 

 その街を見たクロガネが、苦虫を噛み潰したような表情で絞り出すように言葉を発した。

 

「――――ああ。最後に見たのは随分と前だが、それでも忘れたりはしねえ。そこに立ってる標識も、道沿いのしみったれたバーも、どいつもこいつも見覚えがありやがる……あの野郎……こんなもの見せて一体なんのつもりだ……?」

「ふむふむ……しかしここがクロガネさんの以前住んでいらっしゃった街というのでしたら、私たちが倒さなければならない魔王さんがいらっしゃる場所にも、クロガネさんは心当たりがあるのではありませんか?」

「魔王、か…………たしかにな。もしこの街が完全に俺の記憶と同じなら、それっぽい奴が一人いる…………だが――――」

『――――おい! そこの貴様ら、何をやっている!?』

 

 街の入口でクロガネの話に耳を傾ける一行。しかしそこに突然、全身を黒い服と見慣れない防具で固めた一団がぞろぞろとやってくる。顔まですっぽりと覆うフルフェイスヘルメットには、時折赤い光が明滅していた。

 

「いえいえ、私たちは決して怪しいものでは……この街には観光……そう、観光に来てまして! いやー初めて見ましたが凄いところですねぇー! たはは!」

「(おお……! さすがリドルだ。よく咄嗟にそんなことを思いつけるな!)」

「(ふっふっふ……そうでしょうそうでしょう! もっと出来る妻を褒め称えてくれていいんですよ!)」

「(いや……普通の街ならそれで通用しただろうが、ここじゃ恐らく……)」

 

 突然の出来事にも即座に頭を回転させ、適当なつじつま合わせを繰り出すリドル。

 だが実際のところ、ヴァーサスたちがこの街に来たのは本当に初めてであり、さらに身につけている服装の見た目まで全く違うのだ。このような一団を怪しまれないように誤魔化すには、リドルの発言はなかなかに見事な言い訳であった。しかし――――。

 

『――観光だと? ならば識別IDを確認させてもらう。手首を出せ』

「識別ID? IDですか。ほっほーう……なるほどなるほど……いやはや、これは困りましたねぇ……!(たはは、なんのことだかさっぱりわかりませんっ! 参りましたねこれはっ!)」

 

 黒づくめの男たちが発した次の言葉で涙目となって振り向くリドル。

 それと同時、シオンやダストベリー、ミズハの間にも緊張が走る。黒姫に至っては、待ってましたといわんばかりに邪悪な笑みを浮かべた。

 辺りを囲む男たちを見回すヴァーサス一行。ことここに至れば、やはり街中とは言え力で強行突破せざるを得ないかと思われた。だが――。

 

「――お待たせしました、迎えにきましたよ皆さん」

 

 その時、対峙するヴァーサスたちと黒ずくめの一団に声がかけられる。その声の方向に目線を向けると、そこには黒いスーツに身を包んだ見目麗しい少年が立っていた。

 

「なっ!? お、お前――――?! なんでお前が――――っ!?」

 

 その少年の姿を見たクロガネが思わず声にならない声を発した。少年はそのクロガネの反応に作ったような笑みを浮かべ、自身の透き通った唇に美しい指先を当てた。

 

「お手を煩わせてしまい申し訳ありません。彼らは僕の知人で、チップの埋め込みとID登録をするために僕が呼んだんですよ。日程予約もこちらに」

 

 少年はそう言うと、そのまま自分の手首を黒づくめの一団にかざした。男たちは腰のホルスターからなにやら黒い棒のようなものを取り出すと、それを少年の手首へと向ける。

 

『――施術と登録は本日十五時。第四区のサント。登録予定人数も一致している――いいだろう。立ち入りを許可する』

「ご確認頂きありがとうございます。さあ皆さん、登録の時間まで僕の家で待ちましょう。どうぞこちらへ――――」

 

 確認を終え、去って行く一団に礼をすると、少年はヴァーサスたちを振り向き、僅かに肩をすくめて微笑む。そして促すようにして先頭に立つと、今度は打って変わった鋭い眼光をクロガネに向け、ちょいちょいと手招きして自分の傍へと呼んだ。

 

「――――なんですかその格好。探偵の次は大道芸人でも始めるつもりですか?」

「待ってくれ! お前――――本当に――――っ?」

 

 歩きながらその少年を見るクロガネの瞳には、信じられないという驚愕の色がありありと浮かんでいた。手招きに応じて隣へとやってきたはいいものの、ジロジロと自分へと向けられるクロガネのその視線に、少年は鬱陶しそうに眉をしかめる。

 

「そしてこのずさん過ぎる侵入方法――――僕がいなかったらどうするつもりだったんです? 大体、貴方が自分で協力者を連れてくるって言ったんですよ、アツマさん」

「協力者……? 俺が? くそっ、一体なにがどうなってやがる……っ」

「なんと……君はクロガネの知り合いなのか?」

 

 促されるままに少年の後に従ったヴァーサス一行。その道すがら、明らかに既知であるかのような少年とクロガネの会話を聞いていたヴァーサスは、少年に尋ねる。

 

「ええ、挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。僕はシトラリイ・イングリス。この街で探偵をやっている者です――――」

 

 そう言って、後方のヴァーサスへと僅かに顔を向けるシトラリイ。彼の紺色の深い瞳が、ヴァーサスたちを見定めるように射貫いていた――――。

 

 

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