話を聞く門番
話を聞く門番

話を聞く門番

 

 大陸西端に位置する貿易都市ナーリッジ。

 この地方一帯を管理する自由都市連合の主要都市の一つであり、その繁栄ぶりは門番戦争で敗北の憂き目に遭ったかつての皇国をすでに上回っている。

 今日も多くの人々が訪れるナーリッジの一角。

 大通りから僅かに外れた繁華街の路地裏の路上で、一人の男がなにやらもう一人の大男と言い合いになっていた――――。

 

「やれやれ……俺はただ依頼主の落とし物を探しに来ただけなんだがな」

「馬鹿かてめぇ!? あのレイランドが落とした鍵なんざ大人しく返すわきゃねぇだろうがよ! どんだけの値打ちがあるかわからねぇ!」

「鍵を返して欲しけりゃあよ、それを拾った俺たちにそれなりの礼を渡すのがスジってもんだろうが? エエッ!?」

 

 明らかにカタギではない様子の大勢の男たちに囲まれる、トレンチコートに中折れ帽という出で立ちの中年男性――――クロガネ・アツマ。彼は既に懐から取り出していた金貨の入った袋を男たちの前でブラブラと揺らした。

 

「礼ならここにあるって言ってるだろ。この街の相場には詳しくないが、結構な額だって聞いてるんだが?」

「そんなんじゃ足りねぇって言ってんだよ! ここに何人いると思ってる? アアン?」

「何人って、そりゃあ――――……」

 

 クロガネは問われ、目の前の大男の肩口からその背後を覗き込む。

 そこにはどれもこれも似たような顔に似たような服装の、一見すると兄弟にすら見える男達が見える範囲全てを埋め尽くしていた。

 

「――――多いな?」

「おうよ! 俺たちフライングサメ一家は百人兄弟の大所帯! 全員血の繋がった正真正銘の百人家族だ! そんなしみったれた金貨で全員食わせていけるかってんだ!」

「マジで兄弟かよ……お前のとこの母ちゃんすげぇな。あー……わかった。じゃあ俺から依頼主に掛け合ってやる。百人兄弟なんで額を上乗せしてくれって伝えればいいか?」

「おお!? おめぇなかなか話がわかるじゃねぇか!? 返事次第じゃ考えてやるよ!」

「オーケーだ。また来る」

「ガッハッハ! おうおう! 待ってるぜ!」

 

 クロガネはそう言って肩をすくめると、そのまま踵を返してその場から立ち去る。まさか自分の要求が通るとは思っていなかったのか、背後から気をよくしたリーダー格の男の笑い声が響いた。

 路地裏から大通りへと戻ったクロガネは手に持った金貨袋をコートの内側にしまい込む。クロガネはくたびれた濃紺のワイシャツの上に革製のホルスターを二つ身につけており、空になっている側に無理矢理金貨袋を押し込んだ。

 

「……しかしあれだな。こういうのはいつぶりだ?」

 

 クロガネは一人、大勢の人々で行き交う街の中を歩いて行く。最後に落とし物の回収依頼を受けたのはいつだったか。ベクトル操作という超常の力はあるものの、特段優れた記憶力があるわけでもないクロガネ。彼にはもうそれがいつだったかを思い出すことができない。その事実が僅かに寂しかった――――。

 今、クロガネはレイランド卿の屋敷に門番見習いとして滞在している。

 それらは全てミズハの口添えによるものだったが、特に門番として働く知識もなにもないクロガネは、門番として活動する代わりにレイランド卿やその周辺の高貴な人脈から困り毎の解決を引き受ける、何でも屋のような業務を始めていた。

 そういった仕事ならばクロガネは元本職である。迅速かつ信頼できると、すでにある程度の評判になり始めていた。

 

「……昔は仕事の依頼なんざどれもこれもクソだと思ってたが、いざ無くなるとやっぱアレだったな……」

 

 そう独りごちながら、胸元の煙草へと手を伸ばすクロガネ。しかしそこにはなにもない。反転者リバーサーの元に戻らなかった事で、彼の煙草供給はとっくに途絶えていた。

 

「……そういやそうだった。こっちのはあれか? パイプとか使えば良いのか? 今度試してみるか……」

 

 クロガネは眉をしかめて首を傾げると、頭の中にパイプをくゆらせる自分の姿を思い浮かべて苦笑する。

 ――――不思議と悪い気分ではなかった。久しく忘れていた、生きている実感があった。まさか孤独を愛し、一人の時間を愛していると信じていた自分が、ここまで人の存在に飢えていたとは。

 

 ――――いつも一人で大丈夫だって貴方は言いますけど、僕から言わせれば貴方ほどの寂しがり屋はいませんよ、アツマさん――――。

 

「ああ――――さすが名探偵様の推理だ。お前の言う通りだったよ――――」

 

 おぼろげになった遙か過去の記憶――――得意げな笑みを浮かべる男装の女性の姿を瞼の裏に映しながら、クロガネはやがて雑踏の中に消えた――――。

 

 ●    ●    ●

 

「私たちを強くするっ!?」

 

 門の傍に建てられた黒姫の豪奢な屋敷。そのホールの中でリドルの驚きの声が響いた。

 

「ああ、そうだ。俺もアイツも、あんたたちと戦って強くするのが目的だった」

「ならば君たちは、実は俺たちを影ながら応援してくれているのか!?」

「うふふふっ……そんなわけないじゃないですかヴァーサスさん……。私たちの聖域では傷ついた人や命を落とした方までいらっしゃるんですよ……? もちろん、それ相応の報いを受けて頂きますわ……ねぇ、クロガネさん……?」

 

 ホール内の椅子に腰掛けるクロガネと、テーブルを挟んで向かい合わせで座る門番たち。聖域代表として訪れたダストベリーが、自身の金色の領域を展開させて冷たい目をクロガネに向ける。

 

「ひえっ! だ、ダストベリーさんが怒ってるの初めて見ましたけど、むちゃくちゃ怖いじゃないですかっ!? 普通に領域展開してますし!」

「そうなのだリドルよ! ダストベリーは怒るととても恐ろしい! その上とても強くなる! 俺もかつて彼女の障壁を破ったことがあるが、怒っているときの彼女の障壁は破壊できなかった!」

 

 ダストベリーの発するあまりの殺意に心底恐れおののく門の支配者と次元超越者の夫婦。しかし実際それほどまでにダストベリーの怒りは凄まじいものがあった。

 神聖不可侵とされる聖域内部に侵攻を許しただけで無く、人的被害まで出してしまったのだ。聖域を守護するダストベリーが怒るのも無理はない。

 

「ま、待ってくださいダストベリーさんっ! 聖域で被害を出された方はアツマさんじゃありません! アツマさんはなにもしてないんです! それに、今仰られたように、アツマさんのお陰で私も強くなれた気がしますっ!」

「そうだな……俺もネオ・アブソリュートの良い調整になった」

「クックック……しかしあの反転者リバーサーとかいう輩は期待外れだったな。我が伴侶たるヴァーサスの新必殺技によっておめおめと逃げ帰るとはッ! しかもヴァーサスは私と白姫が周囲をくるくると飛ぶことで更に強くなるのだッ! 我ら二人が貴様の翼だッ!」

 

 今にもその領域でクロガネを圧殺しかねないダストベリーをミズハは必死になって制止する。そしてその横でクロガネの言う『門番陣営をより強くする』という目的に納得したように頷くシオン。黒姫は相変わらずである。

 

「まあ、アイツからしてもヴァーサスの強さは想定外だったんだろう。だがそれならそれでいいんだよ。とにかくアイツにとってはアンタらが強くないと困る。特にヴァーサスには徹底的に強くなって貰いたいようだったな」

「俺か…………無論、俺は必要とあれば門番としてどこまでも強くなってみせる。しかし反転者リバーサーはなぜそれほどまでに俺たちを……」

 

 クロガネの言葉に、珍しく深く考え込む様子を見せるヴァーサス。

 ヴァーサス自身も自覚していたが、正直なところ現時点でもヴァーサスは相当に強い。反転者リバーサーの奥の手である因果結晶オールフェイトすら正面から単独で打ち砕いたのだ。にも関わらず、これ以上の強さなど一体何に使うというのか。しかもその狙いは反転者リバーサー自身では無く、敵であるはずのヴァーサスに向けられている。

 

「悪いがそれ以上は俺も知らされていない。もっと深い話は俺たちの中でもアイツとあと他に数人いるかどうかだろうな」

「むむむ……謎は深まるばかりですね……」

 

 クロガネのその話に、皆一様に疑問を深める門番達。反転者リバーサーの狙いは未だ霞の中であった。だが――――。

 

「――――実はな、万が一俺が負けたり捕虜になったりしたときにアンタらに渡して欲しいって言われてた物があるんだ。これもさっき言った、アンタたちを強くするっていう目的の一環らしい」

「私たちに渡して欲しいもの? なんですかそれは?」

 

 クロガネはそう言うと、自身の懐から小さなキューブ状の物体を取り出す。大きさは親指の先ほどだろうか。蒼く、冷たい、見たことも無い金属で出来ている。

 

「なんでも、これの中に入ると強くなれるらしい。たしか……VRMMO……とかいう……」

 

 クロガネは自身でも首を傾げて思い出すようにそう言うと、人差し指でその物体を軽く弾いて見せた――――。

 

 

 門番 VS VRMMO――――開戦。

 

 

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